第87章『古代の叡智を宿すもの』
失われたものの痕跡。
超常を為す古の叡智は、後世に何を伝えるのだろうか——
『凄いとは思うけど』
「お待たせ~」
ばさが複数のボックスを抱えてワゴンから戻ってくる。
その足取りは軽く、浮き足立っているのがありありと伝わってきた。
砂利を踏み締める音が小気味良い音を奏でている。
「本来であれば、古代遺物の力を精査するには専門機関であっても長い時間が必要なんだけど、俺の場合はこの目があるから、その工程が大幅に短縮出来るってわけで」
自身の瞳を指差しながら得意げに語るのを見て、とらは何度となく見てきた光景に溜め息を吐き出した。
ばさの爛々とした瞳は商品を売り込もうとする時のものだった。
実際、ばさはその能力を買われてギルドにおける古代遺物の管理を任されていたりする。
必要であれば、国や貴族を相手に販売したり、依頼請負人の適正に合わせたものを支給したりと、その方面でもかなり貢献している。
そんなばさにとって、商材でもある古代遺物に興味があると示した今のすのぴは、好事家の富豪達と大して変わらないように映ったのだろう。
——行き過ぎるようなら止めりゃあ良いか……
流石のばさでもパーティー内で古代遺物までは押し売りしないだろう。
その辺りの分別はあるだろうと判断して、とらはセールストークじみた古代遺物の紹介を静観することにした。
「すのぴ君は古代遺物がどういったものだと認識してる?」
「僅かなマナで魔法以上の効果を発揮したり、魔道具より遥かに小型のもの——だったかな」
以前教えた内容を思い返しながら、すのぴが定着させた知識を言葉にしていく。
チラチラとこちらの反応を伺ってきていたので、それで間違いないことを伝えるために頷いてみせる。
「まぁ、大まかにはその認識で問題ねぇな。大量のマナを用いれば再現出来るものの方が多いが、強力な古代遺物はその力を真似るのも今の魔法技術だと困難とされているわけだが」
「とらさんの鞘なんかは強力って訳じゃないけど、魔法で再現するには制御が複雑過ぎるってパターンもあるから一概には言えないんだけど……これ等を当然のように扱っていた古代文明は、今とは比べものにならない程に高度だったのは間違いないね」
ばさの説明に、すのぴが目を丸くして感嘆の声を漏らしている。
大陸中の考古学者が挙って失われた古代文明を解き明かそうとしており、古代遺物はその鍵となるとして注目されていたりする。
簡易なものであれば、生活を便利にするといった程度の力を有しており、発見されるものの大半がそのレベルのものである。
ばさがボックスから引き出し品々もそういった便利な道具と呼べるものばかりであった。
「例えばこの容器なんかはどんな水質のものでも飲み水に浄化してくれたり、こっちの水晶は周囲の気温に反応して適温となるように暖かい、もしくは冷たい風を起こしてくれたりするんだ」
前者は浄化魔法、後者は熱と風の魔法を組み合わせれば良いだけの話であるが、少量のマナで実行されるのだから便利ではあるだろう。
すのぴもそれを見て反応を返しているが、ばさが思っている程のものではなかったようだった。もっと良いリアクションを求めて、ばさの言葉に熱が入っていくのが伝わってくる。
「お次にこの指輪はどうかな? すのぴ君、この石を持って少し離れてくれる?」
そう言ってばさが足元から適当に拾い上げた石をすのぴに手渡す。
手の中にあるものを不思議そうに見るすのぴだったが、ばさの言われるがままに数歩後ろへと下がっていく。
「じゃあ、その石をしっかり見ててね」
注目を促す言葉にすのぴだけでなく、こちらの視線もすのぴの掌へと向ける。
視界の端でばさが木の枝を持ち上げるのが見えて、
「——リプレイス」
ばさが短く言葉を発した直後、すのぴが持っていた石が忽然と姿を消し——それと置き換わるように木の枝が手元に出現していた。
「な、何が起きたの!?」
「空間転移……いや、物質の置換って感じか」
目の前で起きた現象を冷静に分析してみると、ばさがその通りです! と得意げな笑みを浮かべていた。
聞けば、同等ぐらいの質量を持つもの同士でないと置換は出来ないとのことだったが、空間転移の魔法——それに類するものであればそれ自体が高度な技術が要求されるものである。指輪型の古代遺物はばさが自慢したくなるだけの価値あるものと言えるだろう。
「使用者の素質によって効果範囲や置換出来る質量が増えるみたいだけど、俺だとこれぐらいが限界ですね」
「確かに凄いとは思うが、盗賊とかそういった連中向けだよな」
「うぐっ」
正直狡いと言うか、その効果は良からぬ者達が好みそうなものである。
すのぴも内心そう思っていたようで、強張った愛想笑いを浮かべている。
「でしたら、これならどうです!」
躍起になったばさが次に取り出したのは、艶やかな質感を持つ杖だった。
見るからに滑らかな肌触りを感じさせる黒褐色のボディ。その先端には吸い込まれてしまいそうな暗い輝きを宿した紫紺の宝珠が埋め込まれていた。
威圧感ともとれる存在感を放つ杖を高らかに掲げ、ばさからマナが注がれていくのを感じ取った。
「これの力を見れば、流石に驚くでしょうよ!」
まるで宣戦布告するかのような物言いと共に、ばさが杖を勢い良く振り下ろす。
すると、先端の宝珠から眩い輝きが放たれる。
それは球状の光となって、杖が向けられた先へと射出されていく。
光の玉は決して速いとは言えない速度だったが、500メートル程進むと突如として膨張を始める。
直後、光の玉を中心とした広範囲の空間が歪曲して見える。
「こいつは……」
何が起きているのか、すぐには理解出来なかった。
だが、空間が歪んで見えるその足元では鬱蒼と伸びていた草むらが、何かに踏み抜かれたかのように地面に抑え付けられているのを見て、直感が働く。
「重力操作!?」
「それだけじゃないです、っと」
こちらが口を開く前にすのぴから驚愕の声が上がる。
その様子を見たばさが昂揚した表情を浮かべる。次いで、ばさから追加でマナを流し込まれた宝珠が、その輝きを増していく。
大気がヒリつくような感覚が走ったかと思えば、歪曲して見える空間内——その地面を覆い尽くすように稲光が駆け巡る。
輝く蛇の群れがのたうつような光景を前に、頬を伝う汗が異様に冷たく感じられた。
しばらくすると歪んでいた風景は元通りになったが、焼け焦げた臭いが鼻をつく。
顔を顰めながら一言、
「えっぐいな」
ばさが起動させた杖の効果を考察して、苦い声になる。
範囲内の重力を高めて対象を地面に縫い付けた上で、地を這う電撃による掃討。見事な連携と言える所業を杖の一振りで成し得たことを考えれば肝が冷えるというものだ。
敵対するとしたら厄介だなという考えが過ぎる横では、すのぴが熱に浮かされたように古代遺物の凄さに興奮しているようだった。
すのぴの反応に気を良くしたようで、ばさはその後も自慢の品々を紹介し続けていたが、
「ご無事ですの!?」
と、バニラの緊迫した叫びが耳朶を震わせた。
声がした方へ振り返ってみると、哨戒や調査などでこの場から離れていた四人が一様に気を張り詰めさせた表情を浮かべていた。
まるで異常事態が発生したとでも言わんばかりの様子に何事かと目を見開いていると、レインから詳細が伝えられる。
「突然重力魔法のようなもので身動きを封じられたと思ったら、電撃に見舞われてね……博士がすんでの所で防御魔法を張ってくれたから無事で済んだけど——君達の方は何もなかったようだね」
「あ、あぁ……そうだな」
犯人に心当たりがあり過ぎて、咄嗟に言葉を濁してしまう。
レイン達の視線を盗んでばさの様子を窺うと、既にその手からは凶器が消え失せており、
「何者かの襲撃と見て間違いなさそうですね。周囲に怪しい人影などは?」
——こいつ……
いけしゃあしゃあと無関係を貫こうとする姿に呆れが湧いてくる。
すのぴも信じられないものを見るような目をして絶句している。
「それらしい人物は見当たりませんでしたので、ひとまずこちらの安否を確認しに来ましたの」
「となると、かなりの遠距離からの攻撃だったのかもしれないですね。今から追跡しても捕捉は難しいでしょうね」
などと、襲撃者は遠くにいると誘導を試みているようだったが、後から発覚した場合、余計な不和に繋がるかもしれないと感じたので——ばさには早々に罰を受けてもらうことにする。
ばさの視覚外となるように立ち位置を半歩後ろにずらす。
すると、すのぴもこちらの動きに気付いて、同様にばさの背後に回ってきた。
尚も居もしない襲撃者を仕立て上げようとしているばさの背中に人差し指を向ける。
ばさの虚言に耳を傾けていたバニラ達だったが、こちらの挙動を不思議そうに眺めて、すぐさま表情を引き攣らせていく。
温厚なぽーやハラミも不気味な笑みを浮かべており、四人がジリジリとばさへと詰め寄っていく。
「再度の襲撃があるかもしれませんし、ぽー博士には結界を貼ってもらって……って、どうしたんですか怖い顔して俺が何かしましたかね!?」
「——ちょっと、お話しましょうか」
「ご勘弁!!」
言うやいなや、ばさが身を翻して逃走を図ったが、身体能力の差は歴然である。
程なく、と言うにはあまりにも短い時間で拘束された後、四人から叱責を受け始める。
その光景を眺めていると、ふとすのぴと目が合い、示し合わせたかのようにやれやれと苦笑が漏れる。
騒がしいやり取りをも包み込むように、今日も夜の闇が深まっていく。
お読みいただきありがとうございます!
古代遺物の説明を兼ねた回でしたがいかがでしたでしょうか?
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