第56章『ユズリハノウタ②』
それは喪失の記録。
零れ落ちたものはもう戻らない——
『それでも私達は生きていく』
界樹暦11982年10月。
ヒノクニの首都ヤマトで発生した魔物の大量出現現象は、後に《鬼神の災禍》と呼ばれるようになりました。
大昔、ヤマトの地で悪逆の限りを尽くした強大な魔物・リョウメンスクナノカミは決起した勇士達の手により討ち取られました。
しかし、死骸となってなお桁外れの力を有するリョウメンスクナノカミを滅する事は叶わず、ヤマトの地下深くに封印されたと言い伝えられていました。
ヤマト城を中心に城下町外縁に建立された四つの塔が封印を維持しているとされていましたが、その一つが何者かにより損壊される事件がありました。
リョウメンスクナノカミに施されていた封印が弱まってしまった事で、その力の一端が漏れ出し——見た事もない不気味な魔物の群れが町中に溢れ返りました。
結論から述べますと、突然の襲撃に態勢を整える猶予はなく、多くの市民が犠牲となってしまいました。
その数、およそ三万人。
規模の大きな自然災害が発生したかのような、いえ、それ以上の地獄絵図が繰り広げられたのです。
武士や魔法使い達の尽力により、事態発生から三日で封印の復旧が完了し、不気味な魔物の群は霞が散りゆくように消えてしまったそうです。
残されたのは蹂躙された町並みと、鉄錆と腐臭が混ぜ合わされた噎せ返るような臭いと——骸の山でした。
その殆どが戦う力を持たず、暴虐に晒された市民達でしたが、その中には彼等を守る為に奔走した武士や魔法使い達も少なからず含まれていました。
その中には、私の両親の遺体も——
◆
《鬼神の災禍》が収束し、傷付いた人々が再起し、元の生活を取り戻そうと尽力する中、私は一週間振りに目を覚ましました。
わたしが意識を取り戻した事に喜びの表情を浮かべていたシロウさんでしたが、彼は居住まいを正すと真剣な面持ちで私の両親が命を落とした事を告げて来ました。
その様な話は到底受け止められる訳もなく、酷く狼狽してしまい、たちの悪い冗談だと初めて彼に嫌悪の視線を向けました。
しかし、彼の視線が揺らぐ事はなく、それが真実であると雄弁に物語っていました。
夢であれば、何かの間違いであればどれほど良かったでしょうか。
彼から告げられる内容に耳を塞ぎ、彼を追い出してからは、部屋に閉じ籠る日々が続きました。
それでもシロウさんは毎日のように私が当てがわれた部屋(後になって知りましたが、身寄りを失ったり住む家を無くした人を保護する施設の一室でした)に足を運んでは扉越しに声を掛けてくれました。
けどそれは、部屋から出てくる事を促す内容ではありませんでした。
今日はどういう事があったか、どこどこの施設が復旧しただとか、そんなありふれた話ばかりでした。
最初は彼が何故そんな話をするのか分かりませんでした。それどころか、話の内容が失ってしまったものを浮き彫りにしているように感じられてしまい、一層心を閉ざしてしまいました。
それ以降もシロウさんの訪問は途切れる事なく、理解の及ばぬ彼の行動に苛立ちが募り、遂にそれを爆発させてしまいました。
書き記す事を憚られる罵詈雑言で彼を罵り、これ以上関わるなと拒絶の言葉を叩きつけました。
貴方は何も失っていないのだから良いではないかと、これ以上私に関わってくるなと。
思い返せば何と視野狭窄で、自分の事しか考えていなかった発言だったと恥じ入る気持ちで胸が苦しくなります。
ほんの少しでも想像力を働かせれば気付けたのではないかと、後悔はこれを記している今も心の奥底で蟠っています。
彼もまた、先の厄災にてご両親を失っていたのです。
私が目を覚ますまでの一週間、彼に見舞われた辛苦が如何ほどのものか、同じ境遇である私には痛いほどに理解出来るはずでした。
言ってくれれば、なんて口が裂けても言葉に出来ませんでした。
喪失の悲しみに囚われ憔悴していた私を慮って、あえて口にしなかったのだと理解した時には、彼の辛さに寄り添えなかった不甲斐なさに心が張り裂けそうでした。
どれ程の謝罪と懺悔を捧げたでしょうか。
彼は気にするな、と縋り付く私をあやすように頭を撫でてくれました。
無骨な手のひらから伝わる優しさに、亡き父の面影を感じて、泣き止むのに長い時間を要してしまいました。
ひとしきり泣いた後、シロウさんから今に至るまでの話を聞かされました。
両親の死を目の当たりにした私はマナを暴走させてしまい、自身を中心に周囲一帯を灰燼に帰す危険性があったとの事です。
そんな私を抑え込んでくれたのは、西領風の外套を纏った魔法使いの方でした。
陽炎のように突如として現れて、臨界寸前にまで高められたマナを霧散させ、私達の窮地を救った方。
御礼が出来ればと、その方の容姿を訊ねましたが、帰ってきたのは要領を得ない答えでした。
男性のようであり、女性のようであり、歳若さと老齢さを併せ持つ人物という印象だけが残っていて、具体的な容姿の特徴は何一つ覚えていないようでした。
意識を失った私をその方から託されたはずなのに、とシロウさんも私に問われてから初めて、その異様さに気付いたようでした。
その後、その方の情報を集めようとしましたが、あれから時間が経っていた事もあって何の手掛かりも掴めませんでした。
いつか御礼を伝えられる日が来れば良いのですが……
お読みいただきありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!




