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第34章『領根の迷宮区画』

 己の不明を解いて欲しい。

 詳しい者が居るならば、一人で悩むより聞くのも大事ーー

『どういうこと?』

 

「――ハッ!」


 飛び掛かってきた魔物に袈裟斬りを浴びせ撃退する。

 地に伏して活動を停止させた魔物の骸を視界の端に収めながら振り返ると、仲間達も無事撃退を完了したところのようだった。

 迷宮区画に突入して何度目かになる戦闘を終え、一息をつく。

 自然形成された通路一帯に散らばっている魔鉱石が放つ淡い光を頼りに、周囲の様子を窺ってみる。


「さっきの戦い方だけど、まだまだ直線的過ぎるから動きを読まれてしまうよ」

「えっと、じゃあ……こんな感じ?」


 レインがすのぴに対して先の戦いの振り返り、問題点を指摘していた。

 レインの様子は、野営地で垣間見た狡猾さは鳴りを潜めており、すのぴも助言を素直に聞き入れて、自身の糧にしようとしている。

 先日の一件もあり、すのぴには戦闘に加わらないように言い含めたのだが、


『心配してくれてありがとう……でも、逃げてばかりじゃいられないから』


 そう言い切る彼の意を汲んで、これまでと変わらぬ扱いをしているのだが、


 ――強がってるだけだよな……


 決意の眼差しの奥に揺れる不安も感じられたので、気に掛けておくべきだと、バニラとも意思を共有している。

 それについてはレインやぽーにも同様の話を済ませてある。

 特に、レインにはすのぴのフォローを頼んでいた。彼にとっては中層域の魔物の相手など余裕であると見込んで依頼させてもらったのである。

 自分でその役を引き受けても良かったのだが、強くなろうと決心したすのぴにとっては色々な経験を積ませた方が良いと判断して、レインに任せたのだ。


 ――どういう意図で同行しようとしたかは依然として不明だが……


 疑念はあるが、今のところ悪意ある素振りを見せていない。ならば、今は使えるものは使わせて貰うの精神で、精々活用させて貰うだけである。

 それに、あまり警戒し過ぎていると向こうにも見透かされてしまうだろう。

 彼の意図を見極めるためにも、ある程度気を許している素振りも必要だろう。


 レインに対しての警戒はあったが、戦いの中ですのぴが負傷したり、力を暴走させたりしないように立ち回って貰えれば十分と考えていたが、こちらの予想以上に面倒を見てくれているようで嬉しい誤算だった。


 ――奔放な自由人のように見えるが、流石は傭兵団を治めてるだけはある、か……


 どちらかと言うと、面倒見の良さは副団長のレッドの方が上だと思っていたが、戦いの事になるとその限りではないという事なのだろうか。


 バニラは魔物の死骸から使えそうな素材を剥ぎ取っており、ぽーはそれらを検分した上で、


「やはり、かなりの興奮状態にあったみたいですね」


 と報告を入れてくる。

 彼の言うように、迷宮に足を踏み入れてから気が立った魔物とばかり遭遇しているのである。

 目撃証言にあったヒュドラにより、テリトリーを侵された魔物達に多大なストレスが掛かっていたのだろう。

 敵愾心の強い種は気を荒立たせて襲い掛かってくるが、そうでない種はヒュドラの威圧感に当てられて身を潜めているようである。その影響でか、戦闘になった際には魔物達が血気盛んに襲ってくるが、進んだ距離に対して戦闘回数はかなり少なく済ませることが出来ている。


 ――つまり、ヒュドラが中層域に来ていることは間違いない、ってことか……


 存在の証左が得られたことは吉なのか凶なのか、判断が難しいところではあった。だが、成すべきことの指針に具体性が帯びてきたと良いように捉えようと思考を切り替える。



「そう言えば、迷宮区画の中って陽の光が当たらないのに、マナは澱んでないんだね」


 レインからの指導が一区切りしたところで、すのぴは迷宮区画に入ってから感じていた疑問を口に出した。


 陽の光を浴びていないマナは次第に穢れ、澱んだ黒マナへとその性質を変化させる。

 黒マナは生物の心身に悪影響を及ぼし、凶暴化を引き起こすことがある。


 ――ヒュドラの変異種もそれが原因だと思ったんだけど……


 だが、実際の迷宮区画内では黒マナの不安を掻き立てるような気配は感じられずにいた。それどころか、奇妙な懐かしさと安心感に包まれているような気がして、不思議で仕方なかった。


 陽光が差していない場所ーー多少の物陰程度なら周囲の浄化されたマナと黒マナが循環する事で澱みは発生しないで済んでいる。

 しかし、影の領域が広範囲になると循環が追い付かず、


 ――深淵領域が発生する……


 迷宮区画内も深淵領域と同質のものと身構えていたのだが、実際はマナの浄化が行き届いているようであり、どういう理屈なのかと不思議に感じていると、


「領根はあくまで世界樹の一部ですからねぇ」


 と、こちらの疑問に得意気にぽーが返してくる。

 彼が眼鏡を押し上げる動作の後に、瞳に輝きを湛えながら言葉を繰り出してくる。


「元々マナとは世界樹によって生成されたと近年の研究で明らかになっていますしかし澱みにより黒マナが生まれたことにより世界樹は機能を変質させたと推察されています通常の植物とは似て異なる世界樹ですが変質させたその機能は植物のある機能と似ているのですそれが何かご存知ですかはいとらさん答えをどうぞ!」

「お、おう……光合成に似た仕組みでーー」

「そうです! 黒マナを取り込み陽光の浄化作用により浄化されたマナを放出しているのです!」


 とらの返答を途中で遮り、ぽーが頬を上気させ血走った視線を向けてくる。

 ほぼ息継ぎなしで熱弁する姿に圧倒されていると、彼の講釈が続けられる。


「その機能によって本来であれば黒マナによって深淵領域が生じているところを逆に上質なマナで満たしているということなのです!」

「な、なるほど……」


 ぽーの説明に区切りが着いたところで相槌を入れて置いた。レインも感心しているのか、笑みと共に拍手を送っていた。とらとバニラについては若干引いているようだったが、レインに倣ってとりあえず手を鳴らしていた。

 拍手で応じられたことで気を良くしたのか、ぽーが満足気に頷いている。

 その様子に生物学者と言うよりは、世界樹の専門家と肩書きを変えた方が良いのではと思ったが、ここでそれを指摘すると話が延々と続きそうなので、止めておくことにした。


 ――宿場町に来る前のアレみたいになりそうだし……


 ぽーは興味のあることになるとかなりの熱量を帯びた探究心が顔を覗かせるようなので、話題の振り方は気を付けないとと肝に銘じておく。

 研究者の人は皆こうなのかなと、ぽーという一例のみで判断するのは早計かもしれない想像が浮かんだが、それは思考の外へと追いやっていく。


 ぽーの説明を反芻し、領根の迷宮区画がどういった場所なのかが少し理解出来た気がした。

 世界樹の浄化作用ーー加護とも呼べるような機能により、迷宮区画に黒マナが発生することはないということである。黒マナによる侵食が懸念されないということもあり、他領への主な移動手段として用いられているということにもこれで納得がいった。

 だが、そうなってくると、ヒュドラの変異種がどのように発生したのかが謎のままである。

 それについて、ぽーがどのように考えているのか聞いてみたくもあったが、先と同じ理由で躊躇してしまう。だが、


「では件のヒュドラの変異種が生じたのか? 皆さん、そこが気になりますよね」


 こちらの思考を読んだのかと思うタイミングで、ぽーが自論を述べ始めた。


「黒マナの影響以外でしたら何らかの要因により個の存続が危ぶまれた際生存に適した形へと変遷する場合があります過去の事例では――」


 またしても流暢な滑舌で語られるそれを聞いていると、とらやバニラが非難するような視線を向けてくる。

 話を振った責任でどうにかしろ、とでも言いたげだった。

 そんな無茶なとレインに助けを求めようとしたが、彼は彼でニコニコとぽーの話を聞き入っており、助けてくれる様子はなかった。



 迷宮区画に突入して三日目。

 幾度となく魔物達の襲撃にあったものの、肝心のヒュドラの痕跡を見つけられずにいた。

 とらやレインが言うには、かなりのハイペースで進行出来ているようで、中層域の中間地点まで到着したとのことである。

 この調子で行けば一週間と経たずして迷宮区画を抜ける事も可能ではあった。

 このまま東領に辿り着くことを優先すべきという考えが浮かんだが、それぞれの胸中に気掛かりのようなものが芽生えていたこともあり、時間の許す限り周囲の探索へと舵を切ることにした。

 その決断から数時間後、奇妙な存在との出会いがすのぴ達を待ち構えていた――

 お読みくださりありがとうございます! 


 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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