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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
78/109

砂のしろ 01

お待たせいたしました。

今回は短めです。

 青と白。

 どこまでも青い空と、どこまでも白い砂漠。

 空には何もない。雲も、太陽も。

 辺りには何もない。建物も、生き物も。


 歩いている。

 歩き、歩き、歩き、歩き、歩く。

 ただひたすらに、ひたすらに歩き続ける。


 気が遠くなるほど長かったようにも、ほんの一瞬だったようにも感じる道程。振り返っても、砂の海を流れる緩い風は足跡をかき消してしまう。前を向いても、そこに目印は何もない。


 ただずっと、ずっと、ずっと、青と白が続く。

 だからずっと、ずっと、ずっと、歩き続けた。



***



 のんびりと荷馬車を走らせていた男は、慌てて手綱を引いて馬たちを止まらせた。


「な、なぁ! あんたら、旅人だろ!? 頼む、ちょっと止まってくれ!」


 荷馬車から転げ落ちるように降りて、男は今しがたすれ違った二人組に叫ぶ。少し離れたところでその栗毛の馬は止まり、きょとんと目を丸くして振り返った青年はそのまま、馬の手綱を握っていたローブの人物が降りてきた。


「確かに私たちは旅人だが……どうした? 何か用か?」

「ああすまん、詮索する気はねぇんだ。その、うちの集落じゃあ、元々街道を通る旅人や冒険者向けの商売をしててな。でも関所が閉まってここしばらくは儲けがねぇんだ。今は蓄えもあるが、長く続くならどうにか食い扶持を探さなきゃなんねぇ。でも、あんたら西から来たろ? つまり関所が開いたってことか?」


 事情を説明すれば、心做しかフードの奥の警戒の眼差しが緩んだ気がした。口元に手を当てた少女が「なるほど」と呟いて言葉を続ける。


「確かに私たちは西から来たが、関所は……………………」

「……ど、どうなったんだ? やっぱり関所はもう開いたのか? なぁ?」


 気になるところで言葉を途切れさせた少女に、男は痺れを切らして前のめりになる。暫し考え込んでいた彼女は、やがて一つ息を吐いて顔を上げた。


「……ふむ、面倒だな」





「――んごっ」


 男は、自分のいびきで目を覚ました。寝ぼけ眼で辺りを見回せば、荷馬車の御者台で後ろの荷物に寄りかかっている。


「あー……居眠りしちまってたか」


 早く買い付けをした食料を集落に持ち帰らなくては。いかんいかん、と頭を振って眠気を飛ばし、手綱を揺らせば馬たちはのんびりと歩き出した。



***



「ワズ、街道はしばらく避けるぞ」


 去っていく荷馬車の後ろ姿を木陰から見送って、ユーアは口を開いた。


「何でだ?」

「人目に付くと説明が面倒だ。迷宮のあれこれを話すわけにもいかないしな。それに関所の状況が分からない以上、何かを聞かれても安易に答えることもできない……本当に面倒だな。考えが及ばなかった」


 ため息と共に首を振った少女が手綱を軽く引けば、栗色の馬はのんびりと追従する。そのまま道のない森の奥へと向かっていく背に続きながら、ワズは首を傾げた。





「ヤレンから北へと伸びる街道の先に何があるか、お前に分かるか?」


 さくりと踏みしめた地面に、黄色い葉が散っている。しゃがみこみ、指先でつまみ上げたそれをまじまじと観察していた青年は、少女の問いかけに首を傾げた。


「……国?」

「そうだな、国がある。それも軍事に力を入れている強国、シュドレーだ。北は魔術戦争のときに土地を求めて西部へと侵攻した。戦争後、西部の魔女が現れたことで北は撤退を余儀なくされたが、少なくとも今でも敵対心は消えていないだろうな。自分たちが攻め入った土地の人間がいつ復讐しに来るか、という恐怖が反転しているのもあるだろう」


 透き通った湧き水の流れに顔を寄せ、馬が水を飲む。その首を軽く撫でながら、少しずつ赤と黄が混じり始めた森の景色を眺めて彼女は続けた。


「ヤレンは北と西の緩衝地帯としての役割を持っているが、関所の管理を西部の魔女に命じられた貴族が引き受けている以上、どうしても西の影響が強い。北部諸国は、昔から西を始めとした他地域と折り合いが悪くてな。様々な面での文化の違いや、魔神が魔族と呼ばれて忌まれていること、そして北が独占している魔道具に対して、魔女という脅威が現れたことも理由として挙げられるだろう。……まあ、それは各国上層部の間だけで、少なくとも冒険者はその限りではなかったようだが」


 言葉を途切れさせ、ユーアは首を振る。


「話が脱線したな。街道をそのままにすれば、仮に西が攻めてきたときに防衛が難しくなる。そういった理由でシュドレーには大規模な城壁があって、そこを通る人間はヤレンの関所よりも厳しく審査される。少なくとも、関所が封鎖されているはずなのにヤレンからやってきた旅人では、まず通ることはできない」

「飛ぶか?」

「飛ばない。確かに入ることは難しくないが、正攻法で入らないと何か問題が起きたときに厄介だろう。ヤレンでも言ったが、そういった方法は他に何も手がないときの最終手段だ。安易に選ぼうとするな」

「じゃあどうする?」

「どうもしない。ただ待つだけだ」


 目を丸くしたワズを一瞥し、手綱を引いて少女は再び歩き出す。


「強行するほど急いでいないからな。数日もすれば、関所を通ってきた商人や冒険者で街道も賑わう。そこに混じっていけば不審に思われることもないはずだ」

「それでいい?」

「ひと月もふた月も待たされるのはさすがによくないが、数日程度なら問題ないだろう。今回は、野宿をする必要もないしな」


 付け加えられた言葉にワズは首を傾げる。街道を離れてしばらく歩いてきた最中に建物は見当たらなかった。今も周囲にあるのは木々や小川、岩といった森の中においてありふれたものだけで――


「……ワズ?」


 足を止めた彼を振り返り、少女が怪訝そうな表情を浮かべた。それに答えないワズは、視線で穴が空くかというほどに目の前の空間を凝視する。ややあって、そこに水面のような僅かな揺らぎを見て取った。


「……結界、か?」

「ほう? お前のことだから最初から気づいているものと思っていたが」


 手招きをされて一歩足を踏み出せば、何でもない森の風景が水に映る景色のように揺らいで消える。代わりにそこに現れたのは、一軒の家だった。


「気づかなかった」

「ここの結界が無駄に高度だからというのもあるが……それ以上に、お前が常識に囚われるようになったのも一因だろう」

「常識にとらわれる?」

「例えば『こんな人里離れた山奥に家があるわけがない』というものだ。ここの結界には、そういった思い込みを増幅させる効果もあるらしい。もっとも最初の方の無知なお前であれば、それを気にせず結界を察知できていたかもしれないが」

「……おれは弱くなった?」

「私であればそれを成長と呼びたいところだな。常識に囚われるというのは、自分なりの常識を形成できるほどに経験を積み、知識を蓄えたということでもある。そう心配する必要は無い」


 言葉を返しつつ、少女は懐から鍵を取り出す。


「出発は三日後だ。それまでは好きに過ごせ」


 鍵穴に差し込んで回せば、カチャリと音を立ててゆっくりと扉が開いた。

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