二度目は……
恰好をつけて去ったリズだったが、今まさにそれを後悔していた。
「……まさかここまで会えぬとは思わなんだ……」
サーンス王国に住み始めて既に五年が経ってしまった。あれ以来、イオリスとは邂逅することは叶っていない。イオリスの魔法力に触れたことで、なんとなくイオリスの位置はわかるようになったのだけれど、そもそも王城から出てくることがないのだ。出てきてくれなければ、リズに会う手段はない。完全に手詰まりだった。
「あの時、無理やりとはいえかなり抑えつけた。前の時よりはイオリスもさほど破壊されてはおらぬはずじゃが……」
完全ではないにしろ、暴れる力を封じた。ただあれも一時しのぎでしかなく、このままであればイオリスは無事では済まない。未来は変わらない。それではリズが来た意味がない。なるべく早く会わなければならないというのに、その機会さえないのだ。
「あーーー、どうすればいいのじゃ!」
人気のない森の奥でリズは頭を抱えて叫んだ。当然、応じるものなどいるわけもなく、リズの声がこだまするだけ。冒険者として過ごすことに慣れはじめた今の状況に複雑な感情を抱きながら、リズは王都へと戻ってきた。
賑やかな王都。サーンス王国だけでなく、この世界は平和だ。魔物はいるものの、冒険者や各国に所属する兵士たちが狩りをしてくれているので、人の生活圏を脅かすようなことにはならない。魔物は脅威ではなくなっている。安全に、この平和な世界を享受しているのだ。リズはそれをどこか遠くの地にいるように感じていた。
「何事もなければ、平和に穏やかに過ごせる……妾には縁のない世界じゃったの」
何事かが起きてしまえば容易く崩れる平穏。それでも人々は穏やかに暮らしている。その中に於いてリズは稀な部類に入るだろう。これまでの人生は決して平穏とはいえなかった。それはおそらくイオリスも含まれる。
リズが知っているイオリスは、血の気がなく辛うじて生きているという姿のものだ。魔女とならなかった未来では、リズもイオリスと同様に苦しみながら死を迎えていたはずだ。だからこそ余計に思うのかもしれない。生きているイオリスに、生気が満ち成長したイオリスに会ってみたいと。
「イオリス」
五年前に触れたイオリスは、まだ幼い子どもだった。あのまま成長すれば、リズが出会った時のような青年になる。苦しむ姿ではなく、きちんと生きている姿で。今もきっとそれに近い姿になっているはずだ。リズには想像することしかできない。同じ国に、同じ街にいるのに、そこには手が届かないことがもどかしい。
そうして街区の真ん中から城がある方向を見つめていると、通り過ぎゆく人々の声が届く。その中の会話にリズは耳を澄ませた。
「そういえば今年よね? 五年ぶりの王城開放があるのは」
「うんうん。王族の皆様にももしかしたら会えるかもしれないわよ」
「王太子殿下はちょっとあれだけど、第二王子殿下なら会ってみたいー」
会話をしながらすれ違っていく女性たち。王城開放。初めて聞く言葉だった。だがこれが本当ならば、リズにとってはまたとない機会だ。王城がどういう場所かはここからはよくわからないが、多くの人が訪れるというのであれば、紛れることもできるかもしれない。当然、警備もそれなりに厳しくなるだろうが、いざという時は魔法を使って逃げればいい。
「よし、待っておれ!」
そうと決まれば早速準備に取り掛かる。情報収集も抜かりなく行うが、リズだということがばれないようにと魔法で姿を偽装させることにした。イオリス以外に会うつもりはない。加えて、印象付けられても困る。ありふれた髪色に変え、いつも被っているフードを取る。現れたのは焦げ茶色に黒い瞳をした少女だ。本来のリズの色ではないが、髪色だけでも随分と雰囲気が変わる。髪色と目の色を変える術など、この世界にはない。魔女だからこそできる裏技だ。
準備を万端に揃えた数日後、王城開放を迎えた。リズは人ごみに紛れるようにと、王都で過ごす少女たちのように明るい色のワンピースを身に着けて、普段は羽織っている外套もなく、その姿を晒した。とはいってもすぐに身に着けられるようにとカバンに隠してある。
「ここが王城、なのじゃな」
外から見上げたことしかないが、その中は予想以上に広かった。開放日といっても外から入れる場所は限られているらしい。それもそうだろう。どれだけ平和とはいえ、危害が加えられないとは限らない。侵入してくるのは魔物だけではない。悪意ある人間とて、時には刃を向けるものだ。
「うーむ……ここは行けぬのか」
王城開放といっても、実際に王城の中に入れる区画は内門から王城の中にある就業区画といった部分が主らしい。案内図を受け取れば、ほとんど中に入ることはできないも同然だった。この日ばかりは王都の外から直接王城へつながるという外門は閉ざされ、王都内から入ることのできる内門のみの開閉となっている。一人ひとりの顔を確認されるわけではない。これほど大勢の人間を一人ひとり確認することなど不可能だ。だからこそ紛れることも出来る、のだが……。
「そこかしこに兵が立っておるな。当たり前じゃが、倒すわけにもいかぬ。まだ騒ぎを起こすタイミングではないのじゃ」
イオリスの気配は王城の中にある。それだけは確かだ。けれど人ごみの中にいるからこそリズは目立っていないものの、そこから外れれば否が応でも目に留まってしまう。拘束されれば、余計に近づくことはできない。眠らせていくにも、その先の全員を眠らせていくわけにもいかない。
「ぬぅぅ。なんでこうも厄介な場所におるのじゃ!」
怪しまれぬように人々が集まっているところに顔を出しながら、リズは周囲の様子を伺っていた。どうやら警備の隙を掻い潜るのは難しそうだ。そうこうしているうちに、王城開放時間は終わりを迎えて内門から出なくてはならなくなった。
宿に戻ったリズは、頭を悩ませる。イオリスの立場はわかっているし、なるべくならば大騒ぎにならずに穏便に済ませるつもりだ。あれから五年、リズとイオリスが出会ったのが何年かはわからないけれど、少なくとも十代後半になっているはずだ。そうなれば、もう時間は残されていない。
『イオリス、お主の年はいくつじゃ?』
『……十七、です。まだ』
『そうか』
十七歳でイオリスは亡くなった。もしかしたら十八になるところだったのかもしれないし、意識も混濁していたことから時間の感覚がズレている可能性もゼロではないが、それでも十七歳にはなっていたはずだ。五年前に会った時に年齢を尋ねておけばよかった。そうすればどれだけの猶予があるのかもわかった。否、そうじゃない。あの時、強引にでもついていけばよかったのだ。
「後悔してもおそし、か」