第84章『異変と結び付くもの』
可能性が低かろうと、照らし合わせた事実が真相を浮かび上がらせる。
思考の果て、結論へ至りて何を思うか——
『もしかしなくても』
「……とまぁ、そんな感じで例のゾンビが同一個体であるってのは分かったんだが……」
「あと一歩の所で取り戻せなかった、と?」
とらが億劫そうに、しかし居合わせていなかったばさのために事細かに説明してくれた。とらの視線がバニラへと移ると共に尻すぼみになっていく。
それを受けてばさが結論を推測すると、バニラから恨めしそうに睨まれる。
どうやらその結末で相違なさそうだったが、その時の悔しさをこちらに向けられても困る。
まるで獰猛な獣みたいだと感想を思い浮かべる傍らで、すのぴとハラミがバニラのことを宥め賺してくれる。
事の経緯は理解出来たが、それにしてもとら達の消耗っぷりは度を逸しているように感じられた。
ならば、例のゾンビが姿を消した後にまだ何かがあったのかもしれない。
こちらが疑問に思っているのを感じ取ったのか、レインが呆れ果てた様子で続きを語ってくれる。
「バニラがもう少し捜索を続けるって聞かなくてさ。次の街までの移動時間を考えたら昼前まで猶予があるのは確かだけど、これ以上無策のまま動くのは得策じゃないってことでここまで連れ戻したんだけど」
「中々の抵抗でしたねぇ……大切な物が目の前で消えてしまったのですから、彼女の気持ちも分からないではないですが」
と、ぽーが言葉を引き継ぐ。
疲れが滲み出ている表情から乾いた笑いが漏れていることから、バニラを抑えつけるのに余程苦労したのだろう。
つまり、バニラを除く者達の疲弊は彼女を説得してギルド支部へと連れ帰るのに苦労した結果ということだろう。
「……申し訳ありませんわ」
未だ納得していないような態度であったが、皆に迷惑を掛けた自覚があるのだろう。渋々といった様子で頭を下げるバニラを見て、仕方のないことだろうと思いを巡らせる。
他人から見ればたかが下着であっても、彼女からすればとても大切な物を目の前で失ったことになるのだろう。それも、後少しの所で取り戻せたという歯痒さもあって、内心穏やかでいられるはずがないのは想像に難くなかった。
しかし、先程レインが語ったように闇雲に動いたところで消耗する一方であろう。
情報を整理するためにも、話し合う時間を設けるべきである。
「ゾンビが同一個体であるというなら、何らかの方法で上流へと移動して再び流されてきているということですよね? 転移魔法という線はどうです?」
それを実行している者の意図は不可解だが、恐らくそれが一番現実的な可能性だと思い口に出してみる。
だが、消失の場面を目撃したレインとぽーからは否定の言葉が返ってくる。
「残念だけど、魔法が発動された痕跡は見当たらなかったからね」
「それに転移魔法は対象とした空間そのものを別の場所へと移動させるものですからねぇ。遠目ではっきりとは見えませんでしたが、ゾンビが消えた瞬間、周囲の水は殆どそのままのようでした」
つまり、転移魔法による空間ごとの移動ではなく、対象となる物体のみが消えたということである。
そうなってくると、幽霊騒動であった方が事態は明確であったように感じられる。
怪奇現象の正体に一様に頭を悩ませていると、
「もしかして、でござるが」
と、ハラミが自信なさげではあったが声を上げる。
皆に注目され、一瞬たじろいでいたが、意を決したように口を開き始める。
「ゾンビが消える謎——その正体は、つい最近我々も見たことがあるものかもしれないでござる」
その言葉に自分以外がハッとした表情を浮かべる。
どういうことかと見回していると、
「——時空穿穴」
すのぴの呟きに、ハラミが静かに頷いてみせた。
シェイプシフターの上位変異種に関する話としてとらから聞かされていたのを思い出す。
実物を知っているわけではないので実感はないが、他の者達の反応からしてその可能性が高いことが窺い知れた。
だが、
「今まで見たこともなかったもんが、こんな短期間に立て続けて発生するってのは……どうにもキナ臭ぇな」
「だけど、一番可能性が高そうなのも確かじゃない?」
何か予感めいたものを感じ取って訝しむとらだったが、レインの言う通り、一番現実的な可能性へと行き着いたと感じられた。
ハラミの話によると、時空穿穴は突如として彼の前に姿を現したことから、それ自体に空間を転移する能力を有していると見て間違いないだろう。
ハラミやシェイプシフターを飲み込み、黒の世界へと引きずり込んで——後に現実世界への帰還を果たさせていることは、今回の事象と合致する面が多々存在する。
何故そのようなものがこの地にも発生したのか。
疑問は尽きないが、下手をすれば人的被害が出てもおかしくない状況である。
現実問題として対策を講じる必要が出てきたので、それについて話を進めようとすると、
「随分と話し込んでるみたいだけど、何か分かった感じ?」
声に振り返れば、こちらの様子を覗き込むクラリッサの姿があった。
ロビーの様子はいつの間にかヒトがまばらになっており、手が空いたのかクラリッサはこちらの進捗を伺いに来たようだった。
「丁度良い。すぐにでも都市全域に通達してほしいもんがある」
そう切り出して、とらがここまで話し合った推測を伝え始めた。
最初は眠たそうな目をしていたクラリッサだったが、次第に目を見開いて必要な内容を書き留めていった。
「分かった。すぐに市庁舎に共有して注意喚起を行ってもらう」
そう告げたクラリッサは足早にカウンターへと戻っていき、すぐさま建物の外へと駆け出していった。
その様子を見送り、ばさは先程とらが伝えていた内容を反芻した。
ハラミからの証言も交えて時空穿穴の特性を共有し、その対策として伝えたのは、
——決して、時空穿穴には接触しないこと……
ハラミが追体験したというシェイプシフターの記憶では、時空穿穴の向こう側——ハラミが言う黒の世界で破壊衝動に飲み込まれてしまうという危険性があるらしい。
同様に飲み込まれてしまったハラミが無事だったのは、その当時は闘争心を持たないどころか、戦うことを恐れていたからだろうという推測が立っていたが、そのような存在は稀であるから、並みのヒトが飲み込まれてしまった場合はシェイプシフターと同じ末路を辿ると考えるべきだろう。
幸い、水上を行き来する小舟などで被害が出たという報告は皆無だったので、一定の水深に達しないと接触することはないだろうという話が出たが、過信は禁物である。
事態が解決するまでは水路の利用は見合わせるべきだ。
「なんだか大事になったね」
「だが、今の俺達に出来ることはここまでだな」
すのぴの呟きに応じるように、とらが淡々と全員――特にバニラに言い聞かせるよう言葉を送る。
壁に吊された時計の針を見れば、今から準備を整えて出立しても下手をすれば次の街に着く頃には日付が変わっているかもしれないことを察する。
このメンツとグランであれば野宿でも問題はないだろうが、安全面を重視するならば、街で夜を明かすように心掛けた方が良いのは間違いない。
なので、
「致し方ありませんわね」
皆の視線がバニラへ向けられると、彼女から諦観の息が吐き出される。
バニラからすれば自らの手で大切なものを取り戻したかったのだろうが、それに固執してギルド総本部への到着を遅らせるわけにはいかなかった。
「後の事はここの皆様にお任せしますわ」
「そうか……だったら」
と、とらが一拍の間を置き、受付カウンターを指差す。
「下着の件については、お前から依頼出しとけよ?」
「……………………異変解決のついでというわけにはいきませんの?」
「昨晩はお前主体で動いてたのと、クラリッサが気を回してギルド側への協力って形にしたことで依頼料は発生してねぇが、こっから先をここの奴等に任せるなら完全に依頼する側になるわな」
昨晩の協力分は割り引いてもらえるだろうがな、と告げられたバニラがぎこちない動きでこちらへと振り返る。
その瞳は助けを求めるように潤んでおり、
「個人的な依頼なので、ご自身の財布から出してくださいね」
あわよくば共通資産からの支払いを目論んでいたようだが、棲み分けは大事なので何かを言われる前にハッキリと断っておく。
すると、バニラは全身をガタガタと震わせて、
「踏んだり蹴ったりですわーーーー!!」
悲壮感溢れる叫びが壁を突き抜けて往来にも響き渡ったようだが、彼女に差し伸べられる救いの手は存在しなかった。
お読みいただきありがとうございます!
自分の中でバニラ=不憫という図式が出来上がってきたような……ふふ……不憫、可愛い……
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