月桂樹タウン
月桂樹タウンのセキュリティは厳しい。
これを潜り抜けるには、カードキーを差し込んで入る車と共に移動するしかないのだ。
しかし、移動するのにも乗用車の用な背が低い車だとカードキーを差し込む場所にいる警備員に呼び止められてしまう。
俺は、門の影に隠れながら大きな車がやってくるのを待った。
しばらくすると、黒い大きなSUV車が現れた。
俺は、その車と共に月桂樹タウンの中へと潜り込んだ。
門を抜けて暫く歩いて行くと、月桂樹タウンのど真ん中に経つ施設にたどり着いた。
月桂樹タウンの真ん中にあるシンボルの月桂樹タワーは、20階建てだ。
このタワーの中には、俺達の住む場所に行かなくても、映画館やジムや買い物施設までそろっている。
このタワーのてっぺんが集会所で、何かある度に集会があると響に聞いた事があった。
やはり、住民たちはタワーの中に吸い込まれるように入っていく。
桜井響の事で、月桂樹タウンや美川森学園の価値が下がると感じているのだろうか?
俺は、住民に紛れて中に入る。
内部にさえ入れば、簡単だった。
これだけの集まりを何度もしていても住民たちは俺の存在に気づかない。
俺は、その理由を知っている。
昔、響が教えてくれたから。
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「私の家のご近所さんはね。両隣とお向かいさん以外、私に気づかないの」
「そうなの?」
「そうだよ。毎朝、学校に行くのに挨拶をしているのに。お母さんに、お子さんは何人?なんて聞くの。それで、娘が一人いますって言うと、あらーー、私は娘さんにお会いした事がないわって言うの。それで、集会に連れて行かれて、ご近所さんに挨拶させられちゃうの。さすがに、挨拶したから覚えていると思うでしょ?」
「それは、そうだよ。俺の近所の人は俺の事覚えてるもん」
「羨ましい、遠矢は素敵な場所に住んでるんだね」
「どういう意味?」
「ご近所さんはね。またお母さんに言うのよ。お子さんは何人?お会いした事がないわって……。何故かわかる?」
「わからない」
「どこの制服を着て、どんな物を持って、どんな服を着ているか。自分にふさわしい相手で、子供もそうか吟味してるのよ。だから、ふさわしい相手になるまで顔を覚えないの。あの人達は、そういう人」
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あの時の響は、本当に悲しそうだった。
俺は、いつか、月桂樹タウンから響を救ってやりたいと思っていたんだ。
だけど、救える事はないまま響は死んでしまった。
タワーのてっぺんにつくと集会が始まった。
「自治会長の大橋です。今回の件は、皆さまのニュースでご覧になっていると思いますが、改めてお話させていただきます」
「副会長の田辺です。えーー、私から詳しく説明させていただきます」
自治会町の大橋は、大橋拓人の父親だ。
副会長の田辺は、田辺洋介の父親。
大橋の小判鮫達とクラスでよく言われていたから、村川章吾の父親がいたら完璧だ。
「書記官の村川です。今回、話し合い皆さまと出した結論をこの月桂樹タウンを維持管理してくれています田所不動産に渡してきますので、色んな意見を言っていただきたいと思います」
やはり、村川章吾の父親もいた。
クラスのほとんどは、月桂樹タウンに暮らしているはずだ。
注意深く、住民たちの顔を見る。
他に、クラスメイトに似ている人はいないだろうか?
探している最中に、蛇のような舌が見える。
さっきの男だ。
全身から汗が吹き出るのを感じる。
もしかして、あいつが響に拳銃を渡したのか?
もしかして、俺をつけてきたのか?
男と目が会わないように視線をずらす。
気づかれないように息を殺す。
さっきの事件の概要を気づけば話終わっていた。
俺は、自分の心臓の鼓動がうるさすぎて何も聞こえなかった。
「何か、質問はありますか?」
「この月桂樹タウンの住人が犯罪者だとわかった場合、この月桂樹タウンの値が下がる事はありえるのかしら?」
「確かに、可能性は大いにありえます。しかし、月桂樹タウンで殺人が起こったわけではないので、当事者の家の価値が下がるだけではないかと考えます」
「なら、私は問題ありません」
「他に、質問がある方はいます か?」
月桂樹タウンの住民が心配しているのは、自分たちの事ばかりだ。
「この事件で、美川森学園のブランドは地に落ちる事になりますよね」
「確かに、そうなりますね」
「それに、今季の受験生である特Sクラスの生徒は全員殺害されている。では、今季の美川森学園の名門校への入学者はゼロですよね。それなら、月桂樹タウンを出て都心の学校に転校させるのがいいように思うわ」
「わかるわ。このまま月桂樹タウンにいるメリットはほとんどないじゃない」
「皆さま、落ち着いてください」
自治会町は、皆を宥める。
お金がある住人達は、すぐにでも引っ越せるのだろう。
メリットのない、この高級住宅地に用はないのだ。
「この月桂樹タウンにマスコミがやってこない保証はありますか?」
「それは、わかりません。ただ、対応は門までにしていただきます」
「事件を起こした保護者には、一刻も早くこの街を出て行っていただきたいわ」
「そうだ、そうだ」
月桂樹タウンの住人達の結束は熱い。
それは、この場所の価値を守ろうとするのに必死だからだ。
だけど、その価値の考え方が俺達のような子供にどんな影響を及ぼすかまでは考えていない。
だから、あの日あんな事が起きて《《室橋結月》》が死んだんだ。
「皆さまが反対し、出て行って欲しい事はきちんとお伝えします」
室橋結月の時も、こんな話し合いを月桂樹タワーのてっぺんで行われたに違いない。
「それと、マスコミがこちらの月桂樹タウンに入ってこないように気をつけるように警備を強化していただきます」
「そうよね。前回の住人は、ニュースになる前にいなくなってくれて助かったのに……。今回は、そんなわけにもいかないわよね。もう、殺してるんだから」
響の両親が、この場にいない事を考えると、まだ知らないのかもしれない。
「付き合う人を選ぶためにも、月桂樹タウンに越してきたのに、これじゃあ、田舎の集落と同じじゃない」
「そうそう。あの場所と同じよね」
あの場所とはたぶん、俺達がいる場所から少し離れた場所にあるこの街の吹きだまりのような場所の事だろう。
その場所では、モラルも秩序もない。
俺達の両親は、自治会費や決まりごとの為の費用を集める為にそこに行く。
月桂樹タウンとは違いすぎる場所。
その街の住人のほとんどがタトゥーをいれたり、顔や耳にたくさんのピアスをしている。
朝から晩までどんちゃん騒ぎをして、盛大な音楽と耳を塞ぎたくなるような騒音を響かせた車やバイクが走っていた。
俺の祖父母の家は、どちらかというとそっち側にあるから、祖父母は家を賃貸貸しにして俺達の家の近くのマンションに引っ越したのだ。
道には、たくさんのゴミが散らかっている事を見ても、住民の民度の低さが伺える。
その近くに住む住民達は、祖父母と違い頭を悩ませていた。
その話がよく自治会の議題にあがるのだけれど、車やバイクの騒音は車検対応のマフラーだからと毎回はね除けられて話しは終わるのだ。
「こちらがあの場所と同じになる事はけしてありませんので、ご安心ください」
もしかして、さっきのあいつは吹きだまりの住人か?
だとしたら、銃を持っている事もあり得るのではないか?
三つに分断されたこの街を、恨んでいてもおかしくはない。
「そう。それならいいんだけど」
「頂点を極めたものが、あんな底辺の人間達に潰されるわけにはいかないのよ」
「そうだ、そうだ」
「そちらは、ご心配されなくて大丈夫です。安心してください」
この街の住人達の考えのせいで、室橋結月は死んだのではないか?
あの日、俺は、風邪を拗らせて休んでいた。
だから、教室で起きた出来事は何もわからない。
「それでは、不動産屋さんに皆さんの意見書を提出させていただきます。今日は、お集まりいただきありがとうございました」
自治会町の一言で解散した。
俺は、あいつにバレないように住民に混ざりながら動く。
月桂樹タワーにあるエレベーターは、全部で6台。
俺は、住人と一緒に乗り込んだ。
震災を考えているのか、何も触っていないのに5階進む事に扉が開くのが少し気持ち悪いと感じてしまう。
10分以上経ってようやく、1階にたどり着く。
室橋結月も月桂樹タウンに住んでいた。
もしかすると、響と室橋結月の事件は繋がっているのか?
月桂樹タワーから出て、月桂樹タウンないを歩く。
確か、響の家は……。
うろ覚えだけど、歩いて行く。