第83章『打ちひしがれるもの』
認めたくない現実に、心砕かれ。
悲痛な唸りはこの身より漏れ出でて——
『あと少しでしたのに……』
「まったく……何をしているんだか」
ばさは盛大な溜め息を吐き出し、肩を怒らせて大股で大通りを進む。
龍車のワゴン内では十分な休息スペースがないことから、疲れを取るためにも宿を押さえていたのだ。
それについては異論はなかった。
ばさとて柔らかいベッドで安眠したい時がある。
だからこそ、彼等の要望に応えて宿の手配を引き受けたのだ。
しかし、夜明け前に目を覚ましたばさの視界に映ったのは、自分以外誰もベッドを使用した形跡のない客室であった。
バニラの提案により、レルフィンを騒がせているゾンビの正体を確かめるため、その捜索が行われることになったのだが、
——本当に夜通しでやるとは……
夜が明けたら出立する算段だったので、それまでには宿に戻って仮眠でも取るだろうと考えていたが、その予測は大いに外れてしまった。
捜索が難航したのだろうか。あるいは、何か予期せぬトラブルに巻き込まれてしまったのか。
どちらにせよ——
「宿泊代が勿体ない!」
辛うじて空いていた宿屋の支払いが先払い制だったため、少しでも元を取るようにと皆には言い聞かせていたのだが、これでは六名分もの余計な金を使ってしまった形である。
ばさ個人の懐が痛んだわけではないし、宿側にギルドの関係者であることと事情を伝えたことで多少の払い戻しを受けることが出来た。
しかし、旅をする上での資金繰りを任された手前、無駄な出費は極力省きたいと考えていたのだ。
いくら金に困っているほど切迫した状況でないにしても、金を使うことへの考えが大雑把過ぎると感じられたのだ。
娯楽など、必要最低限の生活を送る上では余剰となるものに金銭を使うことは、ばさとしても反対ではない。
それは心に潤いを齎し、ただ生きているだけでは得難い経験を与えてくれるものだから、対価を支払うことに躊躇いはない。
しかし、今回のとら達のようにとりあえず支払っておいて、利用出来なければそれはそれで仕方がない。そんなお金の使い方は容認出来るものではなかった。
金銭感覚の違いに頭が痛んでくる。
小言の一つでも言ってやろうと、ばさはとら達がいるであろうギルドの支部へと歩を進めた。
都市の中心部。行政機関など都市運営に関わる組織が集まる一角に、ギルドのレルフィン支部は門戸を開いていた。
質素な三階建ての木造建築。その壁面には盾と交差する二本の剣というギルドを象徴するマークが掲げられている。
軒先の花壇に整列する芳花達から漂う甘い香りが、苛立っていた気持ちを幾分か和らげてくれる。
もしかしたら、とら達もやむを得ない事情があったのかもしれない。
冷静さを取り戻してきた思考がそんな可能性へと至る。
それだけ事態は深刻だったのかもしれないと考えると、開口一番から文句を言うのは辞めておこうという気が起こる。
日頃から手入れされていることが伺える木扉の取手を掴み、一度深く息を吸って押し開ける。
早朝であるにも関わらず、建物内は喧騒に包まれていた。
カウンターで依頼を受諾するコントラクターがいれば、新たな困りごとを持ち込む住民の姿もあった。
農耕で栄えた都市だけあって、人々の活動開始時間はかなり早いようであった。
混雑するフロアに多少気圧されていると、人垣の向こうにクラリッサの姿を見付ける。
受付カウンター内で気怠げな表情を浮かべるクラリッサだったが、その様子に反して動きは機敏で、手際良く人の列を捌いていっている。
その様子を眺めていると、向こうもこちらに気付いたようでハンドサインで昨夜話をしていた円卓を指し示してくる。
そこにとら達がいるのだと汲み取り、ヒトの波を掻き分けていく。
ようやく目的の場所へと到着したばさが目にしたのは、卓上に突っ伏したり、椅子の背もたれに全身を預けて脱力し切っていたりするとら達の姿だった。
「お〜……悪いな、ばさ。宿の方に戻れなくてよ」
「い、いえ、それは構わないんですが……」
目覚めた直後に感じた憤りは、彼等の憔悴しきった姿を見て霧散してしまっていた。
むしろその様子に心配の念が勝ってくる。
——とらさん達がこんなに疲弊するなんて……
コントラクターとして名を馳せるとらは勿論のこと、レインは北領最強と謳われる傭兵団の長である。そんな彼等が揃って疲れ果ててしまっている様子に息を呑む。
ばさが動揺を露わにしていると、レインが苦々しい表情を浮かべる。
「捜索自体はそんなに大変じゃなかったんだけどね」
そう溢しながら顎でこちらの手前、後ろ姿からしてバニラのことを示してくる。
彼女がどうかしたのかと、横から覗き込んでみる。
まるで生気を感じられない瞳が焦点が合わさっていないままに中空を見上げている。
四肢は力無く投げ出され、無造作に開かれた口からは呻き声のようなものが聞こえてくる。
そのあまりにもな姿を見て、思わず言葉を滑らせてしまう。
「……ゾンビ?」
「誰がゾンビですの!!?」
「うわっ!? ビックリした!」
途端に牙を剥き、唸りを上げるバニラに圧倒されるばさだったが、なんとか訊くべきことを口にする。
「……いったい、何があったんですか?」
お読みいただきありがとうございます!
ばさからしたら何があったのか気になるところですね。
次回はようやく消えるゾンビについての考察かなぁ……
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