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第26章『緊迫場面の交渉者』

 交わることのない平行線。

 向かう先を傾けて、交差させることを何と呼ぶ——

『交渉といこうか』

 レインの要求内容を反芻しながら、とらの内心では想定通りの展開にやはりという思いが浮かんできていた。


 すのぴの素性を知られた以上、こうなるだろうと確信していた。

 こちらを捕え、有無を言わせずに交渉という形を取ってくれたのは紳士的ではあるとは思う。が、


 ——他に何か狙いがあるのか……


 すのぴを手中に収める以上に、こちらに求めるものがあるとは考え難いが、こちらに歩み寄りを見せているのが現状だ。

 しかし、拭い去れない違和感が残っているのも確かである。


 傭兵——それも北領で結成された団となると、金稼ぎの目的が他の領域のそれとは比べ物にならない程の必要性に迫られている。

 

 北領は常に雪に閉ざされた過酷な環境である。

 それ故に、他の領域に比べて農作物の収穫量も少なく、飢餓で命が絶たれる者が多く問題視されていた。

 他の領域の国々から輸入で賄おうとすれば、自国での財力では限界がある。

 それを互いに補おうとしていくつもの国家が統合されていき、広大な領地を有するモスタール帝国が作り上げられたのだ。

 しかし、それでも全てを賄いきることは叶わず、その果てに結成されたのが、北領における傭兵団である。

 長い歴史の中、傭兵団の活躍により、モスタール帝国を筆頭に北領の国々はどうにか国としての体裁を保てるようになってきたようだが、それでも傭兵団の活躍ありきなところは否めない。


 そういう意味では、北領の傭兵達が金に執着する意味は他領の者達とは訳が違う。

 なので、すのぴを手に入れて、他領の国々にその恩恵を与える代わりに多額の見返りを得たいはずである。

 だが、


「悪いが、あいつが持つ価値とは無関係で……あいつは俺達の仲間だ。仲間を売ることは出来ない」


 どんなに相手が歩み寄りを見せようとも、それだけは譲れないと、キッパリと断りを入れる。

 こちらの強硬な態度にバニラが心配そうに視線を送ってくる。おそらく、交渉が決裂した際にこの地にいる傭兵団が総出で襲ってこないか気掛かりなのだろう。

 だが、そういう手段を取ると言うのであれば、まわりくどく交渉の場には着かないだろう。

 少なくとも、こちらが戦端を開かない限りは大丈夫の筈だ。


 現にこちらの拒絶を受けても、レインがそうだよねぇと呑気に言っている。

 こちらの回答などお見通しだったと言わんばかりの様子に、彼にとってはすのぴの身柄の要求は本心ではないのだと感じた。

 だが、横の男はそうではないらしく、険しい形相を更に歪めて、一歩前へと進み出てくる。


「副団長のレッドだ……うちの団長はこんなのだが、我々としては、是が非でもそちらの彼を引き渡して欲しいと考えている」


 レッドと名乗り出て男の表情からは真剣さ――あるいは切迫感のようなものが窺えた。


「知っているかもしれないが、北領の国は我々をはじめとした傭兵団によって成り立っていると言っても過言ではない」


 大国であるモスタール帝国も細部に目を向ければ、いまだ飢餓と貧困に苛まれている。

 そう付け加えたレッドが一拍を置き、


「北領の国を救うためにも、彼に協力してもらいたいのだよ」


 そう言ってのけるレッドに対して、とらは視線を細める。

 彼の言い分に破綻はない。すのぴが彼らに協力すれば、北領の各国は他領からの外貨を得て、豊かな生活を送れるかもしれない。だが、


「協力、ね……綺麗な言葉を並べ立てちゃいるが、結局のところはすのぴを利用——いや、搾取しようってことだろ」


 言葉の奥にある意図を突くように返すと、肌がひりつくような感覚を覚える。

 痛いところを突かれたからか、レッドから放たれる圧が増す。


 ——図星か……


 そういうことなら、尚のこと彼らにすのぴを引き渡すことは出来ない。


「十分な謝礼を用意しているが、それでもか?」

「それでもだ」


 断言すると、成り行きを見守っていたバニラもしきりに首を縦に振っている。

 こちらの総意に揺るぎはない。それを見ても尚、レッドが追い縋ろうとしてくるが、レインに肩を掴まれたことで、言葉を飲み込む。


「一応確認だけど、君達が彼を使って甘い汁を啜ろうって話じゃあないよね?」

「さっきも言ったが、あいつは仲間だ。出会ってまだ日は浅いが、共通の目的のために旅をしてんだ」


 レインが念押しするように聞いたきたので、そんなことするかよと改めてこちらのスタンスを述べる。すると、彼は納得したように何度か頷いて、


「それじゃあ、仕方ないよね」


 と、物分かりが良いように笑ってみせた——が、急にその表情に薄ら寒いもの感じ取る。

 それが何なのかと警戒を強めたところで、レインが笑みを濃くして、


「でも団のみんなも、彼のことを知っちゃってるしなぁ……誰かが口を滑らさなきゃ良いんだけど」


 やられた、そう思った時には既に手遅れだった。

 相手を舐めていたつもりはなかったが、それでも心のどこかで甘く見てしまっていたのだろう。

 だが相手は一流の傭兵団の長である。

 見た目の印象や言動に騙されてはいけないと意識を改める。


「脅迫、ですの?」


 レインの物言いに対して、バニラが嫌悪感を露わにしている。下手をすれば、些細な拍子で暴れ出してしまうのではないかと危惧し、慌てて制止を加える。


「落ち着けバニラ」

「ですが——」

「いいから」


 自分と同じように感じていると思っていたのか、思いがけない制止に食って掛かってきそうだったので、語調を強めて再度抑えるよう呼び掛ける。


「確かに脅迫じみているが、アレはアレで落とし所を示してくれてんだよ」

「どういう、ことですの?」


 さっぱり理解出来ないと言うように、バニラが怪訝な顔になる。

 それは致し方ないだろう。

 依頼請負人や傭兵に馴染みがないのであれば、ピンと来ていない彼女の反応も頷ける。

 つまりは、


「交渉ではなく、依頼しろってことか」


 こちらの呟きにいち早くレインが反応を示した。

 満足そうな笑みを向けている姿に、これが本当の狙いなのかと直感する。

 ただ、それが彼らにどれ程の利益をもたらすのかが分からない。


 純粋に金が目当てであれば、すのぴを無理矢理にでも奪ってしまえば良かったはずだ。

 すのぴの素性を黙秘しろと頼ませて、依頼料をふっかけてくるにしても、あまりにも法外な金額では頼みたくても頼まない。

 こちらの出方次第な不確かなやり方である。


 まだ少し、向こうの意図と相違があるように感じて、思考を傾けてみる。


 今までの流れでレインが求めているのは、すのぴの引き渡しや金銭が第一ということではないらしい。

 こちらに依頼させることが重要とでも言いたげで、


 ——あぁん?


 そこで引っ掛かりを感じたので、そこを重点にして考えを巡らせていく。

 依頼を受けて、それを解決して報酬を得る。

 依頼請負人や傭兵のあり方だ。

 社会の表と裏、どちらに比重を置いているかの違いは有れど、その両者には共通点がある。


 ——依頼者からの信頼が第一、ってな……


 依頼者に不利益をもたらすような相手には誰も頼まない。

 そういう自明の理を不文律として、両者は成り立っているのだ。

 依頼者の利を害することがないようにすることの例としては、依頼者の安全の確保であったり、


 ——依頼者に危害が及ばないように、情報の秘匿!


「俺達に依頼させることで、俺達の情報を漏洩させないようにする……?」


 いや、それだけならあまりにもこちらに旨みが多過ぎる。

 簡単な依頼を出して、こっちの情報を黙秘させるってのは都合が良いも程がある。

 だから、今回の落とし所としては、


「あんたらが指定する依頼をこっちに出させて、その代わりにこちらの事は口外しない、ってことか」

「そういうこと~」


 話が思い通りに進んだことに、レインが大仰に喜んでみせる。

 無邪気ともとれる様子だったが、その実かなりの策略家であると気付かされ、内心で感心する。

 はしゃぐレインの横でレッドがこめかみを押さえていたので、今回の画を描いたのは彼ではなく、レインなのだろうと推測する。

 最初にこちらが絶対に断るであろう要求を見抜いて突き付け、拒絶された後に選択肢を狭めた上で着地点を示して誘導してみせたのだ。見事なまでのドアトゥフェイス(交渉術)に脱帽するばかりだ。

 だが、そうなると疑問が一つ残る。


 ——どんな依頼を出させられるか、だ……


 その内容や支払う報酬によっては、話が振り出しに戻ることも有り得る。


「そう身構えなくて大丈夫だよ」


 こちらの内心を見透かしてきて、穏やかな声音を向けてくる。


「君達に出して貰いたい依頼は——君達に団の一人を同行させるようにしてほしい。この場合、名目としては護衛ってことになるかな?」


 その真意は未だ捉えることは出来ないが、この場に及んで有無は言わせないという威圧感を浴びながら、レインの次の言葉を待つ。


「どうだい? この話、()()()くれるかい?」

 お読みいただきありがとうございます! 


 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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