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第28章『目覚めの困惑者』

 気付いた時には既に存在していた。

 這い寄る闇から逃れる術はなく——

『怖いんだ』

 光が存在しない空間で、すのぴは踠き苦しんでいた。

 全身に纏わりつく()()が、体内へと侵入した瞬間から、あらゆる負の感情が胸の内を押し潰そうとしてくる。

 心に呼応するように、全身に軋みを上げるような痛みが走る。

 どつしようもない状況に、ただ叫びを上げるしかなかった。


 ——助け、て……


 伸ばした腕は空を切り、何も掴むことはなかった。

 このままこの何かに飲み込まれて、自分の存在が消えてなくなるのではないか。

 空恐ろしい想像が脳裏を過ったが、既に抵抗するだけの力は残されていなかった。

 四肢を宙へ投げ出し、静かにその瞳を閉じようとしたが、


『すのぴ!!』

『しっかりなさいませ!!』


 脳に直接響くように、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 直後、力無く投げ出していた腕が、温かい何かに掴まれて引っ張られる。


 いつの間にか、眼前には煌々と輝く光が見えて——


 そして、すのぴは光の中へと飛び込んだ。



「——かはっ!?」


 意識が戻った直後、まるで呼吸が出来ていなかった後のように噎せ返ってしまう。

 息苦しさに涙を浮かばせて、辺りを見回すと、


「大丈夫ですの!?」


 バニラが顔をぐいと近付けてこちらを覗き込んでくる。

 その後ろではとらが安堵の息を漏らしていた。


「バニラさん……とらさんも……」


 見れば、遠巻きにはぽー博士やチンギス達の姿も見つけられた。

 良かった。

 記憶に残っている光景が、気を失っているところを白狼の群れに襲われそうになっていたので、無事を確認出来て心から安心する。


「無事で、本当に良かった……」


 言葉と共に涙が頬を伝う。

 それを見て、とらとバニラが口々にそれはこちらのセリフだと言ってくる。


「身体の方は大丈夫そうか?」


 とらがベッドの傍らに片膝を付き、こちらを見上げる形で訊ねてくる。

 軽く身体を動かしてみるが、特に痛みなどは感じなかった。

 しかし、


「あ……」


 手のひらに視線を落とし、自身の異変に気付く。

 手が震えていたのだ。

 何故か——その疑問の答えはすぐに浮かんできた。


 ——さっきの、夢……


 目が覚める直前まで見ていただろう光景を思い出し、全身に寒気のようなものを感じ、思わず自分の肩を抱いて溢れ出しそうになるものを抑えようとする。

 こちらの以上に気付いたとらが、背中を摩ってくれる。

 大きな手のひらから伝わる熱が、薄ら寒い感覚を追い払ってくれた。

 身体の震えが止まり、とらへ礼を伝えると、


「……雪崩に巻き込まれた後のこと、何か覚えているのか?」

「え……?」


 とらの質問の意味がよく分からなかった。

 どうしてそんな事を訊くのか疑問に思ったが、とらにとって確認しておきたい事なのだろう。

 そう言えば、あの時一番最初に意識を取り戻したのは自分だったと思い返し、


「えっと……僕が最初に目を覚まして、その後すぐに狼の群れがやってきたんだ。それで、皆が襲われそうになって……そしたら——」


 どうなったのだろう。

 そこから先のことが分からない。

 誰かが目覚めて狼達を追い払ったのだろうか。

 いや、違う。

 掌に残った感触が、何が起きたのかを如実に思い出させてくる。

 抗いようのない怒りや憎しみに飲まれて、この手で——


「——っ!」


 思い出そうとしたが、先程まで感じていた震えがぶり返してくる。慌てて思考に蓋をして、そこから先の事を考えるのを止める。


「ごめんなさい……そこから先の事は、ちょっと……」

「覚えてないか」


 とらの言葉に小さく頷く。

 記憶を呼び覚まそうとすれば、恐らく思い出せるのだろうと、漠然とだが確信めいたものを感じる。

 だが、それをすることで言いようのない恐怖が蘇ってくると思うとそれ以上思い返すのを躊躇ってしまう。

 思い出したくないが正しいのだろうが、それをそのまま伝えると余計な心配を掛けてしまうと思い、咄嗟に言葉を濁す形になってしまった。

 とらはそうかと呟いた後、しばらく目を閉じて考え込むようにしていた。


 ——何を考えているんだろう……?


 何か気になる事でもあったのだろうか。

 黙り込んでしまったとらの代わりにバニラに聞こうとしたが、彼女もよく分かっていないようで首を横に振り、とらが口を開くのを待っている。

 どれほど時間が経ったのだろうか。

 ようやく、とらが固く閉じていた目を開けて、


「話しておく事がある。ここじゃなんだし、場所を変えるぞ」



 チンギスに後で詳しく聞かせてもらう旨を話して、医療用の天幕を出る。

 場所を移して話をしてくるとぽーに伝えると、


『すのぴさんの調子が優れないようですので、何かあればすぐに呼んでください』


 一応、医療の心得が有りますので、と申し出てくれた。


 ——どんだけ多才なんだか……


 高名な学者だと思っていたが、その実荒事にも慣れており、只者じゃないと思わされる。


「それで、話とは何ですの?」


 バニラが後を付いて来ながら、疑問を口にしてくる。


「そう慌てるなよ」


 気になって仕方ないのだろうが、外で話すには周りの目が憚られる。

 ここに連れて来られた際に当てがわれた天幕——先程バニラが目覚めた場所へと戻ってくる。

 中に人の姿はなく、布を隔てた周囲にも気配は感じられない。

 ここなら大丈夫そうだと確認して、バニラと、そしてすのぴへと向き直る。


「話ってのは、あの雪崩の後に起きた事についてだ」

「先程、すのぴさんが言っていましたわね。皆が狼の群れに襲われそうになった、と」


 その後何が起きたのか。

 一部始終を見た訳ではないが、最後の場面を目撃した以上、ある程度何があったのかは推測出来る。

 それについて話し始める前に、すのぴの様子を観察する。

 目が覚めてから何かに怯えているようで、その原因が()()というのであれば、状況を正しく共有し、対策を練る必要があると感じている。


 あの場面の話をすることで、すのぴが感じている恐怖を増長させてしまうかもしれない。

 だが、このまま見て見ぬふりをしてしまえば、きっとすのぴはそれを一人で抱え込んでしまうだろう。


 ——話を聞いてやる、って言ったもんな……


 人造巨人との戦いの最中の口約束を思い出す。

 その時とはまた状況が異なっているだろうが、本心で言った言葉を反故にする気はない。


 すのぴが抱えてしまったものを吐き出させるためにも、まずは自分が見たものを伝えよう。

 お読みいただきありがとうございます! 


 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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