第40章『協力の申し出』
恐怖を堪えて、申し出るのは誰がためか。
『よろしくね』
「ほぅ、これはまた面妖な」
「シロウさん、あまりまじまじ見るのは止めてあげてくださいな」
「む……これは失礼した」
怯えているじゃないですか、と言うユズリハさんの諭すような物言いにシロウさんが申し訳なさそうに頭を下げてくる。
しかし、彼の視線に怯えていたと言うより、戸惑っていたのが正直なところでした。
——魔物なのに……
人の言葉を解して意思疎通が出来るとしても、自分は紛れもなくミノタウロスという魔物なのです。
もしかしたら牛人族と勘違いして助けてくれたのかと思いましたが、
『あらあら、その瞳の色……貴方、ミノタウロスなのね』
と緊張感のない声音と共に、ユズリハさんにはすぐ正体を見抜かれてしまっていました。
魔物として対処されるものと身構えましたが、ユズリハさんは初めて上位個体を見たことに対して喜色の表情を浮かべていて、シロウさんは先程のような物珍しものを見るような視線を浴びせ掛けてくるだけでした。
「怖く、ないんですか……?」
口に出さずにはいられなかった疑問を投げ掛けると、二人は顔を見合わせた後、表情を柔らかくして微笑んでくれました。
「他の魔物のように襲ってくる訳でもないし、意思疎通も図れて……怖がる要素なんてないわよ~」
「で、でも……」
「あの時のお主は窮地に立たされていたでござろう?」
ユズリハさんの物言いに、咄嗟に否定の言葉が口をつきましたが、それをシロウさんが有無を言わさないようなハッキリとした口調で遮って来ました。
「助けを求めているように見えた故、助太刀させてもらっただけでござるよ」
それだけの話で、自分が魔物であるから助けられる道理はないなどと考えるな、とシロウさんが言い切る。
魔物を助ける人。
そんな存在が有り得るだろうかと疑念が脳裏にこびり付いていましたが、ユズリハさんがこっそり耳打ちするように、
「シロウさんはああいう人なの。だから本当に気にしなくて良いのよ」
勿論私もだけど、と悪戯っぽく笑うユズリハさんにシロウさんがわざとらしく咳払いしてみせていました。
話を切り替えるようにシロウさんが居住まいを正して、
「……つかぬ事をお訊きするが、この辺りでヒュドラなる魔物を見かけはしなかっただろうか?」
「ヒュ、ヒュドラ、ですか!?」
その名を聞いただけで、全身に悪寒が駆け巡るのを感じました。
一度、ヒュドラに狙われたこともあり、深層域で暴威を振るう存在に対する恐怖は心身に深く根付いていたからです。
その時は、ヒュドラの巨体では追って来れない細道へと逃げ込む事で難を逃れましたが、その時感じた恐ろしさは今尚鮮明に思い返せる程で、思わず肩を抱いて全身を震わせてしまいました。
「すまぬ。嫌な記憶を呼び起こしてしまったようだ」
瞼を伏せたシロウさんが静かに頭を下げてくる。
自身の心の弱さで怯えを露わにしてしまっただけで、彼に非はなかったので、すぐさま顔を上げてもらうように頼みました。
「けど、その反応からして居るのは間違いなさそうねぇ」
「そのようでござるな」
頬に手を当ててユズリハさんが確信を得たと言うように視線を細められました。
シロウさんも得心がいったように頷いているのを見て、
——ヒュドラを、探している……?
何故そのような事を、と信じられない気持ちが雰囲気から伝わったのか、ユズリハさんがその理由を語ってくれました。
◆
「ユズリハさんは重い病に冒されていたんです。朗らかで優しさに満ちた表情から、そういった素振りは見受けられませんでしたが……」
と、ハラミが先日にもした説明を繰り返していた。
その病がどのようなものかは知らされていないようだが、その治療の為にヒュドラの心臓が必要だったという事らしい。
——風の噂では聞いたことあったが……
ヒュドラの心臓が万病に効く薬の材料であるという話をとらも耳にした事があったが、眉唾物だと聞き流していたのだ。だが、ぽーの証言もあり、ここに来て真実味を帯びてきている。
「それで、お前の様子からヒュドラが近くにいる事を察して、二人は探索を進めたってことだよな——けど、どうしてお前は二人に付いて行ったんだ?」
助けを求められた際の話だと、この後ハラミは二人と行動を共にしているはずである。しかし、先程の話し振りだとヒュドラを酷く恐れていて、到底二人に同行するようではなかったのだが、
「正直、怖くて仕方なかったんですが……助けて貰った御礼がしたくて」
図体の大きさとは裏腹にオドオドした様子のハラミを見て、その言葉の真偽を確かめようと視線を鋭くする。
挙動不審とも取れる様子だったが、性格上の問題なのだろうか——嘘を言っているようには感じられなかった。
演技という可能性も残ってはいたが、あまり不審がって警戒されるのは避けるべきだと考え、不自然にならないよう会話を繋げていく。
「臆病なくせに、律儀な奴だな」
「もう、とらさん……」
冗談めかして言ったつもりだが、すのぴには揶揄しているように聞こえたようで窘める声が投げ掛けられた。
◆
「あの……良かったら、案内させてもらえませんか?」
怖くて震え上がっていた身体を押さえ込み、どうにか助力の申し出をしたら、二人は驚きの表情を浮かべていました。
それ程、自分からの提案が意外だったようで、
「怖いなら、無理しなくて良いのよ?」
と、ユズリハさんにはこちらが怯えている事を見抜かれてしまいましたが、彼女は優しく慮ってくれました。
自分の弱気な部分がそう言ってくれるならと、先程の申し出を取り消しそうになりましたが、なけなしの勇気を振り絞って、御礼がしたい旨を伝えました。
とは言え、戦闘はからっきしなので、あくまで案内だけになると補足すると、ユズリハさんはそれで十分だと受け入れてくれました。
「……………………」
だけど、シロウさんは眉間に皺を寄せて何か考えているようでした。
やっぱり魔物と行動を共にすることに抵抗感があったのかもしれません。
拒絶されるかもしれない恐怖はありましたが、仕方がないという諦めもあったので、こちらもシロウさんの返事をじっと待つだけでした。
どれだけ黙考していたのかは分かりませんでしたが、ようやくシロウさんが重い口を開いてくれました。
「こちらの都合で危険な目に晒してしまうかもしれぬが、それでも構わないでござるか?」
予想していた内容とは異なり、シロウさんもまたこちらの身を案じてくれていました。
その事に驚きを覚えると共に、申し訳なさが込み上げて来ました。
勝手に諦め、相手の人となりを無視して結論付けてしまっていた事に後悔の念が重くのしかかってくるように感じました。
——見ず知らずの相手であっても助けてくれたのに……
その優しさに疑念を抱いてしまった自分を恥じ、より一層この人達に報いたいという想いが強まりました。
「だ、大丈夫です!」
言葉が詰まってしまいましたが、心からの返事であったと今でも断言出来ます。
その想いが通じたのか、シロウさんが表情を和らげて、
「——かたじけない」
「かたじけ……?」
シロウさんの言葉がよく分からずにいると、彼の故郷で感謝を表す言葉であると説明を加えてくれました。
色々な知識を持ち合わせていましたが、まだまだ知らない事が沢山あると感じて、成る程と感心していると、二人が立ち上がり、
「では、早速だが案内を頼むでござるよ……え~と」
「そう言えば、貴方のお名前は何て言うのかしら?」
「えっと……」
聞かれ、その言葉の意味を反芻した上で、自分には首を傾げるしかありませんでした。
名前、というのが個々を識別するための名称であるというのは理解していました。
シロウさん、ユズリハさん——二人の人族それぞれに付けられた呼称がそれにあたるのだと分かっていましたが、自分にとってのそれが何であるのかは考えた事もなかったので、ただ困惑するばかりでした。
ですが、そのまま押し黙っていたところで、話は進まないのは理解出来たので、正直に名がない事を伝えると、ユズリハさんがそれだと不便だからと頭を悩ませていました。
「そうねぇ~、ハイランクのミノタウロスだから……ハラミ、という名前はどうかしら?」
その三音の響きが自分を指す名として提案された時、正直困惑しましたが、同時に嬉しさが込み上げてきていたんです。
どう表現すれば良いのか、今でも分からないのですが——とても大切なものを授けて貰えたような気がして、胸の奥が温かくなるのを感じていました。
「それじゃあ——よろしくね、ハラミくん!」
差し出された手に恐る恐る手を延ばすと、力強く引き起こされました。
こうして二人とのヒュドラ探索が始まったのです。
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