その発端
「余命を宣告された後で」を基にハッピーエンドにするならばどうするかと考えた結果
リズを主人公とした物語にしてみました。
主人公が変わり、オムニバス形式ではないので別作品として投稿しました。
ループものになります。
深い森の奥にある小屋。近くにある大きな街までは徒歩で三日近くはかかるだろうという人里離れた地に、一人の魔女が住んでいた。その名をリズ。家名はない。齢何百年、最早数えることさえしてなかったくらいの年月をこうして過ごしてきたリズの下に、一人の青年が現れた。それが始まりだった。
リズが出会った青年はイオリス・サーフィア。ここからは遠く離れた場所にあるサーンス王国の王族だった者だ。だったという言い方をしたのは、既にその青年はこの世にいないからである。
『あえて……よかっ……』
それがイオリスの最期の言葉だ。共に過ごしたのはひと月程度。その半分以上をイオリスは寝たきりに近い状態で過ごした。その身体はイオリス自身が持つ膨大な魔法力によって破壊尽くされていたためである。
かつて、リズもイオリスと同じ状態だった。己の中にある魔法力を放出することも出来ず、うまく扱うことも制御することも出来なかった。酷い時には呼吸することも出来ずに、ただ血を吐くだけだったこともある。まともに食事も出来なかった。このまま何も出来ずに死ぬのだと思っていた。それを救ってくれたのは、とある巡回魔女だった。
『幼子よ……お前は生きたいか?』
吐血で口元も衣服も汚れ、雨の中にリズは倒れていた。両親は気が付いた時にはいなかった。リズを育ててくれた人たちも、リズの様子を見て長くないと知り、リズから離れていった。もう死ぬのだと思っていた。目の前もよく見えないところに届いた声。生きたいか、それともこのまま死にたいか。
『っ……死に、たく……ないっ』
どうして死ななければならないのだ。何もしていないのに。迷惑を掛けないようにと色々なことを我慢してきたのに、どうしてリズは死ななければならないのか。死ぬために生まれたというのならば、生まれなければよかったのに。そう自問しながらも、残る想いは生への執着だ。自分だけがどうしてこんなに苦しまなくてはいけないのか。もっともっと生きて、やりたいことが沢山あるのに。
『そうか。ならば、幼子よ。お前を助けてやろう』
『ほん、とに?』
『この私、天才魔女に出来ぬことはない』
そうして救われたリズは、この魔女の弟子になった。巡回魔女というのは、その名の通り世界を巡る魔女のことだ。定住先を持たず、ただ赴くままに移動を続ける。
『師匠はどうして巡回を続けるのじゃ?』
『一か所に留まるなんてもったいないからさ。せっかく得た時間ならば、利用しない手はないだろう?』
得た時間。膨大な魔法力を転化し、制御する力を身につけ、ある秘術によりリズの身体は成長を止めた。否、そうしなければ暴れ狂う魔法力に身体が破壊されてしまうからだ。魔女の秘術の一つであるらしい。成長をしないということは、そのままリズは寿命で死ぬことはない。魔法力が尽きない限り生き続ける。
『リズ、もしお前のような者に出会ったならば、その者が生を望むのであれば救ってやれ。死ぬには惜しい力だ』
そう言い残し、リズを救ってくれた師はその生涯を終えた。魔法力が尽き、その反動によりすべて灰となって消えていった。どれだけ生きていたのかは知らない。妙に博識だった師は、千年前のことも懐かしそうに話していた。だからもしかするとそれ以上を生きていたのかもしれない。
「生を望むのであれば、か」
リズはイオリスの顔を思い浮かべる。死を覚悟し、何を求めることなく、何も望むことなく、静かに逝ったイオリス。あと十年、いや五年でも早く出会っていたら助けられたかもしれない。だが、それをイオリスは望んだだろうか。
イオリスが去ってから、リズはサーンス王国について調べた。わざわざ国に出向いてまで。
第二王子が行方不明になったことは噂として流れているものの、詳細は国民たちも知らなかった。どういう人なのかと聞けば、人当たりの良い優し気な青年だという。学院に在学中は常に首席だったが、今は中途退学扱いとなっているそうだ。
第二王子としての表面的な話は聞けるものの、イオリス自身のことを知ることはできなかった。体が弱かったということもなく、王太子の補佐として動いていたという話も聞いた。王太子の放蕩振りは国民たちも既知のようで、第二王子がいなくなったため王太子は執務に追われているらしい。
おかしな話だ。補佐でしかなかった人が一人いなくなっただけで、主として動くはずの王太子が多忙になるなどと。少女という外見だったリズには国民たちも色々な話をしてくれた。
「案外、第二王子殿下が代わりにやってたりしてな」
「まさかぁ」
「王太子は賭博関係も手を出していたって話だ」
「そういえば第三王子って、第二王子の婚約者を奪ったんだろ。元々横恋慕していたって噂だったが本当だったんだな」
「全部知って譲ったとかあり得そう」
そんな風に笑い話にする国民たち。否、ありそうではない。それが真実なのだろう。リズはぎゅっと服を強く握りしめた。
リズの外見は少女でしかない。その時に成長を止めた。今はないが、あの時に受けた苦しみも痛みも忘れられるものではない。どれだけの年月が経っても。苦しくて耐えられなかった。人目など気にしてもいられなかった。それほどの苦痛だった。痛いと、辛いと泣きわめいたことだって何度もある。
だが、きっとそれをイオリスは出来なかったのだろう。彼は王族であり、一人になることなどほとんどなかったに違いない。耐えるしかなかった。必死で隠していた。どれだけ苦しくても痛くても、そうして過ごした時間が、彼から奪ったのだ。苦しい、痛いという感情や感覚を。誰も助けてなどくれない。助けることなどできないからと、そうして諦めてしまったのだろう。
調査から戻ったリズは深い森の奥、イオリスを沈めた湖の前に立った。
「イオリス……妾も師匠のように、各地を回っていればよかった。そうすれば、お主ともっと早く出会えたかもしれぬ。お主を救えたかもしれぬ」
リズだからわかる。あの苦しみがどれだけのものか。だから、試してみよう。失敗したところで、誰に迷惑をかけるわけでもない。望むのはたった一つの後悔だ。
「もっと、生きてみよ。お主の世界は広い。そうじゃな、これは妾のエゴじゃ」
リズは目を閉じ、言の葉を紡いだ。と同時に、リズを中心として大きな陣が描かれていく。魔女として生きて数百年。その力を使うことはほとんどなかった。力を使えば、それはリズが生きて居られる時間が減るということになる。それでもかまわない。あの時、リズは師に救われた。だから今度は、リズが誰かを救う番なのだ。
「待っておれ、イオリス」