事件の概要
マスコミの人達は、今ある情報を必死で整理している。
テレビで見た事がある観音寺美鈴アナウンサーが渡された原稿に目を通しているようだ。
俺は、近くにいる彼女とスタッフの声に耳を傾ける。
「桜井響は、特Sクラスの38人を人質にとって立て籠っている」
38人……?
それは、おかしい。
俺は、ここにいるのだから休みの人物がいなければ37人のはずだ。
「一クラス彼女も入れると39人ですか?」
「実際には、40人だったらしいけど。今年の4月に、室橋結月が自殺したみたいだ」
「自殺ですか?それは、今回の事件と関係あるのですか?」
「さあな。そこまで、情報が集まっていない」
「やはり、彼女に直接聞けないとって話ですよね」
「そうだな」
どうやら、マスコミも情報がなく煮詰まっているようだ。
どうにか中の状況を知る方法は、ないのだろうか?
あっ、そうだ。
俺は、特SクラスのLimeを開く。
どうやら事態を重く考えてない同級生達が楽しんでメッセージのやり取りをしていた。
【何だあれ?】
【拳銃みたいなの持ってないか?】
【ここ日本だぞ。そんなのあるわけないだろ】
【ってか、文化祭の練習か何かか?】
【そうだよな!俺達のクラス、人質カフェやるんだよな】
【それの練習だろ?】
【でも、それにしても桜井ヤバくないか?目血走ってるし】
そこに写っている写真の響は、泣いていたのか目が真っ赤に腫れている。
【ヤバくないか?】
誰かが動画を送信している。
俺は、それを再生した。
「誰が結月を殺したのよ!答えないと一人ずつ殺すわよ」
響は、銃のようなものを特Sクラスのみんなに向けている。
みんなは、怯えているのがわかる。
逃げようとした笹部達也が撃たれた。
パアーーンと乾いた音と共に、笹部は「わぁーー」と叫び声をあげる。
特Sクラスの強みは、教室の優れた坊音性。
今回の事件で、それが仇になったのがわかる。
笹部が死んだらヤバい。
俺は、指示をしている警察官に近づく。
「何だ、美川森学園の生徒か?悪いが学校には入れないんだ」
「それは、わかっています」
「忙しいんだ。すまないが、話しは別の警官に」
「笹部が死んだらどうするんですか!」
俺の叫び声に、指示をしている警察官が驚いている。
俺は、スマホの動画を見せた。
「これを君はどこで?」
「俺は、特Sクラスの生徒です。これは、特Sクラスのみんなで使用しているLimeになります。みんな、文化祭の練習だと思って、ここでメッセージをやり取りしていたんです。だけど、笹部が」
「これは、何時だ?」
俺のスマホを受け取って動画の送信時間を見て「不味いな」と呟いた。
「ちょっとこれを見てくれ」
「太ももを撃たれていますね。しかも、二時間前ですね」
「この出血量不味くないか?」
「確かに、そうですね。しかも、この後メッセージがない事を考えると他の生徒も撃たれている可能性も考えなきゃいけませんね」
「そうだな!君、ありがとう」
「はい」
警察官を指揮する男の人は、みんなに俺の見せた動画の説明をしている。
みんなすぐに顔色が変わった。
どうやら、笹部は大変なようだ。
笹部を救出しようと警察官が策を練っている時だった。
「あそこに女の子いる!」
野次馬の一人が、大きな声を出す。
警察官の一人は、双眼鏡を覗いてどこにいるか確認していた。
「桜井響で間違いありません。全身が真っ赤に染まっています。もしかして、他の生徒も撃ったのかも知れません」
「見せろ!本当だ。今すぐ、桜井響を救出しろ」
大声を張り上げた警察官の声も空しく……。
ドスンッ……。
頭に響くような音で、桜井響は落ちた。
響が落ちた……。
「響、響」
響の死を目の当たりにして、俺は気が動転した。
「君、入っちゃ駄目だ。言うことを聞きなさい」
警察官数名に押さえられて、俺はようやく観念したように項垂れる。
「話を聞いてもいいかな?警察庁長官の山吹北斗です」
さっき俺のスマホを受け取って動画を見た人だ。
「何の話ですか?」
「桜井響さんについて、君が知っている情報を教えてくれないだろうか?」
「ないです」
「ない?じゃあ、君はなぜさっき桜井響の名を呼んだんだろうか?」
シルバーのメガネフレームをあげながら、山吹さんは俺を見つめる。
穏やかな山吹さんの話し方は、俺の心に毛布をかけてくれるようだ。
「それは……」
「君の名前は、泉遠矢君であってるかな?」
「はい」
「泉君は、桜井響と友人関係にあった。間違いないかい?」
「はい」
「泉君は、桜井響から今回の事件について何か聞いているだろうか?」
山吹さんは、これが聞きたかったのだ。
俺が、響の友人で。
何故か、今日、この場所にいる。
いわゆる生き残りだ。
という事は、響から何かを聞いていないとおかしいと考えたのだと思う。
「いえ、何も聞いていません」
「それなら、泉君。君は、どうしてあのクラスの中にいなかったんだろうか?」
冷静に話すけれど、山吹さんに威圧感を覚える。
「それは、目覚ましがいつもより遅くなったからで」
「桜井響から聞いてアラームをずらしていたのでは?」
「そんな事はしてません。俺は、響から何も聞いていません」
まるで、俺は犯罪者だ。
ただ遅刻してきただけなのに、悪いやつだと思われているのがわかる。
あたりをキョロキョロと見る俺に、山吹さんは「ちゃんと答えなきゃ駄目だ!泉君。37人が亡くなったんだから」と言った。
37人……。
視線の先に、真っ赤な龍が描かれた入れ墨の入った手が見えた。
俺は、ゆっくりと顔を上げてそいつを見えた。
そいつは、舌をベロリと出して嬉しそうに笑っている。
その舌は二俣に別れていて、まるで蛇のようだ。
首には、虎の入れ墨が彫られている。
おしゃれタトゥーなどではない見た目を考えるとこいつはヤバい奴だ。
もしかすると、こいつが響に拳銃を?
「泉君、聞いているのか?」
「はい」
俺が山吹さんに視線を戻そうとした瞬間。
男の視線が、俺を見つめた。
蛇のような視線に、俺はとらえられてしまったのだ。
「響がどうして、そんな事をしたのか本当にわかりません」
もしも、知っていたとしても言ってはいけない気がした。
「わかるなら、教えてください。刑事さん」
本当に教えて欲しくて、泣いていた。
近くにいた観音寺美鈴の声が耳に入る。
「美川森学園の立てこもり事件は、犯人と人質である37人の死亡によって幕を閉じました。犯人がどこで入手したのか、被害者は全員。銃により射殺されました」
昨日まで、笑っていた同級生達が殺された。
それも、見ず知らずの人間じゃなくクラスメイトの響にだ。
銃なんて、響はいったいどこで手に入れたのだろうか?
「泉君、今日は帰っていい。もし、何か思い出した事があれば連絡をくれ」
「わかりました」
山吹さんは、名刺を俺に渡して戻っていく。
ヤバい奴と感じた男は、俺の対応に納得したのか去って行った。
よかった。
もしも、あいつが響に銃を渡した奴なら、次は俺が殺されていた。
【月桂樹タウン】と【室橋結月】の事が何か関係するのかも知れない。
特Sクラスで月桂樹タウンに暮らしている生徒はどれぐらいいただろうか?
今日の夜にでも、遺体は返されるのか?
いや、月桂樹タウンに今すぐ行けば何か集会が開かれているかもしれない。
響の母親に『二度と月桂樹タウンの敷居はまたがないでくれる貧乏人』と言われたけれど、そんな言葉はどうでもよかった。
今は、響を助ける事だけ考える。
これから先、響がマスコミや世間におもしろおかしく叩かれる事から守るため。
一度帰宅した俺は、服を着替えてキャップを目深に被る。
そして、この街に似合わない大きな門の前までやってきた。