砂のしろ 03
歩いている。
いつから歩いてきたのか。いつまで歩くのか。
分からない。それでも歩いている。
***
足を狙った杭のように鋭い蹴りを回避する。
頭へと振り下ろされた剣を、剣の鞘で弾く。
絶え間なく続く攻撃を青年は避け、防ぎ、受け流し続ける。
昼下がりの木漏れ日が、激しい攻防を繰り返す二人へ結界越しに降り注いでいる。一際強く地面を蹴ったことで巻き上がる落ち葉を切り裂いて、相手の剣が彼を狙う。
重い一撃を剣だけでなく体全体を使って受け流し、僅かに崩れた体勢を立て直すために後ろへ。
トン、とその背中が壁に当たる。
それが家の壁であることに気づき、ひたすら回避と防御に集中していた青年の顔に迷いが生まれた。鞘に収まったままの剣を握り、目の前で剣を振りかぶる相手を見遣り――
「――ワズ、もういいぞ」
その言葉と同時に、青年の剣の鞘に付いている留め具がぱちりと外れた。
警戒を高めた相手は全力を込めていた一撃を様子見に留め、いつでも距離を取れるようにと重心を――
その全てを無視して、抜き放たれた剣はただ相手を斬った。
肩から腰まで、剣ごと斜めに断たれた体はぐらりと傾いて、地面に倒れる前に光の粒になって消えていく。
家の壁に何の損傷もないことを確かめた青年は、安堵のため息をつきつつ剣を納めた。
「ユーア、どうだった?」
青年が声をかける先には、小柄な人物が佇んでいる。
「最初よりは動きが良くなったんじゃないか。多分」
いつものローブを脱いでいる少女は、こちらに背を向けたままそう返す。隣までやって来たワズは、細長く切られた芋とそれをごりごりと咀嚼する馬を見る。
「多分?」
「細かいことは分からない。剣術は私の領分ではないからな」
彼の手に残りの芋を渡しつつ、少女は続ける。
「とはいえ、剣術も戦い方の一つであることは変わらないし、私はそれに長けている人間を何人も見てきた。ある程度であれば指導はできる。先程の戦いで確実に一つ言うことがあるとすれば、周囲の状況には気を配ることだ。自分が今どこで戦っているのかには注意するように。剣術以前の、戦いにおける基本だ」
「頑張る」
「そして重ね重ね言うが、攻撃はできる限り体で受けるな。打撃に耐性がありすぎることも斬撃で傷口の中が見えることも、お前が人間では無いことが露見する原因になりかねない」
馬に芋を与えながら、ワズは不思議そうな表情を浮かべる。
「それはよくない?」
「人間を装う人ならざるものといえば、真っ先に候補に上がるのが魔物だからな。そして魔物が人間を装うのは、その警戒を掻い潜って人間や家畜を襲うためだ。相手がお前へと向けた信頼が強いほど、魔物だと思い込んだときの憎悪は深くなる。先程まで親しく接していた人々に、嫌悪感と敵意を向けられるのは嫌だろう?」
「嫌だ……」
「なら気をつけろ」
少女の念押しに、ワズは真剣な顔でこくこくと頷く。その手に鼻を寄せてしばらく匂いを嗅いでいた馬は、芋が全てなくなったことが分かったのかのんびりと離れていった。
***
結界の外の森には、いつの間にか小雨が降り出していた。
少し冷たい雨は、紅葉に色めく森を静寂で濡らしていく。
ぱちぱちと雨粒に打たれた木の葉が跳ねる音と、濡れた落葉を踏みしめる二人分の足音だけがそこにある。
「ユーア、なんであれはおれと同じ見た目をしてた?」
彼女の前を歩いていた大きな背中が、ふと振り返る。黒髪の青年の問いかけに、ユーアは軽く首を傾げた。
「お前の相手をさせていた人形のことか?」
「ああ。おれとそっくりだった。目の色だけ違った」
「それは同じ人間を元にしているからだ。お前の目も本来なら白銀になるはずなんだが、どうもお前の魔力が術式に干渉してしまうらしい」
青年が振り返らなくていいように、少し足を早めて隣に並びつつ彼女は言葉を続ける。
「ああいった人形を作るのも、魔術で完全に無から作ることはできない。必ず元になる人間の情報が要る。そして基本的に、打ち合いをするなら同程度の体格の相手の方がやりやすい。だからその姿を使った。私の判断で好きに使えと本人からも言われているからな」
「魔術士か?」
「ああ。だが、とっくの昔に死んだ男だ。今更お前が気にする必要はないさ」
こちらを見下ろす黒髪の青年は、不思議そうに首を傾げる。きょとんとしたその表情は、少女の記憶のそれとはまるで似つかない。この青年の顔を見るたび、表情一つでここまで変わるものか、とどこかで驚いている自分が居るのが分かる。
変わらないものがあり、変わるものがある。失われるものがあり、生み出されるものがある。
――あの男がこの青年を見たら、一体どんな顔をするだろう。
ありえない想像に苦笑して首を振り、彼女はその白銀の瞳を前へと向けた。
「早く行くぞ。泥が付くと始末が面倒だ。できれば雨が酷くなる前に帰りたい」
「向こうの木の下に芋がたくさんあった。持って帰れば馬が喜ぶ」
「与えすぎるのも良くはないんだが……残りはお前が食べればいいか」
「おれも芋を食べられる?」
「ああ、焼くと甘くなるぞ」
「楽しみだ」
青年は無邪気に目を輝かせる。やはり似ても似つかないその顔つきに呆れた笑みを浮かべつつ、少女はその背を追いかけた。




