閑話・柔らかい音
とても短いです
小さな紙片たちが風に乗って舞い上がる。人混みの中を歩く青年は、その漆黒の瞳を丸くして辺りを見回した。
「何だ?」
「大規模な市が出ているようだな」
零れた疑問に返答がなされる。彼が視線を落とせば、隣を歩く少女はいつの間にか一枚の紙を持っていた。
「月に一度の市か。道理で賑わっているわけだ」
「いち?」
「多くの店が集まっていて多くのものが売りに出される催しのことだ。物珍しいものが売っていることもある。折角だ、少し見ていくか」
人々の流れに沿って二人が歩いていけば、程なくして街の中心にある広場へと辿り着いた。色とりどりの天幕の下には様々なものがある。興味津々に辺りを見回していた彼はふと、少女が静かになったことに気づいた。
「ユーア?」
じっとある方向を見つめていた少女が振り返る。同時にその指が鳴らされれば周囲の喧騒が遠のいた。
「向こうの建物の前、楽器を奏でている男がいるだろう? あの楽器は魔道具だ」
防音と認識阻害の結界内で、被っていたフードを下ろしながらユーアと呼ばれた少女が答える。
「魔道具?」
「魔力の操作で音が出るようになっている。演奏できるということは魔力を持っているんだろう」
「あの人間も魔術士か?」
「……いや、違うな。魔術士の素質はあるが、あくまで楽器を奏でるために魔力の操作を訓練しただけだろう」
男は簡素な木箱に腰掛けて、不思議な形をした楽器を扱っていた。もしも彼が物を知っていれば、その楽器のことを手風琴のようなものと表現しただろう。普通の手風琴と異なるのはどちらの手元にも鍵盤がついていないことだが、当然ながら青年には分からないことだった。
「魔力には魔術士の感情が滲み出すものなんだ」
遠のいていく音楽を背に、少女は続ける。
「あの魔道具は魔力の操作で音階を調節するため、奏でる音にも奏者の感情が乗る。だから魔力を感じ取ることのできる者にとって、あの音色は耳で受け取る以上に豊かな響きを持っている」
「ユーアはあの音が好きなのか?」
「ああ、懐かしい音だ。魔術士が減った今では、もう聴くことなどないと思っていた。ましてやあんなに弾くことを楽しんでいる音色は、もしかすると本当に最後になるかもしれないな」
「なら、もっと聴かなくていい?」
その問いかけに、少女は小さく笑った。
「いつかまた聴ける日を楽しみにしておくのも、悪くないからな」
描きたいものに近い絵が描けて嬉しかったので、ツイートのALTに載せる用のSSを書きました




