穴のある計画
王都を出て数か月、リズはついつい再び王都へと足を運んでしまった。深くフードを被り、髪色も黒から茶色に変えて。初めて王都に来た田舎者として街の人の会話に耳を傾ける。
「王子様? いや、知らないよ。生まれたことは聞いたけれど、それっきりさ。あぁ第一王子なら、勉強を避けまくっているなんて噂はあるけれど、どこまで本当かわからないからねぇ」
「そうですか、ありがとうございます」
第一王子などどうでもいい。聞きたいのは第二王子の方だ。その名前もまだ出回っていないのか、その名を聞くこともなかった。第一王子でさえ、その名は知らない。皆が第一王子、第二王子、と呼んでいる。
「……そういうものなのかの。妾にはよくわからぬが」
「何がわからないって? ライズ?」
「‼⁉」
ポンと肩に手を置かれて、リズは思い切りその手を振りほどきながら振り返る。目深に被ったフードの先から垣間見えるのは、見覚えのある男。アレックスだ。まずいと思った時には、リズの足は駆け出していた。
王都を走り回り、リズは建物の隙間を抜ける。数年住んでいたとはいえ、隅々まで散策したことはない。それが仇となったのか、行き止まりにハマってしまう。ここは壁を昇って上に上がるべきかと迷っていると、背後から聞こえる足音。その一瞬の迷いがリズの道を完全に塞いでしまった。
「捕まえだぜ、ライズ。きっと戻ってくると思っていた」
「……どなたのことでしょう?」
「誤魔化すなよ。髪色くらいで欺けると思うな」
髪色を変えた程度では間違えない。その言葉がリズの心に突き刺さる。印象強くなることを避けようとしていたのに、どうやらアレックスには通じていなかった。あれほど多く関わったのだ。それも必然だったのかもしれない。だから会いたくなかった。会ってはいけなかった。どうして見つけてしまうのだ。
「何故、戻ってくるって?」
「オーギュスから話は聞いていたからな。お前が王族、それも第二王子に対して何か思うところがあるってことは」
「それだけですか?」
「……お前が忠告した薬、あの後調べたんだが……その中に魔力が混ざっているものが見つかった。それを知られたくなくて、お前はここから逃げた。違うか?」
魔力について知る人間は少ない。それを保持している人間が減ったから。それでも王城にはそれを知る人間がいた。それは可能性として考えなかったわけではない。知られれば、リズはここにいられなくなると。まさかそれを知ってまで、リズを追いかけてくる人間がいるとは思わなかった。
リズはフードを取り、アレックスの前に顔を晒した。
「やっぱり、お前だな」
「……いうことはそれだけですか?」
「ライズ、お前は一体何者だ?」
「……」
アレックスはただまっすぐに、その強い意志を秘めた瞳でリズを射抜く。畏れは見えない。リズが魔力を使っていることを知った上で、その正体を問い質している。すぐにその正体に勘づくことはできなかったようだ。そこまで魔女の存在は知れ渡っていない。否、忘れられているのだろう。リズたちのような異端者は。
「はぁ……仕方あるまい」
「ライズ」
「妾はリズ、百年以上の時間を生きる魔女じゃ」
魔女。アレックスにそれを告げると、彼は動きを止める。固まったように動けなくなったアレックスの目の前に手のひらを見せて振ってみるも、反応がなかった。驚くとは思った。けれどこれもまた想定外。リズはふぅと溜息を吐いてから、アレックスの目の前に両手を掲げると、パンと音を立てて重ねる。
「っ⁉」
「呆けるのも良いが、場所を変えぬか? ここではいささか話しにくいのでな」
「あ、あぁ……そうだな」
アレックスと共に来たのは、冒険者ギルドではなく、別の一軒家だった。以前リズが住んでいた家よりも二回り近く大きい。やはり彼はただの平民ではなかったのだろう。そんな彼に案内されて、広い部屋に通された。
「人払いを頼む」
「はっ」
家に入ってから付いて回ってきた男にアレックスがそう告げると、扉が閉まった。リズは近くにあるソファーへと腰掛ける。
「其方は、貴族か?」
「あ? まぁそうだな。お前に聞いて俺だけ答えないってのはフェアじゃねぇか」
答えにくいのであればそれでもいいのだが、案外義理堅いアレックスは改めて自己紹介といった形で教えてくれた。その名はアレックス・ミッドランド。伯爵家出身の貴族ということらしい。加えて言えば冒険者ギルドには代理長として籍を置いており、本業は王国騎士団所属にしていると。
「なるほどの。それで推薦状やらを用意できたということか」
「黙っていたのは悪かった」
「お互い様じゃ」
「……そっちが素なのか」
「あれは外見年齢に合わせたもの。この見た目で、これでは不釣り合いじゃろ?」
どう見ても十代の少女。だがリズ自身は少女ではない。身体が成長を止めてしまっても、その中身は別物だ。当然成熟していく。いつの間にかこれが普通となっただけのこと。
「それで、リズってのがお前の本当の名前なんだな?」
「そうじゃ」
「魔女がどうしてこの王都に? しかも面倒な真似をしてまで第二王子に近づきたかったんだ?」
当然の質問。面倒な真似というのは、わざわざ推薦状を貰って王城に入る権利を得たことだろう。信頼を得るのは時間がかかる。その手間をかけてまで、どうして第二王子に近づきたかったか。
「お主は魔女のことを知っておるか?」
「……魔法を扱う老婆って印象だ。お前とは全然違う」
老婆。その表現は半分当たりだ。何せ、リズは間違いなくその年齢だけでいえば老齢。見た目がそうではないだけだ。
「魔女は、人がその身に宿した魔力を扱いきれず、その身を破壊する前にある方法で魔力を変換する術を身に着けた者の総称じゃ」
「……悪い、全く理解できねぇ」
「今は失われて等しい魔力じゃが、稀にその身に強い魔力を宿した人間が生まれる」
魔力が身を破壊するほどの事態などそうそう起こらない。何百年に一度いるかいないか。その程度なのだ。かみ砕いて説明したところで、アレックスは口元を押さえるようにして考え込む。
「お前、も?」
「……死にかけた。それを師に救ってもらい魔女となったのじゃ」
「……おいおい、まさかとは思うが……お前が王城に、第二王子に近づきたかった理由ってのは」
話の理解が早くて助かる。アレックスはこれまでのリズの話、行動からその結果に自然と至ったのだろう。
「遠くない未来、第二王子イオリスは、その身を破壊され死に至る」
「っ⁉」
リズははっきりとアレックスが想像したであろう結論を口にした。




