目覚めの時
※リズの言い方の使い分け補足
人=魔女と人間、人の形をとっている生き物の総称です
人間と称している時は、単純に人間。人という場合は、リズたちも含めてのことです。
それから四日が経った。イオリスはまだ眠ったままで、リズは持て余した時間を読書に費やしていた。同じ空間で、その寝顔を見ながら頁を捲る。あの日から微動だにせずに眠り続ける姿に、アレックスは不安に感じているらしいが、リズに言わせればそう簡単に目覚める方がおかしい。
根本的に違う。魔女と人間とでは身体の作りが変わってしまう。それを行使した。だから馴染むまで時間を要するのは当然のことだ。
「けどな、寝たきりとなれば普通はそのまま衰弱しちまうだろう」
「勘違いするではない。イオリスは既にお主らとは違う。妾と同じ魔女という存在じゃ」
「っ……だが」
「妾らの命の糧となるのは魔力。それが尽きた時には灰となって消え去るという話はしたじゃろう」
リズの言葉にアレックスはそれがどうしたとでも言いたげに眉を寄せた。そこに答えがあるのだが、やはりはっきりと口にしなければわからないのだろう。
「魔女に飲食は必須ではない」
「な……」
「休息は必要じゃ。じゃが、お主らのように毎日何かを食す必然性はない。無論、食べることも飲むことも出来るし、毎日じゃないほどにしても食することはあるが……それを怠ったところで、直接死につながることはない」
「……」
身体は時を止める。この先成長することがないというよりも、今の状態で固定されてしまう。時間の流れに左右されることもない。それはつまり、成長するために本来人間が必要とされる栄養も、リズらには不要だということ。
「不気味であろう?」
「……そんなことはない」
「無理はせずともよい。ただ覚えておいてくれればよいのだ。それが、妾ら魔女だということを」
世界から魔力を扱う者たちが消えてどれくらい経ったか。時折、リズたちのような膨大な魔力を持って生まれる者たちがいる。それだけを知っていてくれればいい。ここにいるリズとイオリスを知る者は、二人よりも先に逝ってしまうけれど、リズは忘れないだろう。この先何百年の時が過ぎようと、ここで過ごした二十年という短い日々を。
「理不尽、だよな……本当によ」
「今更じゃな。それに、たまたま妾らがそういう存在だっただけじゃ。この世界には、妾らとは違う形で理不尽な目に遭っている者も大勢おるのじゃからな」
己の境遇を卑下したところで意味がない。人は己の知る者の中で、幸か不幸かを推し量る。己の中心に他人とを比較し、自らがどの位置にいるのかを自覚する。けれどもそれさえも、世界の一部でしかない。それを知る人がこの世界にどれだけいるのかは知らないが、少なくともリズは知る機会があった。師と共に世界を回る過程で、そして今ここで暮らしていた二十年という時間の中で。
「王都の中だけでも、そう感じさせる者たちもおった。柵の中で生き続ける者、今を生きるために必死で悪事を働く者、お主らのように使命と責任を持ち生きている者……それぞれの中に理不尽だと感じる物事は少なくないじゃろう。たった一言ですべてを諦めたところで、この世界はどこまでも残酷じゃからな」
「……」
「なんじゃ?」
「そうしていると、実感するな。お前が本当は長い時を生きてきたんだってことを……それだけお前は見てきたんだろう。この世界を」
師を亡くしてからは世捨て人のように、多くの人間と触れ合うことはなかった。知っていたことは確かに多い。けれどもそれだけではない。
「いまも尚、妾の前には色々と教えてくれる人間たちがおる。アレックス、オーギュスのようにな」
「……俺たちか」
「うむ。妾が魔女だと知っても尚、こうして関わり続けてくれること、力を貸してくれること、感謝してもしきれぬ」
「最初からお前が魔女だって知っていたらわかんねぇが、俺たちはお前を知っていた。その中には偽っていたものだってあるだろう。それでも、お前の人となりを知って、信頼できると思ったからそうしただけの話だ」
「そうか」
実際にそれをどれだけの人間が実行できると思うのだろうか。この男は。知っていても、本能的に恐怖を抱く。得体のしれない存在を遠くに追いやりたくなる。それが人間というもの。少なくともリズが知るのはそういう者たちだ。
この王都に来たのはイオリスの為。だがこの二人と知己を得たのは幸運だった。もしこの先、リズが一人になっていたとしても忘れることはなかったはずだ。そんな人間がいたことを。
「っ……」
「イオリス?」
「殿下!」
そんな話をしていると、ベッドの上でイオリスが身じろいだ。そうして頭を左右に動かしたかと思うと、ベッドに肘をつく形でゆっくりと身体を起こす。リズは本を閉じ、膝の上に置いた。まっすぐに前を見て、イオリスの表情を確認する。瞼が開いた。姿を現したのは真っ赤な瞳。青系統ではない。魔に染まった証だ。少しだけ呆けたような顔でイオリスはリズへと顔を向けてきた。
「りず、さん」
「気分はどうじゃ?」
「……悪くない」
「そうか」
イオリスは両手を前に持ってくると、その感覚を確かめるように力を入れたり抜いたりと繰り返した。その中で気が付いたのか、右手で前髪に触れる。
「白、か」
「お主が魔力を自在に扱えるようになれば、髪色を変えることなど造作もない」
「そう……俺の目はどうなっている?」
「妾と同じじゃな」
今のリズも髪色も目の色も変えていない。魔女としての色のまま。イオリスと同じだ。イオリスは目を瞬くとクスリと笑った。




