第13話:選んだ未来の現実
瑞樹が選んだのは「キャリアを追求する未来」だった。レールが崩れ落ちる瞬間、胸の中には後悔とも安堵とも言えない感情が渦巻いていた。しかし、もう選び直すことはできない。彼女は覚悟を決め、前に進むしかなかった。
光のレールを歩き続けるうちに、やがて周囲の景色が徐々に形を取り始めた。視界がはっきりすると、そこには見慣れたオフィスの風景が広がっていた。瑞樹は一瞬、自分が夢を見ているのではないかと感じたが、近くを通り過ぎる同僚の声がその感覚を打ち消した。
「堀田さん、これ資料の確認お願いします!」
忙しそうに駆け回る社員たち、机に山積みの書類――確かにこれは彼女が選んだ未来だ。
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瑞樹は自分の席に腰を下ろし、資料を手に取った。内容は見慣れたプロジェクトだったが、どこか違和感を覚える。
「これ、いつから始まったんだっけ?」
自問するが、記憶が曖昧だった。案内人が言っていた「選ばなかった未来は消える」という言葉の意味が、彼女の中で現実味を帯びてきた。選んだ未来の細部はクリアだが、要との過去や別の選択肢にまつわる記憶が薄れていく感覚に襲われたのだ。
その日の夕方、上司の中村が彼女を会議室に呼び出した。
「堀田さん、例のプレゼン資料、非常に良くできてたよ。クライアントも満足していた。」
中村の言葉に瑞樹は胸を撫で下ろす。この道を選んだのは間違いじゃなかったのかもしれない。
しかし、中村の次の言葉が彼女を困惑させた。
「そういえば、近藤さんから連絡があってね――。」
「近藤さん?」
瑞樹の表情が固まる。
「例の外部コンサルの件だよ。彼が担当になったのを知らなかったか?」
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会議が終わった後、瑞樹はデスクに戻りながら考え込んだ。要が外部コンサルとして関わることになっていたとは知らなかった。彼女の選択が変えた未来に、要がどのように影響しているのか――その答えが怖くもあり、気になった。
翌日、要がオフィスに現れた。久しぶりに見るその姿は変わらないが、瑞樹の胸には複雑な感情が湧き上がった。彼が彼女に気づき、軽く手を振る。
「久しぶりだね、瑞樹。」
「……久しぶり。」
要の微笑みは穏やかだが、どこか遠いものに感じた。
「まさか、こういう形でまた会うなんてね。でも、君が元気そうで良かった。」
要の言葉は心底嬉しそうだったが、瑞樹には一つだけ気になることがあった。
「要、今はどうしてるの?その……プライベートは。」
「実は結婚したんだ。」
その言葉に、瑞樹の心が強く揺さぶられた。彼が選んだ未来は、彼女がもう手にすることのなかったものだ。それでも、彼の幸せを祝うべきだと頭ではわかっている。
「そうなんだ……おめでとう。」
言葉にするのは簡単だったが、その一言を口にするたび、瑞樹の胸に静かな痛みが広がった。
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その夜、瑞樹は案内人の言葉を思い出していた。
「選ばなかった未来は消える――。」
選ばなかった未来の断片が、こうして彼女の前に現れるのは偶然なのだろうか。それとも、これも何かの意味があるのか。
ふと、瑞樹の前に再び光が現れた。案内人が現れる気配に、瑞樹は思わず問いかける。
「これで良かったんだよね?私の選択、間違ってなかったんだよね?」
案内人は現れず、ただ瑞樹の前には光るレールが再び伸びていた。それはまるで、次の選択を迫るかのようだった。
瑞樹は震える声で呟く。
「また選べっていうの……?こんなの、いつまで続くの?」
光の中で静かに伸びるレール。次の選択の時が、再び迫っていた――。
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