第55章『ユズリハノウタ①』
それは始まりの記録。
ありふれた幸福を享受するだけの日々——
『いつまでも続けば良いのに』
私とシロウさんの出会いは、何か劇的な何かがあった訳ではなく、単に家が隣同士だったからというものでした。
互いの父が古くからの付き合いで、同じ職場という事もあり、家族ぐるみの付き合いでした。俗に言う幼馴染というもので、物心がついた頃から身近な存在で、家族同然の兄のような人と認識していました。
私より三つ歳上のシロウさんでしたが、幼少期の頃はそれはもうやんちゃで、近所では知らない人がいないほどの悪童と煙たがられていました。
だけど、病弱だった私には凄く優しかった事を覚えています。後になって訊いてみたら、その頃のシロウさんは私の事を妹のように思ってくれていたようで、兄として妹を大切にするのは当然である、というのが信条だったようです。
両親が仕事で不在の中、風邪を拗らせて寝込んでいた時には献身的に看病してくれましたし、体力のない私をからかう子供達からは身を挺して庇ってくれました。
喧嘩っ早い事は否めませんが、根底にある優しさを知っていたので、いつかシロウさんが悪童であるという噂がなくなれば良いなと、子供心に思っていました。
◆
シロウさんがヒノクニの武士に憧れていると知った時は、あぁやっぱり、というのが正直な感想でした。
シロウさんのお父様はヒノクニを治める将軍に仕える武士だったから。彼のお父様は忠義に篤く、正義感溢れる方でした。シロウさんはそんなお父様を敬愛していたので、将来の夢として武士を志すのは自然な流れだと思いました。
武士を志すようになってからは、シロウさんの生活は一変していました。
サボってばかりいた鍛錬を真摯に打ち込み、お父様を真似て強きを挫き弱きを助けるようになりました。
周囲の人達は人が変わったようだと驚いていましたが、私からすればシロウさんの気質に行動が伴うようになっただけだと大仰な反応をするような事ではないと感じていました。
むしろ、シロウさん本来の魅力が伝わるようになった事に嬉しくもあり、誇らしくもあったのです。
その陰で、ほんの少しだけ寂しさや独占欲が湧いた事については、本人にはこの先一生秘密かもしれませんね。
◆
シロウさんが武士の見習いとして、私の父や彼のお父様について回り目覚ましい功績を上げるようになるまで、そう時間は掛かりませんでした。
お勤めに慣れてくると奉行所の宿舎で寝泊まりするようになり、会えない日々が増えていきました。
そんな時間の中で彼の活躍を耳にすると胸の奥が温かくなるのを感じました。
それが恋心だと気付いた時には、彼に置いて行かれないようにするにはどうすれば良いかと、躍起になっていました。
幼少から床に伏せる事が多かった私は、同年代の友人に比べて体力がなく、到底シロウさんの横に並び立つ事は叶わないと思っていました。
ですが、幸か不幸か、私には魔法の才があったようで、一流の魔法使いとして将軍家を支えていた母に見出されてからは魔法の鍛錬に打ち込むようになりました。
元々本を読むのは好きでしたし、体調が優れない時でも、布団の中であらゆる書物を読み漁っていましたので、体力で劣る反面、知識量は並みの大人をも凌いでいると、密かに自負していました。
中でも魔法に関する書物は一際興味をそそられ、母の書斎から持ち出しては諳んじられる程に読み込んでいた事が功を奏したのか、あるいは母の血筋のお陰か、鍛錬を始めてからすぐに魔法の才を開花させる事が出来ました。
魔法を発現させる術式を物質に籠める付与術——それを効率的に運用する符術の適正が高いと知ってからは、より技術と知識を深める事に邁進し、気が付けば十二の誕生日を迎える前にはヒノクニ最高峰の魔法使い養成学校への入学が決定していました。
早くても十五歳以上の者が入学するような学府に異例の若さで招かれた事に舞い上がっていたのは、否定出来ません。
その頃には人並みに体力が付いてきた事もあり、これからは前途洋々だと胸を躍らせていました。
ようやくシロウさんの横に並び立てる算段が付いたのだ。喜びに頬を緩ませている姿を母に見られていたのは、中々の失態でした。
◆
私の十二の誕生日。
その日は私の入学祝いを兼ねて、両親が盛大にお祝いをしてくれました。
昼から始まった祝宴は日が沈む頃になっても賑やかさを衰えさせる事はありませんでした。
近所の方々や友人達が訪れては、心からの祝福を届けてくれました。
その事も十分に嬉しかったのですが、その時の私は内心の浮ついた気持ちを抑えるのに必死でした。
この日に合わせてシロウさんも休みを取ってお祝いに来てくれるという文を頂いていたのです。
仕事の引き継ぎの関係で来られるのは夕暮れ時になると記されていたので、彼の到着はまだかと心待ちにしていました。
今の私を見て、シロウさんは何と言ってくれるでしょうか。
褒めてくれると、嬉しいな。
けど、それは家族同然の存在——妹として褒められるのかな。
などと、喜びと懊悩が入り混じった感情に翻弄されていました。
あぁ、早く来てくれないかな。
そんなありふれた幸福の日々が、この日を境に一度幕を閉じる事になるとは、その時の私には想像すら出来ていませんでした。
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