未来からの願い
ここから救済に向けて動き出します!
深い森の奥にある小屋で、リズはハッと目を覚ました。いつもとは違う感覚、何かが入り込んでくる。それは別の自分の記憶だった。
「な、んじゃ……これは」
『あとは頼む』
脳裏に映されるのは見たこともないサーンス王国の王都、王城、そして行き交う人々の姿。ギルドに所属し、王都という華やかな土地で過ごしている自分。そしてそこにはたった一人の青年を救いたいという想いだった。
「うっ……」
その流れてくる記憶にリズは頭を抑えながら膝を地面に突き、蹲るような形になりながらもなんとか意識を保つ。流れてくるのは力強い想い。今のリズは虚ろのようなもので、想いというそれ自体を持っていない。空っぽに近いリズの中に、突然流れ込む膨大なそれは濁流のようにリズを押し流していく。ただ耐えるだけで必死だった。
「はぁっ、はぁ……」
小屋の中にリズの荒い呼吸だけが響く。どれくらいそうしていたのか、ようやく荒れ狂う記憶の波が落ち着いてきた頃、リズは床に座り込み、そのまま背中を床に倒した。そうして天井を仰ぎ見る。ひんやりとした硬い床がどこか心地よい。段々と冷えてくる頭に、リズははぁと息を吐いた。
「イオリス、王子か」
会ったこともなければ、今の時代にはまだ生まれてもいない存在。この記憶が正しければ、今は聖王歴1170年だということだ。今が聖王歴何年かなど気に掛けたこともないリズなので、実際にそれが合っているかなど確認しようもない。ただ魔女の秘術を使ってまで記憶を継がせたのだ。間違いだとは思えなかった。
一度、己の身体を転移させ救おうと試みたものの、それは失敗に終わったらしい。もう一度時間を戻ることはせずに、こうして記憶のみを移動させたということは、使い過ぎによる死を防ぐためだ。つまり、生きて共に過ごしたいとリズが考えていたと言うことに他ならない。
「まるでどこぞの寝物語みたいじゃな……我ながら思い込んだら一直線なところは変わらぬ」
年齢など気にしたことはないが、それでも受け継いだ記憶の分だけ年を重ねた気分にはなった。あれは己だと理解している。あの時の感情も、何を考えていたのかも受け継いだ。イオリスを看取った時の光景も鮮明に思い出せる。それだけ、未来のリズにとっては忘れられないモノだということだ。
「……どうしたものかの」
未来の自分からの頼み。同じ人物だけれど、その想いは今ここにいるリズとは別物。わかっていても、これを切り捨てられないのは、未来のリズが持っていた想いの強さだろうか。
魔女になってどれだけ過ぎたかわからない。人と関わることは最低限で、リズの存在など認知されてもいないだろう。変わり者の魔女と言われても、それは通称であり実際に魔女であるなどと思われてはいない。近くの町であってもそうなのだ。この世界のどこにも、リズ自身のことを知る人間など存在しないし、それを寂しくも思っていなかった。だから流れるままに時を過ごしてきた。
「このままここにいれば、また同じようにあの者の死を看取ることになる。その上で同じような感情を抱くかはわからぬが、確かに多少なりとも共に過ごした人間に愛着を抱いてしまうこともあるじゃろう」
リズは起き上がり、羽織っていたフードが外れた。その中にあるのは白い髪、赤い瞳をした少女だ。外見的に十代後半に見られる容姿、行動に移すのであれば人前に晒さなければならない。あの記憶で、リズは姿を偽っていた。当然だろう。人間の中にこのような容姿をする者はいない。
「まずは黒目黒髪が良いか」
目を閉じて魔力を集中させる。外見を偽ることは魔女にとって容易い。再び目を閉じた時、リズの姿は黒髪黒目へと変わった。鏡を覗いてみると、まるで自分ではない存在がそこに映っているのが見える。違和感はあるが、これならば人間たちにも紛れることが可能だ。
「薬師というのを目指すのがよいじゃろうが、姿が変わらぬと色々と面倒じゃな」
王国に侵入し、信頼を得る立場を目指す。冒険者では頼りないが、王城に職を得るためには先にそちらの信頼を得なければならない。確かに時間がかかるし、一年や二年では無理な話だろう。だからこそ、リズはすべてを投げうってまで、過去の自分にすべてを託した。
「良いじゃろう。いずれにしても暇な人生じゃ。何を為そうとも、何も変わらぬとも、大して邪魔にはならぬ」
ここを去るのは少々寂しいけれども、失敗をしたとすればまた戻ってこればいい。もしくは、うまくいった暁には、その青年を連れてくるのも悪くない。そう決意したリズは、出立の準備を始めるのだった。




