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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
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残影の迷宮 08

 危険の中を危なげなく走り抜けた彼らは、やがて通路の奥に扉を見つけた。少し走る速度を上げて勢いをつけたワズは跳び、立ち塞がる二足歩行の熊を鎧ごと縦に両断して着地する。そのまま奥の扉に手をかけた青年は一瞬首を傾げ、迷いなく頑丈そうな鉄扉を殴った。蝶番ごと吹き飛んだ両開きの扉にも、もう後ろの二人は驚くことはない。


 追いついた冒険者たちに、振り向いたワズが口を開いた。


「リードウッド、ここか?」

「間違いねぇな。魔力の流れが収束してる。最奥部だ」

「魔物はあれで最後?」

「んなことはねぇと思うが……扉が閉まってたってことは、奴らはこの部屋の外から発生してたってことだろ? 実際、今も核からは何の反応もないし、中には発生しないんじゃねぇの?」

「核……この丸いのが核なのね?」


 レイネの視線の先には、静かに浮遊している球体があった。最奥部という言葉の仰々しさとは裏腹に、こぢんまりとした小部屋の中、一抱えほどのそれはぼんやりと光を放っている。


「ああ。あとはこれを壊せばお嬢ちゃんの方も……っと、ごめんレイネちゃん、ちょっと降ろすわ。ワズくん頼んだ。警戒も忘れずにな」

「大丈夫、立てるわ」

「わかった」


 それぞれの返答を聞きつつリードウッドは核へと歩み寄り、ガラスのようにつるりとした表面に掌を押し当てる。


「さぁてと……一体どんな術式を使っ……て…………」


 僅かな沈黙を経て、その顔から表情が消えた。

 ゆっくりと核から手を離して後ずさり、どかりと床に座り込んだ彼は前髪を掻き上げる。


「いやそうだよな……はは、馬鹿かよ俺」

「リードウッド……?」

「悪い、あんな自信満々に向かってってマジで情けねぇけど無理。術式が複雑すぎて俺じゃ手に負えん。これをどうにかするだけの知識と技術が俺にはない。最初から無理だって分かっておくべきだった。知らないのは努力でもどうにもならねぇよ。破壊は諦めて、さっさと離れるぞ」


 大きなため息をついて、立ち上がる。


「でも……それじゃあ彼女は?」

「お嬢ちゃんなら自力でどうにでも……いやちょっと待て。あの子がこうなるのを予想できなかった? 何か見逃してるのか……?」


 眉間に皺を寄せて考え込む男の顔にぬっと陰がかかる。二人が顔を上げれば、黒髪の青年が不思議そうに首を傾げて見下ろしていた。


「魔物は?」

「全然来なくなった。これを壊せばいい?」

「いや、ただ壊すだけじゃ内部の魔力が溢れて暴走する。込められた魔力で動力が供給され続けてる以上、中の術式を解いて破壊しないと核は機能を停止しないはずだ」

「じゃあ、魔力を出さないように術式ごと核を壊せばいい?」

「……ワズくんそんなことできんの?」

「多分」


 代わりに背負っていた斧槍をリードウッドに返し、青年は核に触れる。

 じわりとその手から溢れ出した暗闇が、水のように蠢いてとぷんと核を呑み込んだ。漆黒の何かに覆われたことで、球体のはずの核がまるで空間にぽっかりと空いた穴のように見えた。


 真っ黒に染まった核を様々な角度から確認していた青年は、一つ頷いて両手で挟むように掴み直す。


「まさか、」


 非現実的な光景に釘付けになっていたレイネは、信じられないというようなリードウッドの呟きを聞いた。




 次の瞬間、真っ黒な球はぐしゃりと握り潰された。




 ガラス同士が擦れる音を何重にも凝縮したような音と共に潰れた球は、粉々になって床に散らばる。


「これでいい?」


 軽く手を払って核の破片を落としながら、青年は顔を上げた。


「おま……それ……」

「?」


 リードウッドの視線を辿ったワズが、自分の両手に目をやる。


「……あ」


 核を握り潰した両手には、割れる寸前の陶磁器のようにヒビが入り、隙間から黒い靄が洩れていた。三人が見ている前で、ピシリという音と共にまたヒビが広がる。




 迷宮の最奥部に、居心地の悪い沈黙が流れる。




 重苦しい空気を破ったのは、最初に動いた人物だった。


「ちょ……ちょ、ちょっとそれ!」


 駆け寄って青年の両手首を掴んだ彼女は、わたわたと慌てて周囲を見回す。


「あ、う、え、ど、どうすれば……! お、応急処置……どうやって!? り、リードウッド!!」

「待って待ってちょっと落ち着こうレイネちゃん。ワズくんめちゃくちゃ驚いてる」

「落ち着けるわけないでしょ! だって! 手!! 割れてる!!」

「いやここは一回落ち着いとこ? ちょっとこっち来て落ち着いとこ? うわ指の力強」


 肩を組むようにして強引にレイネを引き剥がしたリードウッドは、ワズだけに見えるようにひらひらと後ろで手を振って背を向ける。


「レイネちゃんちょーっとおじさんの話聞いてくんない?」

「だ、だ、だって手! 手が!」

「レイネちゃん、核ってのは迷宮の心臓なわけよ。人間って心臓潰されたら死ぬじゃん? 迷宮も核潰されたら死ぬのよ」

「そんなこと言ってる場合じゃ、」


 彼女がさらに捲し立てようとしたところで、ズン、という鈍い振動が迷宮を揺らした。今までの、戦いの余波らしき揺れとは明確に違うそれによって、壁と床に大きなヒビが入る。


「まあつまり、何が言いたいかっつぅと――」


 固まっているレイネをひょいと背負って、男は続けた。


「――今はとにかく、全力で逃げるぞってことだ」



***



「あ」


 ぽとりと床に落ちた人差し指に目をやって、ミリィが声を洩らす。四本になった己の指を不思議そうに見つめていた彼女は、不意にがくりと膝をつく。見れば、今度はついた片膝から下が取れている。


「ふ、ふふふっ……時間切れ、なの、ね」


 仰向けに倒れ、その衝撃によって取れた肩を見ながらミリィは笑う。


「力技で壊すなんて……本当に、乱暴なんだから、ふふ」


 続いたその言葉で、ユーアはおおよそ何が起きたのかを理解した。少女を模した妙に晴れやかな顔を見下ろす。


「一つ、聞きたい」

「なあに?」


 にっこりと笑って、横たわったままのそれは小首を傾げた。


「核が破壊されれば死ぬことはお前にも分かっていたはずだ。だというのに、何故向こうを狙わなかった?」


 ユーアが加減をして殺さないようにしていたのは、ミリィが迷宮の魔物の括りに入っていればもし殺した場合に核から再出現するからだ。たとえわざわざ作り直した肉体を失うことにはなっても、そうすれば核の防衛に最適な状況を作ることができただろう。


 問いかけに、ミリィは口角を上げて愛おしげに目を細めた。




「だって……あなたと遊ぶほうが、楽しそう、だったんだもの」




 ――迷宮から受ける指令は、いわば迷宮の魔物にとって本能だ。たとえ理性では拒もうとも、干からびる寸前の人間が目の前の水を飲まずにいられないように、本来それを拒むことはできないはずだ。


「……そうだな。お前はそういう女だ」


 だが、たかが本能如きで・・・・・・・・この女を操ることができるのなら、魔術大国は滅ばなかっただろう。


「ね……わたくしも一つ、聞きたいことがある、の」


 背中にかかったたどたどしい声に、ユーアは立ち去ろうとしていた足を止めた。


「ひとつだけ、たったひとつだけ、思い出したことがある。いいえ、思い出したというのは間違い、なのかしら? だってわたくしは、それを経験していない、はず。ならきっとそれは、わたくしではない、わたくしの記憶なの、ね」


 地響きと共に迷宮が揺れている。崩れかけの壁にさらなる亀裂が走り、ぱらぱらと破片が落ちてくる。しかし、ユーアの表情は変わらない。無言で先を促す少女を見上げ、ミリィは口を開いた。




「わたくしはかつて――魔女と、そう呼ばれていた」




 そうでしょう? 続いた問いかけに、ユーアは静かに目を伏せて沈黙を返した。嬉しそうに笑って、ミリィは瞼を下ろす。


「それが何なのかは、わた、くしには、分からない、けど……ふふ、なんだか、とっても、愛おし、くて……」


 言葉が途切れた。

 そこに転がっているのはもう、ただの死肉の塊でしかない。


 迷宮の摂理に従って朽ちていくそれを見下ろして、魔女を名乗る少女はそっと口を開く。

 何か言葉を紡ごうとし――



「――ユーア!」

そういえばカクヨムにも投稿を始めましたが、内容は同じなので見なくても問題ありません。

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