第23章『野営地の起床者』
見知らぬ天井、見知らぬ場所。
気が付けば、自分一人の空間でまずは何を思うのかーー
「どこですの?」
「う、ぅん……?」
沈殿していた意識が、周囲を忙しなく行き交う足音や木材を打ち付ける音に呼び起こされる。
全身に纏わりつく気怠さを感じながらも、バニラは重い瞼を広げて周囲の状況を確認する。
まず目に入ったのは見知らぬ天井――簡易な骨組みの奥に見えるものが布だと気付いたので、ここが住居ではなく天幕の中だと理解する。
――となると、隊商の野営地でしょうか……?
靄が掛かったように不鮮明な記憶を呼び起こし、何が起こったのかを整理してみる。
領根の迷宮区画へ向かうため、とらとすのぴと共に移動宿を利用していた。そこで、生物学者のぽーと出会い、
「そうでしたわ」
記憶を順に辿って行くと、徐々に意識を失う前の事が思い起こされた。
移動宿が山道を行く道すがらに突如として出現した人造巨人。それを迎撃している最中に、巨人に囚われたチンギス達を見つけ、
「救出した後に、雪崩に巻き込まれたのでしたわね……」
ぽーが咄嗟の判断で防御術を使用してくれたおかげか、こうして五体満足で助かったのだろう。
その後のことは推測だが、自分たちを見つけてくれた隊商か何かが保護してくれた。そんなところだろう。
「他の皆さん、は……?」
自身の状況を把握したところで、天幕内に自分しかいないことに気付き、嫌な予感が浮かび上がってくる。
――まさか、私しか見つかっていないのでは!?
大規模な雪崩に巻き込まれたのだ。
ぽーの術で守られたとはいえ、それも完全ではなかったはずだ。
最悪、助かったのが自分だけという可能性も――
そんな想像が過り、胸中を不安が蝕みはじめ、
「お? 目ぇ覚めたか?」
天幕の入り口。その垂れ布を腕で押し上げて顔を覗かせてきたとらが、相変わらずの無愛想な表情を浮かべていた。
「ちょうど良い。今から話し合いを始めるところだったんだ……どうかしたか?」
「お……」
何事もなかったかのように、平常通り話す素振りに込み上げるものを感じていると、ようやくこちらが押し黙っていることに気付いたようだ。
しかし、何故そうなっているのかはてんで理解出来ていないようだった。
あのような自然災害に巻き込まれて、目が覚めたら自分一人しかいなかったのだ。
正直、心細かった。
出会ってまだ数日と経っていないが、見知った相手が突然いなくなってしまうことに寂寥感を覚えずにはいられなかった。
ただ、それを素直に吐露することはできなかったので、
「驚かさないでくださいまし!!!」
感じた不安を吹き飛ばすように、あらん限りの声量で叫んだ。
◆
「あんだけ叫べりゃ大丈夫そうだな」
身支度を整えて天幕を出ると、とらが片方の口の端を上げて揶揄ってくる。
こちらの内心を見透かされているように感じたので、誤魔化しの咳払いを一つ。
天幕の外は先程から感じていたように大勢の人が行き交い、荷台から荷物を下ろしたり、炊事に勤しんでいたりと、各々が忙しそうにしている。
やはり隊商か何かの野営地かと思ったが、よくよく観察してみると、それが思い違いであることに気付いた。
どこもかしこも程度の違いはあれど、武装しているのだ。隊商の護衛というにはあまりにも多い人数が、だ。
そして、それぞれの装いに共通のシンボルが刻まれていることが、自身の勘違いを決定付けた。
猛々しい赤黒い竜を模ったそれはあまりにも有名な象徴であった。
「ニーズヘッグ!?」
思わず声に出してしまい、慌てて口を押さえる。
周囲からは何事かと視線を向けられるが、こちらが余所者だと気付いてはすぐさま作業に戻っていった。
「まぁ、驚くよな」
とらがこちらの反応を見て、然もありなんという様子で呟く。
ニーズヘッグ。
その名は神話に登場する悪竜を指すが、近年においてはまた別の意味を持つ。
魔王という異名を持つ団長に率いられる北領最強の傭兵団。それが現代におけるニーズヘッグという名前が示すものである。
――しかし……
「ニーズヘッグはかなりの武闘派組織と聞き及んでおりますが……そんな方達が私達を救助してくださったん
ですの?」
「当然の疑問だわな……なんでも、迷惑を掛けたお詫び、だそうだ」
「はぁ……」
要領を得ない答えについ生返事をしてしまう。
だが、それも仕方ない。
噂で聞いたニーズヘッグだと、人助けとは無縁の存在だと思っていたのだ。
金に目がなく、略奪行為を行っているという悪評が流れているぐらいである。
助けてもらえたのはありがたいが、それも何かの勘違いで、このあとは奴隷商にでも売り払われるのではないかとさえ思ってしまう。
――流石にマイナス思考過ぎますわね……
行き過ぎてしまった考えに自省する。
もしそうであるなら、身ぐるみを剥がれて拘束されているべきだ。
だが、所持品も全て無事だし、こうして自由に歩き回れているのが何よりの証拠であろう。
――偏見は、やはり良くありませんわね……
思い込みの激しさでつい先日にも醜態を晒したばかりなのだからと、努めて冷静であろうと心掛けるようにする。
「それで、今はどちらに向かっておりますの?」
姿が見えないすのぴやぽー、ついでにチンギス達の事が気掛かりである。
こちらの考えを察してか、とらが人垣の向こうに見える巨大な天幕を指し示して、
「医療用の天幕だ。すのぴ達もそこにいる」
「酷い怪我でもされてますの!?」
とらの説明に食い気味に問い詰める。
それだけの自然災害に巻き込まれたのだ。怪我をしてないという方が不思議なのだ。
それに、チンギス達だ。
彼らは人造巨人に核の代わりとして取り込まれていたこともあり、何らかの後遺症が残っている可能性もあるだろう。
「いや、怪我に関しちゃ、ぽーの治癒魔法で完治してはいる。チンギス達も人造巨人との同化は解けたが体力の消耗が激しくて、安静にさせてるだけだ」
「そうでしたか」
治癒魔法まで使えるとは、ますますぽーに対する疑念が高まるが、今は置いておく。
「では、すのぴさんは?」
「あいつは……まぁ、命に別状はねぇんだが」
とらが歯切れ悪く言葉を濁す。
どういうことかと問い詰めたかったが、医療用の天幕に到着したので、実際に見て確認した方が早いだろうと中へと押し入る。
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