再考する
それから数か月。あれ以降、リズはイオリスに会っていない。王城に依頼で赴くことはあれど、そうそう王族と関わることはないのは当然だ。否、それだけではない。全体的に依頼数が減っていた。あの双子にリズの薬を使わせるなという言葉も影響しているだろう。
『お前が何かしら抱えていることはわかっている。けどな、知らなければ何もできない。そのうち、お前自身に疑いの目が向けられる可能性だってある』
「そのようなこと、疾うにわかっておるわ」
オーギュスはリズの薬の有用性を知っている。だが知らないことも多い。リズとて、自分以外であれほど多くの魔力を持つ人間に会うのは師を除けば初めてだ。双子の妹の方はまだいい。問題はイオリスの方だ。その理由を告げることが出来ない今は、オーギュスにも言えることはない。
「少し、王都から離れるべきか……じゃがそうすると、あやつの状況もわからぬ」
今はまだいい。双子として共に成長するならばまだ。だが未来がそうであったように、いずれあの双子は引き離される。そうすれば、イオリスの症状は一気に悪化する。あの苦しみは、当事者でなければ理解できないものだ。内側から抉り出されるような、己が食いちぎられるような痛みは。
それを救うべくリズは動いてきた。だがここに来てわかった新たな問題。これをどうするかだ。
「妾は魔女。本来から逸脱した行動を取った因果かの、これも」
忘れることもできる。なかったことにもできる。イオリスのことも、忘れることだってできるのだ。ここまでリズが行動してきても、イオリスが救われるかはわからない。すべてが無駄になることだってある。自己満足で始まった行動。これにイオリスをどこまで付き合わせるか。それさえも、リズの独りよがりのものでしかない。
「……王城の経路はあらかたわかった。あやつがおる場所も見当がつく。何より、妾はあやつに触れた。道しるべは残してある。ならば……表から引いても良い時期か」
正々堂々と、正面から会う道を作るために準備してきた。それが無駄になる。ここで築いた関係もすべて捨てることになる。いずれにしても、ここで過ごして五年以上。リズの外見が変わらないことに気づく者も出てくるかもしれない。そうなる前に、一度ここを去るべきだ。かつてそういう人物がいた、という程度に思われてくれればそれでいい。そうすれば、今度はリズとして同じように認定薬師として乗り込むことも可能だろう。
方針を決めたリズの行動は早かった。アレックスとオーギュスには手紙を残す。ここは空き家となるが、念のためと大目に薬を用意しておこう。リズの薬を使っていたのは王城にいる人間だけではない。近くに住む人々にも渡していた。ただの気休めに過ぎないものだ。それでも、リズがどれだけ非常識な人間であっても、ここで関わった人たちに情がある。恩もある。すべてをなかったことにして、捨てる事ができるほどリズは人の心を捨ててはいない。
「こんなところか」
器具を片付け、家の中は元々置いてあったものからさほど増やしていないので、そのままでもいいだろう。外は既に暗い。闇に紛れるならばいまがいい時間だ。
「世話になったの……」
ここに移り住んで五年と少し。悪くない生活だった。しばしの別れだ。次に王都を訪れるまでの。
扉を閉めてリズは王都の外に向って歩き出した。途中で手紙の手配を頼み、急いで王都を出る。暗いとはいっても、王都は中心地でもあるため人通りが少ないわけではない。暗がりに人ごみ、紛れるにはちょうどいい頃合いだった。そうしてリズは無事に王都を出ると、山奥へと方角を定めて歩き出した。




