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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
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閑話・小さな祈り


 ——お久しぶりです。


 そちらはお変わりありませんか?

 あの子の手がかりは……そうですか……いいえ、大丈夫です。もう慣れましたから。


 こちらは、北との関係がようやく一段落ついたところです。今のところは大きな動きはありませんが、これからも注意は必要そうですね。

 西部に迷宮ができてしまうと、調査を口実にして付け入られる隙になりかねませんから、これからも定期的に見に行かないと。


 ……いえ、そんなことは……その、恐縮です。私は本当に、大したことはできていませんから。ただ、皆がよく話を聞いてくれただけです。


 西の人々は、政治体系を維持することさえ長い間できていませんでしたからね。どうしても、手段として武力を選びがちなのでしょう。

 短期的に見ればそれも確かに選択肢の一つなのですが……やはり、どうしても長期的には難しいです。

 協力と信頼を学んでいって、堅牢な国家を作り出せるような下地作りが今の課題でしょうか。政に関わらない民には、どうしてもその辺りを理解できていない者も多いようですから。


 ……長く荒れていたこの土地も、随分と落ち着きました。

 まだ付け焼き刃ではありますが、同盟もうまく回っていますし、それぞれの国も手探りによりよい方法を模索しているようです。私も、そんな彼らと共に学んでいる最中です。


 まったく……彼らよりもずっと長く生きているのに、分からないことばかりで参りますね。これからもまた、何かとあなたの知恵を借りることになりそうです。


 ……はい? ああ、容態は安定していますよ。

 予定は来月です。少し大変かもしれませんが……ふふ、いえいえまさか。今は信頼できる者たちに任せていますから大丈夫です。


 あの子も元気です。何にでも興味を示して、可愛らしいものです。ただ、悪戯好きはよくありませんね。叱って直ればそれでいいですが……中々に難しいところです。

 私が死ぬ前にうまく人と交流ができるようになってくれないと、あの子を残すかどうかも考えなければいけなくなるのですが。


 ……できれば、残してあげたいんです。あなたにとって記録がそうであるように、私にとって作品たちは全て我が子のように愛しいものです。


 私の代わりに変わりゆく西部を、私の子孫たちを見守ってほしい。

 私の代わりに、美しいものや素晴らしいものを経験してほしい。



 ………それに。


 瓜二つのあの子がここに居てくれれば、いつかあの子が西部に来たとき、私の痕跡に気づいてくれるかもしれないでしょう……?



 …………いえ、忘れてください。

 そんなこと有り得ないって分かっているんです。

 あの子は本当に……本当に、魔女様のことが大好きでしたから。


 …………すみません。


 ……………………。


 ……また、落ち着いた頃にでも連絡しますね。


 あなたも、どうかお元気で。

 それでは。



***



「——話し声が聞こえたが、誰と話していた?」

「耳がいいですね。知人に近況報告をしていました」


 部屋を訪れた男に茶を用意しながら彼女は答えた。茶葉の缶を取ろうと立ち上がる前にそれを手渡しつつ、男は躊躇いがちに口を開く。


「相手は……魔術士か?」

「ええ」

「肯定していいのか?」

「そこを誤魔化すつもりなら、そもそも話しているのを聞かれるような愚は冒しませんよ。まあ、それ以上のことは答えられませんけどね」

「分かっている」


 湯を注がれた透明なポットの中で、茶葉がくるくると回っているのをじっと見ながら男は頷いた。その一見無愛想に見える表情は意図せずとも相手を萎縮させる類のものだが、彼女にとっては既に見慣れた顔だ。


「ところで、何故こちらへ? まだ昼過ぎです。業務終了時間には早いですよ? 緊急の案件というわけでもなさそうですが」


 茶を注ぎながら問いかける。湯気の立つカップを受け取った男は、目線を明後日の方向に向けて暫し沈黙した。


「……臨月の女を傍で守らぬ男など、王の護衛にも弟子にも相応しくないと、フレイアが」

「彼女は手厳しいですね。でも、私は気にしませんよ? あなたにそのような役割は求めませんし」

「…………たまには、休むようにと……陛下が」

「だからってわざわざ私のために使わずとも。そもそも、私の護衛をするならそれは仕事になってしまうでしょう」

「…………………………仕事、に……」

「……シードさん?」


 問いかけるたびに歯切れが悪くなっていく相手に、彼女は首を傾げた。葛藤するように肘掛の上で拳を握りしめ、すっかりと渋面になった男は絞り出すように言葉を洩らす。


「……仕事に、手がつかぬほど気になるのなら、休んで、側にいてやれ、と」


 昼下がりの部屋に沈黙が流れる。

 まるで断罪を前にした罪人のような男を目を丸くして見つめていた彼女は、不意に小さく吹き出した。


「ふふっ、まさかあなたがそんな風になるなんて。お二人に休めと言われるわけですね」

「やめろ……」


 だから言いたくなかったとばかりに男は顔を顰める。ひとしきり笑った彼女は、指先で目尻に滲む涙を拭って一息をついた。その白い指がぱちりと鳴らされれば、二人の間にあるテーブルへと皿に乗った焼き菓子が現れる。


「机上で出来る仕事はやり尽くしてしまって、実は少し退屈だったんです。せっかくですから、話し相手にでもなってください」

「安静にしているものではないのか?」

「病人とは違いますからね」

「……なら、いいだろう」


 強がりではないことを確信した男の眉間の皺が緩む。


 ——不思議な人だ。

 傾いた陽射し越しの姿を眺めながら、改めて思う。あれほど間近で力を見せたにも関わらず、彼は尚も彼女をただの女のように扱う。厭わしくは思わない。その在り方を不思議に思うだけだ。


 或いは——そんな彼だからこそ、このような無茶な頼みをする気になったのだろうか。


「どうした?」


 焼き菓子を嚥下した男が怪訝そうに声をかける。無意識に腹部に当てていた手を下ろし、微笑んだ彼女は小さく首を振って自分のカップに手を伸ばした。



***



「このお菓子、どうですか? いくつか香辛料を使ってみたんですよ」

「中々癖になる。陛下も好まれそうだ」

「作り方を書いておきましたから、よければ料理人の方に渡してください。参考にいくつか包んで……」

「……す、すまん」

「っふふ……折角ですし、一緒に作ってみますか?」

「俺が、か?」

「そう難しく考えないでください。まずは——」

本編が中々難産しているのでお茶濁し①


昔の西の話は本編に関係ないところまで書き過ぎているので、そのうち別でまとめようかと思っています。その時には、既にこちらに投稿してある話は消す可能性あります。

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