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青色うさぎはソフトクリームの夢を見るか  作者: くどりん
東領編I『桃色うさぎと魔法の申し子』

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第82章『この手から零れ落ちるもの』

 手を伸ばしても届かないもの。

 大切なものとの再会は、されど虚しくこの手をすり抜けて——

『下着の話ですが、何か?』

 生活の営みが夜の静寂に包まれていく。

 住居から溢れ出る温かな光が暗闇を払い除けていたが、一つ、また一つと、闇夜に塗り替えられていく。

 

 都市そのものが眠りの中へと沈み行く中で、バニラは血眼になって往来を駆け抜けていた。

 視線は脇を流れる水路から外すことなく、地面を蹴り付ける。


 春の訪れを目前に控えている時期であっても、夜更(しんこう)の時分にあってはまだまだ凍えるような寒さに見舞われてしまう。

 吐く息は微かに白み、全身に浴びる寒風が肌から熱を奪っていく。


 だが、身体を前へと弾かせる度に、芯から熱が湧き立つのを感じる。

 必死の形相を浮かべながら、バニラは標的の出現を決して見逃すまいと意識を張り巡らせる。


 件のゾンビを捜索するにあたり、特定の場所で張り込む案もあったが、レルフィン全域の水路をカバー出来る程人員に余裕はなかった。


 流されるゾンビが見つかるか否かに関わらず、バニラ達は夜明けと共にレルフィンを出立する予定である。

 ばさは龍車を走らせるという役割があるため、宿に戻って休息を取ってもらっており、パーティー内から捜索に参加しているのは六名。

 ギルドから手の空いたコントラクターを何名か回してもらったが、総勢で二十を超えるかどうかという人数だった。

 人海戦術と呼ぶには心許ないが、担当する区画を割り振り、範囲内の水路周辺を巡回する運びとなったのである。


 いつ現れるのか定かではないものを駆け回りながら探し続ける作業は、心身共に消耗を余儀なくされる。

 明確な目的意識を持つバニラであっても気が滅入ってしまい、徐々にその表情から精彩がかけていく。

 バニラに付き合って夜通しの捜索に参加している者達の疲弊は、彼女の比でないのは想像に難くなかった。


 街並みの隙間、地平線の彼方から曙光が差し込み始めるのを見て、そろそろ切り上げるべきかという考えがバニラの脳内を過った。

 直後、星々の微睡みが消え行く空を引き裂くように、一筋の光が立ち昇っていく。

 地上から一直線、空の大半を覆っている世界樹の枝葉を貫かんばかりの光を見上げ、バニラは止まりかけていた脚に力を漲らせていく。


 僅かな停滞。その(のち)に、爆ぜるように全身を前へとむかわせる。

 光の発生源へと向けて、最短距離を行く。

 交差する通路を、早朝の農作業へ向かう住民が横切ればその頭上を飛び越える。

 住居により直線が遮られたのなら、僅かな凹凸に爪先を引っ掛けて壁面を駆け上がる。


 程なくして光が立ち昇った場所へ辿り着き、その付近を流れる水路の下流側へと駆けて行くぽーの後ろ姿を捉える。


 ぽーにより放たれた光の合図——それは、件のゾンビが発見された(しら)せであった。



「ぽーさん! 見つけましたのね!?」


 水路に沿って走るぽーに追い付く直前、バニラは声を張り上げて問い掛ける。


「は、はいぃ! あそこ、です!」


 ぽーが息を切らしながら指差す先——水路の中央を流れる影が視界に映る。

 その姿は三度目であっても変わることなく、右腕を天に伸ばしながら、翻弄されるように回転を続けながら流されて行くゾンビであった。

 その腕に引っ掛かっている物を認識した瞬間、バニラはぽーを背後へと置き去りにしていく。


「逃しませんわ!!」


 何故あの時と同じ個体が再び上流から流されてきたのか。疑問に思考が割かれそうになるが、今は捨て置く。

 失ってしまったと思っていたものが、今まさに手の届く距離に姿を現したのだ。

 取り戻してみせる。その一心で風を切り、勢いを増していく。


 通路と水面の高低差は1メートル少し。向こう岸までは5メートルといったところである。


 ——問題ありませんわ!


 身体能力を高めている状態であれば、水路の壁面を蹴った勢いでゾンビの腕を掴んだとしても、向こう岸まで十分届かせられるはずだ。


「バニラ!」


 水路を挟んだ向こう側から、突然の呼び掛けにゾンビへと集中していた意識が引き戻される。

 声がした方へと顔を向けると、こちらに並走するようにライトブルーの髪がマナを帯びて軌跡を描いている。


「前!」


 レインが端的に叫ぶが、その意図はすぐさま理解へと至る。

 進行方向にある水路が大口を開いた闇へと飲み込まれていくのが見えた。

 地下水路への入り口なのだろう。

 奥には灯りになるものが見当たらず、そこに入り込んでしまっては追跡は困難を極めてしまうことは容易に想像出来た。


 目測では、ゾンビがそこに到達するまで十秒と掛からない。

 残された時間でケリをつけなければ、折角のチャンスを逃してしまう。


 こちらと同様の考えだったようで、レインが練り上げたマナを以て戦技を放つ。


「フォローする! 氷走(ひばしり)!」


 レインが手にする双剣がゾンビの進行方向より少し前を目掛けて振り下ろされる。

 到底届く距離になかった斬撃はしかし、剣閃の延長戦上をなぞるように凍てつき始める。

 水路を斜めに横断した氷の桟橋が形造られ、それに沿うようにゾンビの進路が傾いていく。


 水路の壁面と氷の桟橋の隙間へとゾンビが挟まり込むのを見て、勢いはそのままにスライディングを敢行。水路へと身を乗り出して、ゾンビの腕を掴み取ろうとして——


「!!?」


 だが、こちらの手は空を切る。

 引き上げようとした勢いは想定していた重みがないままに振り上げられ、不恰好な状態で上空を見上げていた。


 何が起きたは明白であった。

 しかし、あまりの間の悪さと大切なものが目の前で消えてしまったことに感情が追い付かない。

 仲間達が駆け付けてくる足音が、空虚な胸の内へと響いていく。

 朝焼けに染まる世界樹の枝葉と僅かばかり見える朝ぼらけの空を見上げながら、バニラは口惜しさに天地を引き裂かんばかりの悲壮な叫びを響かせた。


「ちくしょうですわ!!!」

 お読みいただきありがとうございます! 


 下着を取り戻すためにやけにシリアス調となりましたが、バニラにとってはそれだけ大事だったということで……

 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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