小休止 08
上機嫌で歩く青年の顔を見上げて、ユーアはこっそりとため息をつく。
数日をかけて、冒険者の男――リードウッドとの打ち合わせは終わった。一人で他の依頼を受けていたらしい彼の仲間も昨日のうちに戻ってきたため、明朝この街を発つことを冒険者本部とルーヴァンス商会にも伝えてある。よって、今日がこの街で過ごす最後の日となった。
「で……お前の注文したものの受け取りに、わざわざ私がついて来る必要はあったのか?」
職人街の建物の一つで足を止め、扉を叩いたワズに彼女は問う。
「トーキンが連れて来てほしいって言ってた。おれもユーアと一緒がいい」
「……代金が足りなかったのか?」
「? ぴったりって言ってた」
「それならいいが……」
ワズが一緒に居たがるのはいつものことであるため、当然のように聞き流す。だが、職人に呼ばれる心当たりがなく考え込む彼女の前で、扉が開いた。
「ああ、来たんだね……と、こちらが?」
「ユーアだ」
「これが世話になったようだな。礼を言う」
「礼を言うのはこっちだよ。ここ数日、ワズには仕事を手伝ってもらっていた。教えたことはすぐに覚えるからね」
「慣れさえすれば上達は早くてな。私もそこは評価している」
「そうだね。ワズ、彼女と一緒に向こうで待っていてくれ。僕は一度工房に行ってから行くから」
頷くワズに軽く手を振って、男は慣れた足取りでごちゃついた廊下を歩いていった。
部屋に置かれている革製品を興味深く鑑賞していたユーアは、勝手知ったるといった様子で椅子に座っている青年へと振り向いて口を開く。
「そういえばワズ、結局お前はあの鹿革で何を作ることに――」
「お待たせ。持ってきたよ」
質問をし終える前に扉が開き、職人の男が入ってくる。手に持った作業用らしきトレーの上にあるのは、揃いの形の腕輪だった。
「ワズの持ってきた革は細かいものが多かったから、金細工で継ぎ合わせるようにして組み合わせてみた。ただ、ユーアさんの方の腕輪の大きさを決めるのに採寸させてほしくてね」
「………………ふむ」
机に置かれたそれを手に取り、じっと観察する。何度か表裏に返して細部までまじまじと見た少女は、自分の印象が間違いではないことを確信して腕輪を置いた。
「よく出来ている、が…………ワズ、一応聞くがお前はこういったものを揃いで作り、贈ることの意味を理解しているのか?」
「意味?」
「簡潔に言うと――互いの意匠を込めた装飾品を揃いで付けるために贈ることは求婚を意味する。お前のこれにそういう意図はあるのか?」
「きゅうこんって何だ?」
「なるほど、まあそうだろうと思った」
不思議そうに首を傾げているワズから正面の男へと目を向ける。トーキンは、無言で下を向いて頭を抱えていた。
「ということだ。どうも情報の行き違いがあったようだな。すまない」
「謝るのはこっちだよ……ごめんね、君みたいなお嬢さんにとってはこういうのってすごく大事なことだろうに」
「情報不足から勘違いをしたのはこいつだ。それに、私はそういうことを気にする人間ではない」
「うう……気を遣わせて本当に申し訳ない。この腕輪はどうしようか……継ぎ合わせた革ならまだ使えるから、ばらして新しく何か……いや、そんなことしてたら絶対明日までに終わらないし……あああ……」
ぶつぶつと独り言を呟いては呻き声を共に頭を抱える男。特に感情もなく眺めている少女のローブが、くいと小さく引っ張られる。横を向けば、眉を下げたワズがこちらを見ていた。
「ユーア……おれは何か間違ったのか?」
「そうだな」
簡潔な回答に、人外の青年はしょんぼりと肩を落とす。惨憺たる様相になった部屋を見渡して、口元に手を当てて少し考えたユーアは一つ頷いた。
「大きさの調整ならすぐ出来るという話だったか?」
「……え?」
「互いが相手の意匠のある腕輪をつけるから余計な意味が生まれる。なら、自分の意匠のあるものを自分で付ければただの形の似た装飾品だろう。違うか?」
「そう……だね。確かにそうだ。それなら今日中にでも終わる」
男の言葉を聞き、彼女はパンと手を叩いて立ち上がる。
「ならそれで決まりだ。ワズ、お前はトーキンを手伝え。私にはまだやることが残っている。……ああ、その前に採寸か。場所は工房でいいか? どこだ?」
「えっと、扉を出てすぐ左の突き当たりに……」
「そうか。先に行っている」
特にこちらを非難する様子もなく、淡々とした様子で部屋を出ていった少女。
呆然と閉じた扉を見つめていたトーキンは、ふと部屋に残されたもう一人に目をやる。
「…………」
ここ数日で見慣れた珍しい黒髪を持つ青年は、肩を丸めていつもより小さくなっている。
「……ええと……ワズ?」
「なんだ?」
「その、本当に求婚のための記念品じゃないのかい?」
あまりの落ち込みっぷりに「もしや」と聞いてみた彼だったが、青年から返ってきたのは不思議そうな眼差しだけだ。
「きゅうこんって何だ?」
「……本当にごめん。気にしなくていい」
完全に自分の早とちりであったことを再認識したトーキンは、ワズと似たりよったりの落ち込み具合で少女を追いかけた。
***
閉じられた関所の門からほどない、まだ開いていない店の前。ワズと並んで入口の階段に腰掛けていたユーアは、まばらな人の流れの向こうからこちらへと歩いてくる冒険者の男女を見つけた。
「来たか」
「あー……若者は朝が早いねぇ。おじさんは駄目だわ」
「お前も『おじさん』というにはまだ若いように見えるが」
「周りが若いと自分が歳食ってるように感じていかんね。ま、もう慣れちまったからおじさんはおじさんなんだが」
自分の肩を揉みながらぼやく男には、相変わらず緊張感がない。とはいえ、それがこの男なりの処世術であることは分かっている。特に気にすることなく立ち上がった彼女は、その隣へと目を向ける。少女の視線に気づいた女は、快活そうな顔つきに親しげな笑みを浮かべて手を差し出す。
「初めまして、リードウッドから話は聞いているわ。私は二級冒険者のレイネ。よろしくね」
「ああ、お前たちが無事に迷宮の調査を終えられるよう尽力しよう」
握手を交わしたレイネが何か口にしようとしたところで、ちょうどその後ろに馬車が止まる。扉を開いて出てきたのは、これまた二人の男女だった。
「お待たせしました」
「……遅れた?」
「いや全く。さすがに雇い主側と仕事仲間の集合時間が同じってことはないっすよ、支店長サマ」
「ちょっとリードウッド! あんたもっと丁寧に話しなさいっていつも言ってるでしょ!」
すぱん、と小気味のいい音と共に頭をはたかれたリードウッドが「んべっ」と声を洩らす。そのまま説教へと移行した冒険者組とそれを不思議そうに見ている人外をよそに、ユーアは眠たげな姉と苦笑いを浮かべている弟を見た。
「お前たちも来たのか」
「ん、お見送り」
「一方的に依頼をしている身ですからね、これくらいはさせてください」
姉弟は丁寧に一礼をして答えた。その後ろでは、遅れて馬車から出てきた壮年の男(恐らく冒険者本部側の人間だろう)が、言い合いしている冒険者たちに拳を落としてそのまま関所へと連行していく。
「僕たちももう少し近くまで行きましょうか」
「馬車はここで」
簡潔な支店長の指示に、馬車の御者は了承の返事をして馬の世話を始める。ギルに促されて歩き出した一行だったが、しばらくしてふと、オフェリアの視線が己の手首に注がれていることに気づく。目で尋ねれば、彼女はワズの手首についている揃いの腕輪に目をやった。
「……そういう関係?」
「いや、これは情報伝達の齟齬の結果だ。装飾以上の意味はない。ワズ、これについてどう思っている?」
手首を軽く振って示してみせれば、青年は満面の笑みを浮かべる。
「ユーアとおそろいでうれしい」
「ほらな」
「幼児……」
「やめてやれ」
「?」
ワズが首を傾げたところでちょうど門の前に辿り着いた。周囲では、冒険者本部の申請を受けた関所の衛兵たちによって人払いがされている。関係のない人間が関所を通らないようにしているのだろう。仲良く頭をさすりながら戻ってくる冒険者二人を眺めていたユーアは、近づいてくる足音に振り返る。
「嬢ちゃん! こりゃあ一体……」
慌てた顔で走ってきたのは、ヤレンの現状について教えてくれた衛兵だ。状況が掴めていない様子でユーアとワズを順番に見た衛兵は、さらに隣の男女を見てにわかに表情を険しくする。弁明しようとするギルを手で制止して、彼女は口を開いた。
「心配はしなくていい。脅されたわけでも、騙されたわけでもない。私たちは私たちの意思で依頼を受けている」
「だが……どうして冒険者の助っ人なんて危ないことを、」
「関所を越えるためには必要なことだからな。それに――」
その瞬間、地響きのような音が響いた。心配そうな表情を浮かべていたはずの衛兵が目を見開き、呆然と彼女の後ろを見つめている。振り向いた少女は、思わず柄にもない笑い声を上げた。
「ユーア、開いたぞ」
門に備え付けられた機構でしか開けられない、見上げるほどに巨大な鉄の門扉。それを、まるで家の扉でも開けるようにあっさりと片手で押し開けた青年が、無邪気にこちらを見つめている。
手招きに誘われて軽やかに足を踏み出しながら、魔女は歌うように言葉を紡いだ。
「それに――私の連れはそれなりに強い」
7話に続きますが、次の投稿は5話の閑話になります。なお冒険者組は7話も続投です。よろしくお願いします。




