幕間Ⅱ『不明世界の囚われ騎士』◆
茫洋とした世界に一人。
何を思い流離うか——
『何が起きたのか』
見知らぬ光景の中、かぷこーんはただ佇んでいた。
周囲を見渡してみても、建造物といったものは存在しない。
有るのは、曇天のような薄暗い雲で覆われた天蓋と青黒い紋様が走った不気味な白亜の大地。
果ての見えない光景が、延々と続いている。
「…………」
ここは、と問い掛けの言葉を出そうとしたが、声が大気を震わすことはなかった。
声を封じられているのか、何らかの要因で声が響かないようになっているのか。
置かれた状況の異常さに、どうしようかと頭を悩ませる。
そもそも、自分は何をしていたのだろうか。
霞が掛かったようになっている脳内で、記憶の糸を辿っていく。
王の命により、深淵領域へと赴き——苦難の果てにマジカルソフトを入手した、はずだ。
だが、手元にそれを収めているはずのボックスが見当たらなかった。
それだけではない。
騎士剣や甲冑などの装備類も身に着けていなかった。
休息日のような、軽装としての衣服を纏っているだけである。
益々状況に対する不透明さが増すばかりである。
ここに至った経緯も、ここがどこなのかすら分からない。
——まさか……
ふと、ある仮説が思い浮かぶ。
何者かの、襲撃を受けているのではないか?
幻覚を見せる魔法や、精神に干渉する魔法の影響下であるならば、この状況にもある程度説明がつく。
だが、記憶があやふやであることを除けば、
——心身共に、異常は見受けられない、か……
悪意のある者の仕業であるならば、何らかの害が及んでいるはずである。
それがないということは、まだ魔法の効果が十分に発揮されていないか——別の何かが原因と考えられる。
思考を巡らせていく中で、これは夢なのでは、という可能性に辿り着く。
——だけど、こんな光景は見たことないはずなんだが……
夢を見るのは記憶を整理しているからという話を聞いたことがある。
複数の記憶が混じり合ったことで、見覚えのない光景を見せているのかもしれない。
推論を巡らせてみたところで、状況に変化はなく、無音の世界が続いていくだけである。
——とりあえず、移動してみよう……
当てもなく動き回るのは本来では得策ではない。
だが、このまま立ち尽くしたところで、状況の変化が起きる様子はなかった。
一歩。
前に踏み出してみる。
白亜の大地を踏みしめるが、足裏に硬い感触は伝わってこなかった。
まるで、宙に浮いているかのようだった。
浮いているようなのに、足は前へと進んでいた。
そんな不思議な感覚に戸惑いを覚えながらも、周囲の探索を開始する。
◆
果ての見えない世界はどこまで行っても、その景色を変えることはない。
永遠に続いていくのではないかと諦観めいたものが、胸の奥でフツフツと湧き上がってくる。
だが、変化は突然訪れた。
——霧……?
前方の地面から立ち上ってきた霧が足元を覆っていく。
次第にそれはこちらの肩辺りにまで到達した。
ただでさえ理解が追いついていない状況で、視界まで遮られてはかなわない。
慌てて来た道を引き返そうとして——振り返った先に、いつの間にか現れていたものに目を見張る。
巨大な十字架が、至近の距離で打ち立てられていた。
先程まで存在しなかったそれには、幾重にも茨のようなものが巻きついていた。
茨の螺旋を追うように、視線を上げていく。
十字架の中央——そこに、何者かが縛り付けられていた。
——あれ、は……
その人物に気付いた瞬間、目を奪われていた。
腰まで伸びた白銀の髪。
見ただけで感じ取れる陶器のように滑らかな肌。
整った相貌は静かに瞳が閉じられている。
初めて見るはずなのに、どこか懐かしい気持ちになる。
思わず、その女性に手を差し伸ばそうとして——
——!!?
腕が、地面より伸びてきた影に絡め取られる。
まるで空間そのものに縫いつけられたかのように、押しても引いてもビクともしない。
影は次第にその数を増やしていき、こちらの全身を覆い尽くしてくる。
抗うことは叶わず、顔以外が飲み込まれたところで、
——なん、だ!?
影を通して何かが流れ込んでくる。
それは、怒りであった。
憎しみ。悲哀。憐憫。空虚——そして、絶望。
誰のものとも分からない感情の濁流が押し寄せて、こちらを飲み込もうとしてくる。
気を抜けば、一瞬で意識を持っていかれそうになる。
いや、そうなるのも時間の問題だった。
徐々に薄れゆく意識の中で、かぷこーんはこちらを睨み付けてくる何かを捉えた。
——君、は……
こちらと十字架の間で、背後の女性を守るかのように立ちはだかり、敵意を剥き出しにしている存在。
その姿を、自分は知っている。
大地と同じ青黒い紋様で全身が覆われていても、その相貌には見覚えがあった。
この状況に陥る前に出会っている彼のことを、何故今この瞬間まで思い出せなかったのか。
——すの、ぴ……
深淵領域で出会った兎人族の名を呼ぼうとするが、声はやはり通ることはなく、全てが影の中へと飲み込まれていった。
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