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第42章『話を終えて』

 その言の葉が何を意味するのか。

 真偽は図れず、疑念が積み上がっていく。

 だけど、どうか――

『信じさせてくれよ』

「ヒュドラを捕捉したのは、それから三日後の事でした」


 そう語るハラミの声に緊張の色が帯びたのを感じて、すのぴは思わず唾を飲み込んだ。


「随分と早い発見でしたのね……ヒュドラとの交戦はどのような感じでしたの?」


 と、続きを促したのは、バニラである。

 彼女も見張りの交代まで時間があったが、ぽーと同様にこちらの会話で目が覚めてしまったらしく、寝ぼけ眼をこすりながらも話に加わったのである。


「ごめんなさい……自分は物陰に隠れていたので、詳しい事は分からないんです」


 と、ハラミが申し訳なさそうに首を横に振る。

 これまでの話の内容からしても、遭遇した魔物に対しても身を隠していたのだから、ヒュドラの時も同様であったであろうことは想像に難くなかった。


「それでも、二人からの何か聞かされてなかったのか?」


 とらが身を乗り出すようにして、ハラミの記憶を呼び起こそうとしている。

 今回の目的であるヒュドラの変異種とハラミが語るソレが同一個体の可能性が限りなく高いため、少しでも情報を得たいという心境なのだろう。

 とらの気迫にも似た圧力を感じたのか、ハラミが物怖じしたように身を縮込ませるが、何とか記憶の糸を手繰り寄せたのか、言葉を紡ぎ始めた。


「た、確か……再生速度が速過ぎるって……言っていた、ような?」

「ほほう! それは興味深いですね!」

「ヴモ!?」


 ハラミからもたらされた情報にいち早く食い付いたのはぽーである。

 普段の細目が目一杯開かれ、興奮した様子でハラミへと近付いているが、当のハラミは更に脅えてしまったようで、慌てて岩陰へと逃げ込んでしまう。


「博士、少し落ち着いてくださいまし」

「も、申し訳ないです……ほら~ハラミさん、怖くないですよ~」

「…………」


 ぽーが優しい声音と共に両手を広げて無害をアピールしているが、世間慣れしていない自分から見ても怪しさは拭えていないように感じられた。

 しかしハラミは、恐る恐るといった様子でぽーをまじまじと伺い、そして遅々とした足取りで輪の中に戻ってきた。


 ――あ、戻ってくるんだ……


 怖がりではあるようだが警戒心は弱いようで、少し心配になってくる。


「…………」

「? とらさん、どうかしたの?」

「いや、何でもねぇよ」


 視線を感じて、問い掛けたがはぐらかされてしまう。

 首を捻って疑問に思っていると、ぽーとハラミを中心に話が再開される。


「通常のヒュドラでしたら首を切断した場合、再生に十五分程を要しますが……それ以上の速さ、という事でしょうか?」

「はい。シロウさんは、確か……一分も掛かっていなかった、と」

「一分!?」


 思わず驚きの声を漏らしてしまったが、とらやバニラも声に出していないだけで、表情は驚愕と言っても過言ではなかった。

 だが、自分にとっては通常のヒュドラの再生速度にも、おののきを感じざるを得なかった。

 TOIKIに囚われ、<再生>に掛かる時間が約一週間の自分からすれば破格の速さである。

 とらから聞いた話では、<再生>が発動している最中は卵状の形態で外部からの干渉を拒絶しているようであるらしいので、純粋に比較するようなものではないのかも知れないが、


 ――それでも、凄いな……


 世の中には自分の想像を遥かに越える存在がいる事に驚嘆の念が心を満たしていく。

 それと同時に、そんな相手と戦わなければならないのかという、少しばかりの恐怖が影を差す。


「シロウさんとユズリハさんも、色々と試行錯誤していたみたいでしたが……」


 思考に耽っているとハラミの話が先に進んでいたようで、慌てて意識を切り替える。

 幾度となく交戦と撤退を繰り広げて、打開策を模索していたようだったが、結局それが見付かる事は叶わなかったのだろうか。


「二人の表情から、焦り? と言うのでしょうか……そういったものを感じられるようになってきたんです」


 でも、


「ある日の朝、目が覚めると、二人からは穏やかな感情しか感じ取れなくなって」


 そして、


「その次の日の朝に――二人は自分の前から居なくなってしまったんです」



「少し良いかい?」


 ハラミの話を聞き終わった後、見張り番を交代して睡眠を取ろうとしたとらにレインが声を掛けてきた。

 何か用か? と問い返すと、すれ違い様の一瞬で耳打ちしてくる。


「あまり、気を許し過ぎないようにしなよ?」


 それが何を指しての言葉なのかは考えずとも理解出来た。

 ハラミについてである。

 寝ているにしては、不自然なまでに気配が押さえ込まれていたので、聞き耳を立てていたのは分かっていた。

 つまり、ハラミの話を聞いて絆されているんじゃないかと、危惧しての発言なのだろう。


 ――何をそこまで心配しているのやら……


 ハラミが同行するにあたって、自分のスタンスは今もブレてはいない。

 彼がこちらへ危害を加えようとするなら、容赦する気はない。

 メンバーの中で心配するなら――すのぴである。

 純真で、ハラミの事を完全に受け入れている様子がある。

 話の途中でハラミがぽーの怯えて隠れてしまった際、簡単に警戒心を解いて戻ってきたのを見て、すのぴも苦笑いを浮かべて、その警戒心の無さを心配しているようであったが、


 ――その本人も警戒心が弱いと来たもんだ……


 ハラミが何かを企んでいるとしたら、狙われるのは恐らくすのぴだろう。

 それを言い含めて警戒させるべきなのだろうが、


『僕は、彼が悪い魔物とは思えないんだ』


 そう言って助けを求める声に応えたいと告げた、彼の優しさに水を差すのを躊躇っている自分に気付く。


「……ったく」


 髪を乱暴に掻き毟り、自分も何だかんだと甘い所があると思い返し、先程のレインの忠告が薮から棒のものではないと悟る。

 改めて気を引き締め、警戒を怠らないようにする。

 そして、願わくば――


「どうか、アイツの信頼を裏切ってくれるなよ」

 お読みくださりありがとうございます! 


 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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