出会い
リズはハッとなり辺りを見回す。己がいた場所は、変わらぬ場所。深い森の奥、その湖の前だった。そうだと分かったと同時に、リズは膝からガクンと落ちた。
「っ……これは、かなり、消耗した……かもしれんな」
時を戻した。魔女であっても万能ではない。その中において時間を操作することは、時の理を侵すことはどれだけ強い力を持つ魔女であっても容易にはできない。師からも、最終手段だと釘を刺された行為だ。当然、その代償は重い。本来持っている魔法力をかなり持っていかれてしまう。
「……それでもかまわぬ。後悔、するよりましじゃ……」
この先、続くはずだった寿命も短くなった。だがそれも些細なこと。イオリスに会う。そのためならば、大したことではない。
その場で休むこと少し、ようやく落ち着いたところでリズは立ち上がり、改めて状況を確認する。
「ふむ、あまり変わっていないように見えるが、失敗したかどうかも判断できぬの」
魔女として長い時を生きてきた。だからこそ今がどういう年代なのかもわからない。先ほどまで生きていた時代がいつなのかも知らない。年を数えるなんて意味のないことだと思っていたからだが、ここにきて後悔することになるとは思いもよらなかった。
「だがやることは変わらぬ。まずは行ってみるとしよう。サーンス王国に」
状況がわからないのであれば、いくら考えたところで同じだ。ならば行動あるのみ。サーンス王国へは未来で一度行っている。道に迷うことはない、恐らくは。
自由貿易都市を抜けてサーンス王国へ向かうには、どれだけ急いでもひと月以上はかかった。魔女ではあるが、リズの見た目は少女だ。人目で魔法を使うことはなるべく避けたい。目立つ行動はしたくない。イオリスに会うまでは極力無駄を省きたかった。
そうして時間はかかったもののサーンス王国へとたどり着いたリズだったが……。
「……さすがに自由に出入りはできぬか」
フードを深く被りながら、王都を散策する。そうして見つけた王都の中心部にある王城門。その奥にある王城にイオリスがいるはずだが、門の前には常に衛兵がおり、鍵もかけられている。出入りするためには王城内にはいるための許可証が必要らしい。未来ではそこまで気にしなかったので、何も考えていなかった。許可証というのもどうやって手に入れるのかわからない。王都に住んでいても、出入りを許可されるのは一部の者たちらしいので、借りることもできなさそうだ。
王城を取り囲む塀もそれなりの高さがある。魔法を使えば飛び越えることはできるが、その先にも衛兵のような人たちが構えているだろう。捕まればイオリスに会うどころではない。かといってこのままだまっていることもできない。時間は有限だ。今がどれくらいの過去なのかさえわからないし、過去であるという断定もない。だからイオリスに会わなければならない。
「だがまずは宿の確保じゃな」
リズはここにくるまでにサーンス王国の冒険者登録を済ませておいた。そうすればここでも金銭を稼ぐことができる。外見年齢で登録をしているため、これもそう長く使える身分ではないだろうが、イオリスを見つけられれば、それ以降は冒険者である必要はないのだから。
一度王都の外に出て、リズは魔物狩りではなく薬草探しを始めた。見た目から判断されることが多いため、下手に魔物狩りなどをしてしまえば目を付けられかねない。なるべく大人しく過ごさなければならないのだから。
王都の近くにある森。街道を離れたところから薬草を探して立ち入った。それほど人が通る場所ではないからなのか、手つかずの薬草が沢山生い茂っている。冒険者といっても、薬草の仕入れをするのは幼い子どもか女性ばかりで、母数自体少ないと聞かされていた。それは魔物狩りをする方が金になるからだと。
「薬草があれば助かる命も沢山あるというのに、ふざけたことを考える輩が多いの」
目の前にある青い草をリズは根っこから引き抜いた。これは解熱剤に使われる薬草の一つ。最も使われる頻度が高いものだ。風邪一つをとっても、死にゆく者がいる世界では大切な薬の一つ。それさえも安易に扱われる。魔女として様々な薬を作ってきたが、それに高価な値が付くのもそういう理由があるのだろう。
そうしていると、近くで馬のなき声が響いた。王都に続く街道とはいえ、立ち止まる者などいるのかと興味本位でリズは街道へと出ていく。そこには二つの馬車が止まっていた。
「元気でな、チェリア」
「お兄様……はい」
抱き合う淡い緑色の髪をした兄妹だった。まだ幼いが、その身なりから判断して高い身分の者たちなのだろう。そう判断した時だった。兄と呼ばれた方の少年の横顔がリズの視界へ飛び込んでくる。
「っ……あれ、は」
「イオリスお兄様、いってまいりますっ」
最後にと手を握ったチェリアと呼ばれた少女が馬車に乗り込む。イオリスは去っていく馬車をずっと見つめていた。寂しそうな表情だったが、それでも覇気が感じられる。リズが知るような顔はしていなかった。
「イオリス……ちゃんと、生きておるな」
「っぐ……」
「殿下っどうされました⁉」
「な、んでもないよ。ちょっと、疲れただけだから」
イオリスは倒れそうになるのを小さな身体で耐えていた。リズにはわかる。あれは、魔法力が暴れ狂っているのだと。イオリスの中で、行き場のない力が暴れている。だがそれをイオリスには制御できない。放出することもできない。そのやり方さえわからないのだろう。
「あの馬鹿ものがっ」
あの小さな身体で耐えきれる力ではない。だが彼は我慢した。その結果があの未来のイオリスだ。近くにいる者たちには心配をかけぬようにと、弱音を吐かぬようにと。気づけばリズは駆け出していた。不審者となっても構わない。だが、なんとしてもイオリスを救う。そのためにリズはここまできたのだから。
「貴様っ、何者だ⁉ 殿下に近づくなどと――」
「黙れ、小童ども」
鋭く睨みつけたリズは耐えているイオリスへと近づく。そしてそっとその身体を抱きしめた。
「え……」
「妾に委ねよ、その荒れ狂うものを鎮めてやろう」
顔を上げたイオリスの深い青色の瞳に己の顔が映される。そうして額をくっつけると、リズはイオリスの中へと魔法力を通す。荒れ狂う魔法力を圧倒的な力で抑えつけるように、蓋をするように。
「ど、して」
「応急処置にすぎぬ。だが、次に会う時は……その時はお主の選択を聞かせてくれ、イオリス」
今リズができるのはこれだけだ。この先はイオリスの意志がなければできない。本当はもっと話したい。でもリズの存在はまだ異端者でしかない。この時代のイオリスにとっても、その周囲にいる者たちにとっても。
「必ず会いに行く、妾はそのために来たのじゃ」
そう言い残し、リズはイオリスから離れ、森の奥へと駆けていった。