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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
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残影の迷宮 03

 額にツノの生えた狐が、壁に叩きつけられて動かなくなる。相当頑丈なはずの迷宮の壁にひびが入るほどの威力で蹴りを放った青年は、特に表情を変えることなくその頭を踏み潰してとどめを刺した。


 塵になって消えていく魔物たちの死骸を横目に、猪頭の魔物から引き抜いた双剣を鞘に収め、レイネは息を整える。


「……さすがね。支店長様たちが助っ人として寄越すだけのことはあるわ」

「褒めた?」

「褒めたわよ」

「うれしい」


 にこにこと、青年は顔の雰囲気にあまり似合わない微笑みを浮かべる。先程までの無慈悲な蹂躙と、この無邪気に喜ぶ姿がどうしても繋がらない。道中でも思ったが、あの少女とはまた別の方向で人となりを掴みづらい青年だ。


 扱いを測りかねている彼女をよそに、ワズは不思議そうにきょろきょろと辺りを見回した。


「ユーアとリードウッドが居ない。目の前で消えた」

「ええ、転移罠で分断されたみたいね」

「どうすればまた会える?」

「先に進みましょう。ここはまだ入口で、ここまでで分岐はなかった。なら、あの二人が飛ばされたのはこの先のはずだから」

「わかった、ついてく」


 こくりと素直に頷く青年に背を向け、レイネは奥へと足を踏み出した。





「実際、冒険者が消息を絶つのはそう珍しいことじゃないわ」


 ぽっかりと口を開けた落とし穴へと石を投げ入れながら、レイネは言う。


「私たちは魔物の討伐や迷宮の探索に向かうとき、おおよその予定を本部に伝えてから行く。その日を一日でも過ぎれば消息不明扱い。何かしらの問題が起きたと判断して、できる限り早く救助を送ることが決まってる。何事もなければそれでいいけど、何かあってからじゃ遅いからね」

「? 10日は遅くない?」


 こちらの真似をして耳に手を当てている青年が、きょとんと首を傾げる。意図せず痛いところを突かれたレイネは、一瞬言葉を詰まらせてからため息と共に力なく首を振った。


「……今回のは例外中の例外よ。何せ、ここの調査に派遣されたのは一級冒険者たち。その彼らが戻ってこないということは、彼らでさえ対応できない『何か』があるということ。安易に救助の冒険者を送れば、被害が広がる可能性がある……そんな中で選ばれたのがリードウッドなのよ。悔しいけど、私がここに居るのはただのおまけでしかないわ」

「リードウッドは強い?」

「全然。でもあいつは、迷宮において新人の頃から一度も消息不明になってないの。その上、救助依頼で必ず何かしらの成果を持ち帰ってくる。あいつに助けられたことのある冒険者は多いのよ。だから、あいつは三級でありながら多くの冒険者に慕われてる」


 斜めに投げたことで石は壁へと何度か当たりながら落ちていったものの、穴の底に落ちたらしき音は聞きとれなかった。どうやら、かなり深いようだ。底がどうなっているか分からない以上、縄で降りる判断は最後でいいだろう。もう片方の道に行きましょう、と踵を返せばワズも続く。


「あんたも見たと思うけど……迷宮では、倒した魔物は塵になって消えるでしょ? 人の死体もね、消えるのよ。そうして服と装備と、冒険者証だけがそこに残る」

「冒険者証?」

「これよ」


 首にかけて服に仕舞っていたものを取り出す。指三本分の幅の薄い金属板には、レイネの名前と二級の文字、そしてヤレン所属との情報が刻まれている。


「レイネはリードウッドより強い」

「小細工無しで正面から戦えばね。でも迷宮探索では、魔物討伐ほど個人の強さは重視されないわ。迷宮の魔物はうまくやれば避けることができる。罠もうまくやれば利用出来る。ただ、私はその駆け引きが上手くないから、迷宮探索は一人ではしないことにしてたの。……なのに、まさかいきなり転移罠で引き離されるなんてね」


 はぁ、とため息をつく彼女に、隣に追いついた青年が首を傾げる。


「おれがいるから一人じゃない。それに、レイネから学べるものは多い」

「……ありがとう。そうね、嘆いてもどうにもならないなら進まなきゃ。もし気になったことがあったらすぐに言って。一緒に考えるわよ」

「ああ」


 冒険者証を仕舞いつつ彼女が表情を緩めたところで、青年が足を止める。何かあったかと問いかける前に、レイネもその意味を理解した。


「……来たわね」

「猪頭が3」

「ここの魔物は二足歩行型が多いみたいね。さっきより通路が狭いけどいける?」

「いける」


 頼もしい返答に、背から双剣を抜きつつレイネは笑った。



***



 相手の右肩に食いこんだ斧槍を、そのまま体重を乗せて両手で振り下ろす。胴の半ばまで深々と斬り裂かれた魔物は崩れ落ち、傷口から塵になっていく。

 大きく息を吐いて、リードウッドは武器を下ろす。振り返った彼は、自分たちが降りてきた階段に腰掛けている少女を見て肩をすくめた。


「本当に手伝ってくれないとか……お嬢ちゃん、もしかしておじさんのこと嫌い?」


 疑念の眼差しを向ければ、ふむ、と少し考え込んだユーアは口を開く。


「別にそのようなことはないが……魔術士で前衛ができる者はそう多くない。どうあっても思考を分割する必要があるからな。拙い剣術や集中不足の結界で己の身を守りながら攻撃術式を組むよりも、相手の攻撃が届かない距離で魔術に集中して先手をとる方が早い」

「魔術士怖ぁ……」

「だから私は、武術を主軸に置いて魔術を補助に使う魔術士がどこまで行けるのか興味がある」

「お嬢ちゃん怖ぁ……必要以上に評価高くて怖ぁ……」


 額に滲んだ汗を袖口で拭って、まだ荒い息を整えるよう努める。立ち上がった少女は、斧槍に寄りかかるようにして立つリードウッドをよそに消えつつある魔物の死体を見下ろす。


「この魔物は、迷宮の機構として生み出されたものではないな。魔術で手が加えられているようだ」

「なんか違うの?」

「魔術で生み出され再現された魔物は形を変えようとすると崩れる。つまり、こいつは元々外から連れて来られた野生の魔物だな」

「あーそゆことね。つまりこいつは、一回殺したら他の迷宮の魔物みたいに復活しねぇってことか」

「ああ。そして、用意に手がかかっている一点物の魔物を置いていたということは――」


 階段と反対の方向へ歩いていった彼女は、そこの壁に片手で触れる。緩く婉曲した何の変哲もない壁が、まるで蜃気楼のように揺らぐ。じわりと溶け落ちて消えた石壁の先には、先へと続く通路とそこを封鎖する半透明の障壁が現れた。


「……結界か。随分と手の込んだことをする。余程この先に進ませたくないようだな。却って興味が湧いてきた」

「うわ、何この気持ち悪いぐらい緻密な術式。作ったの変態じゃねぇの? これどうにかなる?」

「どうにもならないことをどうにかするのが私の仕事だ」

「やだかっこいい惚れちゃう……」


 乙女のように両手を口元に当てるリードウッドを無視して、一度手を離した少女はどこからともなくナイフを取り出す。慣れた手つきで刃先を指の腹に軽く押し込めば、ぷつりと生まれた傷口から赤い血の珠が滲む。


「何してんの?」

「こちらの方が穏便に終わる。強引にやって証拠隠滅の自爆でもされたら困るだろう」


 問いかけに答えつつ、少女はその血をインクに小さな円を障壁に描く。ぺたりと再び掌を押し当てたユーアは、そこから魔力を流し込む。



 その瞬間、障壁は粉々になって崩れ落ちた。



「…………えぇ……?」

「…………ふむ」


 石造りの床に散らばり、落ちた衝撃で塵も残さずに消えていく障壁の破片を見下ろして、二人はそれぞれに声を洩らす。


「……穏便?」

「見た目よりも随分と脆かったな」

「いやお嬢ちゃんこれ……術式ごとぶっ壊れてんだけど……」

「術式の四割ほどしか結界の基盤として機能していなかったようだ。これではこうなるのも無理はない」

「穏便?」

「他の監視系の魔術に感知される前に壊れた。つまり穏便だ。行くぞ」

「何その見つかる前に相手をぶちのめせば隠密みたいな理論……」


 平然と言ってのける少女にげんなりとしつつも、リードウッドはその小柄な背を追いかけた。

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