第68章『シェイプシフター(後編)』
心の底より出ずるもの。
その衝動に身を任せ——
『知りたい』
ヒトとの遭遇は運任せではあったが、マナの濃度が薄い場所の方が個体数が多いように感じられた。
マナの薄さに生命が削られていくように感じたが、適宜補填を行えば、致命には至らない。
幾度かの接触を試みて分かった事がある。
ヒトという種は自身と同一の姿をした存在に対して異常なまでの警戒をするという事である。理由は分からなかったが、容姿や体格が千差万別であるのはこれが原因なのかと推測する。
ヒトと接触する際には同種でありながら異なる容姿でなければならない。
面倒ではあったが、工夫を凝らした事で幾度目かの接触ではヒトから向けられる警戒はかなり減じられたようである。
ヒトが発する奇妙な音は、ヒトが用いる交信手段という事を理解したが、魔物達のそれとは全く異なるものだったので、上手く再現出来なかった。
しかし、ヒトというのは不思議なもので、専用の交信手段を使えないでいるこちらに対して、排除するのではなく、群れの中に迎え入れて手厚く扱ってくれたのである。
その扱いに、意識の奥底で何かが満たされていくのを感じた。
疑問。
何故、彼らはそのようにこちらを扱ったのか。
同種のものでもこちらを排斥しようとする者もいたが、意識構造に明確な差が存在するのだろうか。
興味深い。
ヒトを取り込み続けていけばいつかその理由に、そして意識に満ちてきたものが何なのかに辿り着けるのだろうか。
知りたい。
そう感じた時には、その衝動に抗う事など出来ぬままに、こちらを受け入れていたヒトを取り込んでいた。
衝動に駆られた行動というのは、良くない結果を招くのだと理解する。
ヒトを取り込んだところを他のヒトに見られていた事で、その者達の様子が一変したのである。
こちらに危害を加えようとしていたこれまでの魔物達と同様に、生命を刈り取ろうとしてきたのだ。
多勢の前では一方的な蹂躙しか待ち構えていないと理解出来たので、姿を変えながら身を隠す事にする。
その群れから執拗な追撃があったが、暫くすると群れはどこかへ消えてしまい、危機は去ったように感じられた。
留意しなければならない事を意識に留め置き、別のヒトの群れへの接触を試みる。
その時から、ヒトの群れの様子に変化が訪れていた。
擬態の精度は高くなっていたし、不用意な行動で怪しまれないようにしていたが、彼らは接触してすぐに警戒心を剥き出しにしたいたのである。
何故だろう。
その疑問に答えが欲しくて、隙を見て一人の吸収に成功させたところ、ヒトのコミュニティの中でシェイプシフター、つまりは己についての警戒が呼び掛けられていたのである。
あの群れの者達が他の群れへと伝達して、こちらからの接触を危険視しているようである。
困った。
これでは彼らに近付く事は困難となり、ヒトについて知りたいという好奇心を満たす事は叶わなくなってしまいそうだ。
好奇心を捨て去られれば、それで解決するだろう。しかし、根源的な欲求とも呼べるものを、切り離す事は出来なかった。
どうにか手はないかと思考を巡らせる。
ヒトが魔物を狩るために用いる罠を仕掛けてみるのはどうだろう。
ものの試しに実践してみれば、殊の外上手くいき、再びヒトを取り込む事が出来るようになった。
だが、その頃からヒトを吸収する度に、意識が荒立つようになっていた。
取り込んだヒトから流れてくる意識がそれを引き起こしているのだと感じられる。
それは、恐れであり、怒りであった。
何故こんな事をするのかという不明に対する恐怖、そして同種の生命を奪った事はの憤りが、彼らを呑み込む度に押し寄せてくる。
向けられる感情は次第に大きくなっていき、意識がその濁流に飲み込まられそうになるが、それでも彼らを知りたいという欲求は尽きる事はなかった。
◆
どれほどの時が過ぎただろうか。
あれから多くのヒトを取り込んで来たが、あの群れで感じたものの正体を未だに知る事はなかった。
私が魔物だからだろうか。
ヒトとは根本的に違うからだろうか。
分からない。
分からないのが、苦しい。
マナの高まりにより、自身の成長を感じられたのだが、それでも最近はヒトを取り込む回数が減っていた。
彼らの抵抗が強まっているのである。ともすれば、こちらの生命が奪われそうになる危険も増えてきていた。
ただヒトの事を知りたいという欲求は満たされる事はなく、上手くいかない苛立ちだけが募っていく。
ふと、上質で濃厚なマナでオドを満たしたくなり、深層域へと移動している中で、中層域と深層域の境目にてミノタウロスと遭遇した。
深層域を縄張りとする魔物がマナの濃度が薄れる中層域ギリギリのところまで移動してくるのは珍しい。
過去にも取り込んだ経験があるので、隙を突ければ問題はないだろうが、正面からぶつかる気はなかったので、物陰に隠れて様子を伺う事にする。
すると、そのミノタウロスの異様さに気が付く。
象徴であるバトルアックスを持たず、あろう事か何かに怯えて続けているのである。
その姿に、今まで感じた事のない感覚が呼び起こされる。
なぶり、痛めつけてやりたい。
ヒトを取り込む内に心の奥底へと堆積していた感情が浮かび上がってくる。
嗜虐心というものを、この時理解したのである。
弱者を甚振り、己の苛立ちをぶつけてやる。
そう決めたやいなや、気弱なミノタウロスを追い詰めるために襲い掛かった。
予想通りと言うべきか、そのミノタウロスは待ち合わせた能力に見合わず、愚鈍な動きであった。
蹴つまずいてはたたらを踏み、無様に逃げ惑う姿に気持ちが晴れるのを感じる。
このままじわじわと追い詰めていき、心が絶望に染め上がったところで喰らってやろう。
そのように考えながら、追撃を続けていると、前方で不可解な現象が起こった。
何もないはずの空間から黒い何かが溢れ出て来たかと思うと、先を行くミノタウロスを呑み込んでしまい、その勢いのまま、こちらをも覆い尽くしていった。
突然の出来事に抗う事も出来ず、気付いたら時には暗黒の中を意識だけが漂っているような感覚だけが感じられた。
そして、私は、そこで——
恐ろしい、何かを見た。
◆
次に意識を取り戻した時、見慣れた迷宮区画の通路が視界に映っていた。
黒い何かに呑み込まれてからの事はよく思い出せなかった。いや、本能が思い出してはいけないと警鐘を鳴らしているようにさえ感じられた。
不可思議な経験であったが、いつの間にか己の核となるオドが膨大なマナで溢れた空間へと繋がっている感覚に、満たされたような気持ちとなる。
無尽蔵にも感じられるその空間がどこなのかは分からないが、漲るチカラに高揚カンさえ感じられていタ。
全ノウ感のような感かクに包まレ、そのイッポウで止めヨウのないショウ動が溢れてクル。
全てをコワせ!
ソレを実現デキるだけの力が、今の自ブンには備わってイル。ナラバ、実行シナイ理ユウはない。
マズは、己がトリコンダ事のない強ダイな存在にスガタを変えてミヨウ。
九ツのクビを持つ大ジャ。名ハタシカ——ヒュドラ。
ヒュドラノ姿トナッタワレを止メラレル者ハ、ドコニモイナカッた。
イツしか、知りタイとイウ欲求ハ、キエウセテシマッテいた。
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