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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
67/104

残影の迷宮 01

前のページに閑話を追加してありますのでよろしければそちらもどうぞ。

 すべて壊してしまいましょうか。

 だって、夢は醒めてしまうものだから。



***



 ざぁ、と風に吹かれた木々がざわめく。


 山肌を撫でるように吹き抜けた風が、火照った体から適度に熱を攫っていく。空を見上げたレイネは、ほのかに赤く染まった雲を見つけてその足を早めた。


 ――この大陸の北部は、ほとんどが山岳地帯だ。険しい山々は鬱蒼とした木々に覆われ、他の地域と比べて魔物が多く人は少ない。だからこそ人々は迷宮の恩恵を求め――だからこそ冒険者という職が生まれた。


「薪、集めて来たわよ。遭遇したのははぐれ狼一匹。すぐ街に戻れないから素材は置いてきたけどいいわね?」

「おーどもども。薪そこ置いといてーあー腰いて」

「緩いわね……」


 野営へと戻ってくれば、簡素な天幕の中でのんびりと座っていた男――リードウッドが気だるげに立ち上がる。いつも通りの覇気のない顔つきだが、北部の山でそんな顔をしていられるのは何も知らない新人か熟練者だけと相場が決まっている。この男がどちらかなど、論ずるまでもない。


「じゃあもっと感謝しとくか。きゃー助かるわぁレイネちゃんかっこいー武の女神ぃー」

「うるさいわね」


 己の腰を叩きながら裏声で褒めてくる男の頭をはたきつつ、レイネは周囲を見回す。


「あの二人は?」

「向こうで何かしてる。俺たちはさっさと準備しちまおうぜ」


 リードウッドはぐるりと並べた石の中央に薪を組みつつ答える。もう一度周囲を見回したレイネは、同行者たちが近くにいないことを確かめてから声をひそめた。


「……ねぇ、彼ら何者なの? 支店長様たちやあんたが信用してるってことは、悪い人たちじゃないんでしょうけど」

「あー、俺にもよく分かんねぇわ」

「分からないって……打ち合わせのために何度も話してるんじゃなかったの?」

「まあそうなんだが、なんつぅか…………あ、一つ言っとくとあのお嬢ちゃんは俺と同類(・・)だ。やれることは桁違いに多いだろうけどな」

「それは……」


 それはまだ半人前だった頃のレイネが偶然にも知り、この男と組むきっかけになったとある秘密。小さく息を呑んだ彼女に、すっと表情から緩さを消したリードウッドが口を開く。


「長く組んでるお前だから話したけど、本当に内密に頼む。できれば、知っていることさえ知られない方がいい。無駄に警戒されるのはよくない。あの二人は俺たちの護衛として来てる訳だしな」

「……分かったわよ。それで、もう一人の方は?」

「あー…………あれは分からん。本当に分からん。何も分からん」

「はぁ? あんたに分かんなかったらお手上げじゃないの」


 途端に緩い顔に戻った男に少し残念感を覚えつつも、レイネは眉をひそめた。慣れた様子で火付けをしたリードウッドは、扇いでその火を大きくしながら首を振る。


「いやマジで何も分からん。できればあんま知りたくもない。踏み込みたくない。ただ、俺はお嬢ちゃんを全面的に信頼することに決めたから、お嬢ちゃんがあいつの手綱を握ってると信じて命を預けるつもりでいる。まあいんじゃね? あいつも見た感じじゃ随分と素直で純粋な奴っぽいし」

「……最後に関しては同意見よ。いずれにせよ、私たちがあの二人に命を預けるのは変わらない。私も信じることにするわ」

「えぇー、人を見る目がないレイネちゃんに同意されるの複雑ぅー……お前この前もまた騙されかけたって……あ、すんません痛でででで! ゴリゴリいってる! 骨ゴリゴリいってる!」





 ぴくりと大きな耳を揺らして、ワズは振り向いた。


「レイネが戻ってきた」

「そうか、ならこちらもさっさと済ませよう」


 ふかふかの土の上に寝そべって、ふさふさの尻尾をぱたぱたと揺らす。傍から見れば、まるで大きな狼の毛皮が地面に敷かれているようだ。そのすぐ近くの、一抱えほどの手頃な岩にはローブを纏った少女が座っている。両の掌に載せた術式を見比べていた彼女は、「ふむ」と声を洩らした。


「私の術式を複製して改変したか。あの子も随分と術式の扱いが上手くなった。だが、いつまでもこれを使っていては西部に迷惑がかかるな。変えるべきはいくつかの細部と……あと色か」

「色?」

「何か好きな色はあるか、ワズ」

「ユーアの目の色」

「却下だ、派手すぎる。黒にするぞ」


 ぺたりと耳を伏せたワズの前で、片方の術式が作り替えられていく。


「……よし。ワズ、これを使ってみろ」

「わかった」


 ぽん、と額に載せられた手から魔術的に譲渡された術式に、ワズは魔力を流す。一瞬だけ全ての感覚が溶け、再び戻ったときには彼の視界はいつもの高さに戻っていた。


「問題はなさそうだな。よく似合っている」


 こちらを見上げる少女が頷くのを横目に、ぺたぺたと服を触って彼は首を傾げた。


「シゥルドがくれた服と違う」

「変えたからな。そして、正確にはそれも違う。お前の服はお前の魔力を魔術で変質させて作ったものだ。生物で言うところの皮膚や鱗や毛皮と変わらない」

「おれは布の服は着れない?」

「人間の裸体の術式を新しく作ればできるが……その場合、お前は戦うたびに全裸になる。お前の怪力に耐えられる服がない」

「それは困る……困る?」

「お前は戦うたびに服を着替えるつもりか?」


 呆れたように肩をすくめて、ユーアはもう片方の術式を差し出す。再びワズが受け取って魔力を流せば、目線は同じままにいつもの服に戻った。


「術式は一部が破壊されてもお前の魔力で勝手に自己修復するようにはしているが、過剰な力を加えれば自己修復の部分も無事では済まないかもしれない。お前は力が強すぎる。それがどうしても必要なことならいいが、他の方法でどうにかできるのならできるだけ避けるようにしろ」

「わかった」


 渡された剣を腰に佩きつつ答える。一つ頷いた少女は立ち上がって歩き出した。





「それは……中央の森の枝か?」


 野営へと戻ったところで、ちょうどリードウッドが投げ入れた手のひらほどの小枝を見つけ、ユーアは目を丸くする。


「そうだぜ。ああ、もちろん伐採なんかはしてねぇよ? 危ねぇからな。落ちてる枝を回収して冒険者本部で安く売ってんのさ」

「確か、焚くと魔物避けになるそうだな」

「そうそう、中央の魔物には効かねぇけどな。中央とそれ以外じゃ、やっぱり魔物の質が違うのかねぇ。明らかに強いらしいし」


 炎の中で燃える小枝を興味深げに見つめるワズを「危ねぇからやめとけ」と引き戻したリードウッドが、荷物からもう一本取り出して渡した。熱心に枝の匂いを嗅いでいる青年を余所に、焚き火の傍に腰を下ろしたユーアはそれぞれにくつろぐ冒険者たちに目をやる。


「お前たちは中央部に行ったことがあるのか?」

「森までね。さすがにその先はないわ。あそこは危険すぎる。余程何かがなければ、一生行く気はないわね」

「あそこの砂漠、ただでさえ危険な上に近寄るとすげー気持ち悪くなってくるから嫌なんだよ。何回か吐いたわ」

「気持ち悪くなるのはあんただけよ」

「何でなんだろなぁ……」


 ばやきつつ武器の手入れをしている男をちらりと見て、しかし何も言わずにユーアは目を閉じる。


「聞いた話じゃ東側の森も40年前、伐採されたにしては異様な早さで木が育って元に戻ったらしいし、あの森は特別なのかねぇ。こっち側の木ももし切ったらすぐに生えてくんのかな? まあ怖ぇから絶対やらねぇけど」

「途方もない話ね……」

「迷宮も同じようなものだろう? 魔族……いや、魔神の手によって作られた神秘の塊だ」


 軽い調子で続けたリードウッドと信じられないという表情のレイネに、ユーアはそう問いかけて首を傾げる。きょとんと顔を見合せた冒険者たちは、揃って肩を竦めた。


「いやいや、俺たちがあいつらの存在を感じ取ることなんてまずねぇよ。あと魔族呼びでいいぜ。俺もレイネも、ヤレンを拠点にして長いから慣れたし」

「そうなのか? だが、北には魔神信仰があると聞いている。無駄に反感を買う気はないんだが」

「少なくとも、冒険者に本気で魔神信仰してる奴なんてほぼいないわね。魔族の性格の悪さは迷宮探索してればよく分かる。神なんて呼んでるのもただの習慣ね。今でも信仰が厚いのは国の上層部や貴族だけよ。その辺で魔族って言っても、ああ余所から来たんだなって思われるくらいだから気にしなくていいわ」

「なるほど。北の文化には縁遠いものでな。他の地域と比べて知らないことが多い」

「ま、こういうのって実際に肌で感じるものだしな。俺達もヤレンに来た頃は戸惑ったもんだぜ。ふらっと入った店で頼んだ料理がアホほど辛くて舌もげそうになったりとか……あ、そろそろ飯にするか。明日も早いんだ。さっさと食って寝ないとな」


 その言葉と共に、冒険者たちは準備を始める。たった三人分・・・、それも野営の簡単な食事とあってその手際には迷いがなく、手伝えることはなさそうだ。


「えっと……ユーア、さんの分は本当に用意しなくていいのよね?」

「ああ、別で済ませる……ワズ、いつまで匂いを嗅いでる。そろそろリードウッドに返してやれ」

「いいよぉ別に。どうせ安いし、燃やしたら一晩は持つし、そんなに気に入ったなら小枝一本くらいやるよ。レイネもまだ何本か持ってるだろ?」

「あるわよ。それにしても……何がそんなに気に入ったの? そんなにいい匂いでもする?」

「木の匂い」

「だろうな」


 魔物の多い森の中にあっても、野営など手馴れた冒険者二人とそもそも魔物が脅威にならない2人は変わらない。

 そうして、夜は穏やかに更けていった。

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