人との関わり
依頼された薬を用意したリズは、直ぐに王城へと向かった。依頼を受けてからちょうど二週間だ。
「認定薬師のライズです。常駐薬師のオーギュスさんから依頼を受けた件について、納品をしにきました」
「あぁ、聞いている。入れ」
王城の門に立っている兵。正式には衛兵というらしい。王城の騎士となる前、見習いの身分から正式に騎士となった者がまず与えられる仕事らしい。確かに態度といい、どこか未成熟な雰囲気が感じられた。それでも依頼主の名を告げるだけで、城内に入る許可が下りる。
「オーギュス殿の場所はわかるか?」
「講堂の近くにある調剤室のところに来るように言われています」
「無暗に王城内に出入りしないようにな」
「はい」
まだ王城内に用はない。頼まれても近づくつもりはなかった。
講堂まではそれなりに歩く。道すがら挨拶をされればそれに対しては挨拶を返す。今のリズの服装は、フード付きのケープ、その中は明るい色のワンピース。王都ではよく見られる服装である。ただ違うのは、ケープにはひし形の中にクローバーという葉をモチーフにしたブローチがつけられていること。合格通知と共に受け取った認定を受けた者の証だ。身分証にもなるので、王城に来る際には必ずつけてくるように言われていた。だからすれ違う人はわかっている。リズが認定を受けた薬師であるということを。
「こんなガキが認定された薬師だとはな」
「……」
中にはこういった侮る発言をする者とも出会う。当然のようにリズは返事をしない。ガキだろうと何だろうと、認定をしたのは王城。そこに勤めるのであれば、倣うべきだろう。愚か者と吐き捨てたい気持ちをグッと堪える。
「ふん、大したものを作れもしない癖に」
「……ならば使わなければいいだけだろう」
去り際にも悪態を付くのを忘れない。ああいった輩は構ってほしいのか、それとも自らの上位性を示したいのかどちらかだ。本当に大した相手ではないのならば、声を掛けるなどしなければいい。そうすれば相手も認識しない。目にいれたくないものをわざわざ目にいれるような、疲れることをする必要はない。
「くっくっく、あーははははっ」
「……そこまで笑うことでしょうか?」
オーギュスに会った瞬間、何か起きなかったかと問われて、リズは先ほどすれ違いざまに悪態を付いた者の話をした。すると声をあげて笑い出してしまったのだ。
「馬鹿の相手をするのは確かに疲れる。そういった輩がいるのも事実だが、まさかお前のようにスルーして、なおかつそんな分析をする人間など珍しいぞ」
「はぁ」
リズは基本的に自分本位で生きてきた。関わらなくていいならそれが一番。こうして関わっていることにも目的があるからで、それがなければこのような場所になど来ない。ただ、生きていく中で思うことが増えたのは事実だ。その中でも、人間という生き物について観察することが一番多いだろう。
「最低限の人付き合いしかしてこなかったんだったな?」
「師と二人だけの生活でしたので」
リズが誰かと過ごしたのは師のみ。未来ではイオリスと共に過ごしていたが、あれは例外だ。リズでありリズではない。それでも、今のリズの中にはイオリスと共に生活をした記憶が強く残っている。その存在も。未来であったリズの意識、そしてここにいるリズの意識が混ざり融け合っている。遠くないうちに、あの記憶を別の者としてではなく、リズ自身のものとして受け入れる日が来るのだろう。今まさに、リズの中で会ったことのないはずのイオリスに対して、情を感じているように。
「ならこれからは色々な経験をするだろう。この王城には様々な人間がいる。権利を主張するもの、己の力を誇示する者などな」
「別に興味ありません」
「まぁそういうな。お前にも利があることだってないわけではないぞ」
説得か、それとも取り込みか。ここにいればリズにもメリットはある。それはそうかもしれない。けれど同時にデメリットも多く存在する。この先の目的にとって障害となり得るかもしれないことが。
「依頼内容は達成したと思いますので、私はこれで失礼します」
「おい、ライズ?」
「世間話をしにきたわけではありません。そもそも興味ないので」
「……全く、頑固な奴。そんな風に世界を狭めていいのか? もっと世界は広いぞ」
「知っています」
狭い世界でずっと生きてきたのだから、そのようなことは疾うにわかっている。既に思い知った。リズが知ろうとしなかった世界がどんなものかを。それでもかまわない。リズは己の生き方を、考え方を変えるつもりはない。魔女として生きてきて初めて生き方を変える要因となったイオリスと出会うまでは。
オーギュスと別れ、リズは王都の家へと戻ってきた。息を吐き、リズは髪色と瞳の色を元に戻した。白い髪、赤い瞳。どれだけ人間の中にいても、時折こうしてリズは己の本当の姿へと帰る。偽りの姿ではなく、本当の自分がどこにいるのかを確認するためだ。そして戒めるため。己は魔女であり、人間と相容れない存在であることを。