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プロローグ

幸か不幸か俺は、この日盛大に遅刻した。


俺の通っている美川森みかわもり学園は、美しい景観に囲まれた場所だ。


綺麗なものを見ると、心が綺麗になるという理事長の教えで美川森学園の周囲には、花や木が生い茂っている。


中高一貫校である美川森学園を卒業すれば、都内屈指の名門大学への道が開かれるとあって、親達はこぞって中学から美川森学園に受験させた。


しかし、美川森学園に入学する条件は、成績だけではない。


成績上位のものだけが生き残れない世界。


それが美川森学園なのだ。


って、こんな説明はどうでもいい。


今は、俺が盛大に遅刻した話だった。


いつも、スマホでかけているアラームが誰の悪戯か1時間遅れていたのだ。


そのせいで、俺は盛大に遅刻していた。


遅刻したのは、もしかしてよかったのかもしれない。


美川森学園の入り口にいる人だかりを見ながら、俺はそう思った。


美川森学園の入り口には、マスコミや警察が押し掛けているようで、先生達が何とかしようと必死な姿が目にうつる。


それとは対照的に、警察がたくさんいる。

これは、SATとかそういうのか?

とにかく、凄い量の警察車両がとまっているのだ。


何か、事件なのだろうか?

俺は、すぐに響が心配になった。


そんな俺の耳に届いたのは……。


「犯人の名前は、まだお伝えする事はできませんが、美川森学園の生徒の一人である事は間違いないようです」


アナウンサーが緊迫した様子で話す。


マスコミがカメラを回す手を一斉に止めた。


そして……。


「写真を探せ!犯人の名前は、桜井響さくらいひびきだ!明日で、18歳になるから明日以降なら写真と名前を出せるはずだ。急げ、急げ」


横切った一人が大きな声で叫ぶ。


「撮影は、暫くご遠慮ください」


警察官からの指示で、いったん撮影を止めたのがわかった。


「1時間後に撮影を再開していただいて大丈夫ですから」


警察官は、叫んでいる。


桜井響……。


俺は、その名前を頭の中で何度も復唱していた。


何で、響が?


響と俺は、幼なじみだ。


教育熱心な響の家とは対照的に、俺の家はやりたいように自由にがモットーの家。


俺は別に美川森学園に興味がなかったし、両親も受験なんて気にしてなかった。


俺は、公立中学や公立高校に進めば充分だった。


だけど、小学5年の冬。


響から、「私は、美川森学園に通うの」と告げられた。


俺は、ずっと響が好きだから離れたくなくて、美川森学園に通うのを決めたのだ。


それを両親に告げると二人は驚いた顔で俺を見た。


その後すぐに「響ちゃんの影響?」と尋ねてきたのだ。


俺は、響と離れたくない事を両親に延々と説明した。


両親は、塾にも通っていない俺が美川森学園に入学など出来るのか不思議がっている様子だった。


「受験勉強をします」と意気込んで二人に言ってはみたけれど、俺は勉強が大嫌いで、1ミリも捗らなくて……。


そんな俺をみかねた両親は、美川森学園に入学する条件を教えてくれる人を探したのだ。


探せばすぐに見つかるもので、両親が話を聞きに行くとどうやら美川森学園の中等部に入学するには、成績だけではないとわかった。


毎年、1枠だけ成績の低い受験者が合格するという。


その条件は、両親の仲がいいことや悪いことをしないことなどは当たり前だけど……。


何より重視されるのは、《《作文》》だと言われたという。


作文とは一体何を書くのかと問いかけた両親に、「美川森学園にどうして入りたいかです」とその人は答えた。


作文を重視するのは、他の生徒も同じだという。


どうやら、そこで、生徒の人間性を読み解くプロフェッショナルがいるらしい。


そのプロフェッショナルに与えられているミッションは、美川森学園の名誉を傷つける人間を排出させない事だ。


プロフェッショナルは、毎年ランダムに選ばれる。


俺達の入学を許可したプロフェッショナルは、間違いなく《《ハズレ》》を引いたのだろう。


美川森学園に入りたいのだけれど、どうやら俺は中に入る事が出来ないらしい。


ニュースを見た親達が、学校に駆けつけてきたのがわかる。


その中に、響の両親の姿は見当たらない。


小学生の時、1度だけ俺は響の家に遊びに行った事がある。


響の家がある場所は、成功者だけが住む事が出来る街と呼ばれていた。


郊外の田舎街に突如現れたニュータウン。


俺達の住む街から分断するように、大きな門が取り付けられていた。


門には、ヘマタイトが埋め込まれ、その下に月桂樹タウンと大きく書かれている。


月桂樹の花言葉は「栄光」「勝利」ということから、その名がつけられたらしい。


月桂樹タウンは、その名の通りいろんな場所に、月桂樹が植えられていた。


いつか、月桂樹がこの街ごと飲み込むのではないかと俺は怖かったのを覚えている。


響の家に遊びに行った時に、響は月桂樹タウンを案内してくれた。


丸く円を描くようにつくられた一軒家は、どこもかしこも大きくて立派だ。


その中心にあるのは、月桂樹公園と月桂樹タウンのシンボルである月桂樹タワー。


月桂樹タワーの内部には、映画館、ジム、バーなどがあり、月桂樹タウンの人間が分断した俺達の街に行かなくても何でも出来るようになっていた。


月桂樹タウンは、1つの街だ。


だけど、不思議と住む世界が違うとは思わなかった。


響の家は、大きいのにお手伝いさんもいなくて、両親が深夜に帰宅するまでずっと1人だという。


響の両親は、共に社長をしていて、高価なバック、アクセサリー、時計などを盗まれないようにお手伝いさんを雇うつもりは絶対にないのだとか……。


響の教育は、月桂樹タワーの中にある塾でされているらしい。


その塾の講師達は、合格率99.98%を誇るプロフェッショナル達だという。


講師達に与えられたノルマを終える頃には、両親が帰宅すると話してくれた。


ご飯はどうしているのかと聞いたところ、温かいものは火傷や冷ますまでの時間がもったいないからと、常温か冷たいものを月桂樹タワーにある料理屋が届けてくれるという。


俺は、響からその言葉を聞いてゾッとしたのを覚えている。


「食べる事は生きる事だからね。冷めないうちに食べるんだよ」と母によく言われていたからだ。


立派な街なのに、どこか寂しいのだと思った。


この日、響の母親は早く帰宅して、俺を見るなり「私達がいない間に、どこの人間かわからない他人を家にあげるなんて非常識よ、響」とヒステリックに叫んだ。


俺は、すぐに「お邪魔しました」と言ってランドセルを背負うと響の家を出た。


響は、出てこないままだったからそのまま帰宅した。


響が怒られたのではないかと家についてからもずっと、心配になっていた俺は、次の日、響に話しかけると「大丈夫だったよ」と言いながら、響は左腕を必要に擦る。


長袖でよく見えなかったけれど、もしかして殴られたのではないかと思ったけれど……俺は確かめる事が出来なかった。


それ以降、響とは一緒に帰ったり学校で話すだけになってしまったから確かめる方法が思いつかなかった。


俺達の街に住む住人達は、月桂樹タウンの住人達が苦手で……。


都心に建てればいいのに、郊外ののどかな場所を分断するように建てる必要なんてなかったんじゃかいかとみんな口々に言っている。


月桂樹タウンを都内に建てる計画もあったらしいけど、都内に建てるには敷地が足りなかったらしい。


幼稚園や小学校は都内に通うには遠すぎるからと俺達と同じ場所に通わせていた。


月桂樹タウンの住人がここを選ぶ理由は、《《美川森学園》》から近いからだ。


しかし、月桂樹タウンの住人は今頃落ち込んでいるに違いない。


だって、美川森学園で、今、事件が発生しているのだから。



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