第35章『押し寄せる魔牛の群れ』
迫る波濤は化生の群れ。
先陣に立つお前は何者か——
『お助けを』
「お待ちください」
そろそろ今日の野営地を見つけようと、適切な場所を探していると、ぽーが声量を落とした、それでいてはっきりと耳に届く声で制止を促してくる。
何事かと注目が集まる中、ぽーが前方の地面に駆け寄って辺りを検分していく。
「ヒュドラの痕跡か?」
「えぇ、間違いないかと」
とらの問いに、ぽーは手元から視線を逸らさずに頷きを返す。
場所は大型の魔物でも悠々と通ることが可能な主要通路の交差点。
こちらの進行方向と交わる通路上には、這いずった跡が広範囲に残っていた。
「かなりの大きさだね」
と、レインが興味深そうに呟いているが、通路の幅は約二十メートル程もあり、その大半に痕跡が刻まれているので、レイン以外は一様に固唾を飲んでいた。
通常の個体を遥かに凌ぐ大きさに、とらが苦虫を噛み潰したかのように顔を顰める。
「あの商人……んなこと一言も言ってなかったじゃねぇか」
あるいは目撃証言が広まった後に急成長したのだろうか。
真偽は不明だが、現実問題として通常の二倍近くの体躯を持つ存在がいることに間違いはなさそうであった。
あまりの事実に、すのぴに至っては蛇に睨まれた蛙の如く硬直してしまっていた。
巨大な脅威に対して耐性を得たとはいえ、流石に刺激が強過ぎたようである。
「……どうしますの?」
バニラが口元を引き攣らせながら、問いを放つ。
その主旨はヒュドラを追うかどうかではなく、
「他の連中と合流した方が良さそうだな」
「そう? このメンツなら十分じゃない?」
とらが脅威度を推し量って堅実な提案をする横で、レインは依然として軽い調子で強気な発言をしてくる。
「しかし……他の方とは中々出会さないですね」
「い、言われてみればそうだね」
正気に戻ったすのぴがぽーの発言に同意する。
しかし、それは無理からぬことであった。
ヒュドラ撃退に大勢の戦力が投入されているようだったが、それでも迷宮区間はあまりにも広大過ぎるため、しらみ潰しに探索するとなるとそれでも人手が足りないのだ。
そのような状況で他の誰かとすれ違うとなればかなりの幸運を要する。ヒュドラの痕跡を発見出来ただけでも僥倖と言えるだろう。
だが、相手の巨大さが想定を遥かに上回っていたことを重く捉え、先に探索を始めていた依頼請負人達との共闘を視野に入れるべきだと、とらは語った。
「とにかく、相手の捕捉まではしておくか。戦闘は、出来れば他との協力を得た上で行う」
それで良いな、ととらがレインに意見を求める。この五人でも大丈夫ではと語っていたレインだったが、仕方ないなと肩をすくめる。
「雇われの身だしね。依頼主の意見を尊重するよ」
残る三人も異論はないようで、意見の擦り合わせが完了する。
ならばと、ヒュドラの進んだであろう方向へと身体を向ける。直後、
「何か聞こえない?」
すのぴが周囲を警戒するように訴えかける。
優れた聴覚を有するが故に、いち早くその音を捉えることが出来たようで、通路の先——ヒュドラが向かった先を注視している。
「こっちに何か来てるよ!」
「構えろ!!」
すのぴが言うやいなや、とらが声を張り上げる。
視線の先に、こちらへと向かってくるものを発見し、すぐさま戦闘態勢へと移る。
土煙を巻き上げ、地響きと共に向かってくるのは、
「ロックバイソン!」
◆
体表が岩のように硬化した牛型の魔物が、大群で押し寄せて来る。更には、牛頭の人型が先頭を駆けて来るのを見つけて、ぽーが興奮を露わにする。
「おぉ! ミノタウロスまでいますね!」
「言ってる場合か!」
ミノタウルスは本来であれば深層域に現れる魔物である。強力な膂力と高い知性を有していることから、脅威度の高い魔物である。
牛人族と瓜二つであるが、ミノタウロスであれば鮮血で染め上げたような真紅の瞳を有している。よりはっきりと区別を付けるためにも近年では、牛人族の首にはタグ付きの首輪が装着されるようになっている。近付いてくる牛頭の瞳の色は薄暗くて判別出来なかったが、首元に何も装着されていないので、ミノタウロスで間違いないだろう。
それがロックバイソンの群れを引き連れてこちらへと向かって来ているのである。このまま戦闘に突入すると負けることまではないだろうが、それなりの被害が出るかもしれない。
安全策を取って後退してやり過ごすか、分断させた上で対処すべきか、ととらの脳内で対応が浮かんでいたが、
「お、お助けを〜〜〜〜!!」
前方から聞こえて来た声に動揺が走る。
その発信源がミノタウロスと断じた存在であると気付くのに、そう時間は掛からなかった。大口を開けて喉を振るわせ、助けを乞う姿に先程の判断が揺らぐ。
——牛人族、なのか!?
魔物の中には言葉を巧みに操る種も存在するが、高い知性を有しているとはいえ、ミノタウロスが言葉を操るとは聞いたことがなかった。
順当に考えれば、牛人族の男が何かしらの原因で首輪を紛失したというのが妥当な線であろう。
だが、万が一ということも有り得るのだ。
深層域でしか生息しないはずなのにマナの濃度が薄まった中層域で活動し、尚且つヒトの言葉を話す存在。変異種以上に大きな変化が起きた魔物——可能性があるとすれば、とその手の事に詳しいぽーに視線を寄越すと、向こうも同じ推測をしていたようで、
「可能性の一つとして、十分有り得るかと」
だが、それを判断するための時間は、今はなかった。
魔牛の群が間もなくこちらへと到達しようとしていたのだ。今からミノタウロス(仮)を精査する訳にもいかないので、ぽーへと手短に指示を飛ばす。
「結界術であれを隔離してくれ!」
「了解です!」
術の詠唱を始めたぽーを尻目に、大剣を抜き放つ。
距離が近付いてきたことで、ミノタウロス(仮)の様子がよく見えるようになってきた。
筋骨隆々の肉体を革製の防具で纏った姿は、よくあるミノタウロスの風貌ではある。しかし、魔鉱石が放つ光を受けて煌めく大粒の涙を振り払いながら情けない悲鳴を上げている様は、ロックバイソンの先頭に立って突撃してくるというよりも、群れに追われているように見えなくもなかった。
益々判別が難しくなってきそうだったので、ひとまずその思考を頭の隅へと追いやる。
気を取り直すよう、一度深呼吸をして、
「とりあえずロックバイソンの排除が先だ——いくぞ!」
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