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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
64/108

小休止 07

 テーブルの上には、料理の皿が五つほど並んでいた。それだけの情報であれば豪勢な食事、という程度で済むことだろう。しかしその内訳は、穀物を炊いたものや薄く焼いたパンなどといった、他の料理と一緒に食べることが前提となっているものばかりだ。


 革職人との話を終えたワズは、言われた通りに料理店へと来ていた。少女の姿がないことに肩を落としつつも、席に着いた彼は今までの経験を活かして料理の注文を滞りなく完了したところだった。


 ワズにも一応味覚はある。しかし、満腹・空腹や味の好みといった概念のない彼が取り合わせの奇妙さに気づくことはない。近くを通った職人見習いらしき青年がテーブルの上を二度見する。それに首を傾げつつ、ワズは文字通り味気のない料理を食べ進めていた。


「よー、相席いいか? ……って何だこりゃ。おい、そこの店員。これに合う料理を二、三品持って来い」


 不意にそんな声をかけた誰かは、返事を待つことなく向かいの席に座る。料理の皿から顔を上げたワズは、そこに座っている相手を見て固まった。


「……ヒューロオッド?」


 彼の口から零れ落ちたその名前に、注文を済ませた男は左右で色の違う目を細める。


「あの女から聞いてたか? なら話が早ぇ。あの森以来だな」


 切り落とされたはずの片手をひらひらと振って、魔族の男――ヒューロオッドはにやりと笑った。




「そう警戒すんじゃねーよ。人外同士、仲良くしようぜ」


 指を鳴らして防音の結界を張りつつテーブルへ肘をついた男を、ワズは何とも言えない顔で見つめる。


「……何でここにいる?」

「たまたまだ、たまたま。見知った顔があったら声ぐらいかけるだろーが」

「……」


 雑に答えたヒューロオッドは、運ばれてきた炒め物らしき料理をパンに挟んで勝手に食べ始める。それをじっと見つめつつ、ワズはどう対応すればいいのかと考え込む。


 ――この男は危険だ。人間の眼球を抉りとって持ち去るような相手だ。だが少なくとも、今のこの男に誰かを害するつもりはないようだ。それはよいことだが、かといってこのままテーブルを囲むのも違う気がする。


 食べる手を止めて悩み続けるワズとは対照的に、さっさとパンを平らげた男が口を開いた。


「あの女との旅は楽しいか?」

「ユーアのことか?」

「てめーと旅してる女は他に居ねーだろ」

「確かに」


 こくりと頷く彼に、魔族は呆れたような視線を向ける。それを気に留めることなく再び頷いた。


「楽しい。知らないことを知るのも、できることが増えるのも、いろんなものに出会うことも」


 彼にとって、暗闇以外の全ては未だ真新しい。ユーアと共に旅をしたこの一年にも満たない時間は、ユーアに出会うまでの永い時間よりもずっと大切なものになっている。必ずしも幸せなことだけではなかった。悩んだこと不安になったこともあった。しかしそれでさえ、あの暗闇に留まっているままでは決して経験することはできなかった、大切な思い出だ。


 今までの旅路を思い返してワズは頬を緩める。しばらくの間、それを無言で眺めていた魔族は、ゆっくりと口を開いた。


「……じゃあ、あの女との旅が終わってもてめーは旅を続けるのか?」

「旅の……終わり?」


 今までワズが考えもしなかった言葉。不思議そうに繰り返した彼に、どこか平坦な声でヒューロオッドは続ける。


「あの女にとって旅は目的じゃなく手段だ。俺はそれを知ってる。あの女の旅が終わるとき、てめーはどうするつもりだ?」


 食べかけの料理に目をやって考え込んだワズは、やがて首を振った。


「……分からない。でも、ユーアとずっと一緒なら嬉しい。ユーアにやりたいことがあるなら手伝いたい」




「――あの女の目的が、多くの人間を存在ごと消し去るようなものだとしても、か?」




「…………え、」


 呟くような問いかけを、しかしワズの人間離れした聴覚は聞き逃さなかった。少し遅れて、言葉の意味を理解する。否、無意識に理解を拒んだ彼の思考は止まっている。顔を上げた青年の前で魔族の男は静かに口を開き――不意にその視線が他所へと外れた。


「随分遅かったじゃねーか」


 にい、とその口が笑みの形に歪む。視線を追って振り返れば、そこでは白銀の瞳を持つ少女が二人の人外を睥睨していた。




 沈黙の中、少女の視線がワズの顔から外れる。磨き上げられた刃のような白銀と、愉快そうに細められた青と金が交差する。


「…………………………………………………………」


 賑やかな店の中でぽっかりと空いた穴のように、このテーブルの周囲だけがワズでさえ危機感を覚えるほどの張り詰めた空気に包まれている。二人の様子をおろおろと窺っていた彼は、少女が一歩踏み出したところでその腕を掴んだ。


「ユーア、駄目だぞ。人がたくさんいる」


 少女の視線が再びワズへと向く。しばらく無言でその瞳を見つめていたユーアは、ふ、と威圧感を消して肩を竦めた。


「ワズ、私はこんな場所で騒ぎを起こすほど馬鹿ではない」


 掴まれた腕をそのままに、少女はフードを下ろしながら隣の椅子へと腰を下ろす。気だるげに椅子の背に体を預けてヒューロオッドを見やるその目にあるのは、消極的な嫌悪感だけだ。


「くくっ、おいおい、お前が手綱を握られてるとか面白いにも程があるだろーが」

「喧しい黙れあわよくばそのまま死ね」

「俺に指図すんじゃねーよクソガキ」


 互いに憎まれ口を叩きつつもテーブルを囲む姿に、ワズは首を傾げる。


「……なかよし、か?」

「んなわけねーだろ。ここが外ならこの女、俺を認識した瞬間に殺しに来てたぜ」

「そんな考え無しに突っ込んだりはしない。私がお前を殺すのは、私がお前を見つけたときだ」

「おー怖い怖い。まったく、変わんねーなてめーは」

「知ったような口を聞くな。虫唾が走る」

「知ってんだから諦めろ」


 忌々しげな舌打ちをして、ユーアがテーブルに頬杖をつく。奇しくもその姿は先程のヒューロオッドとよく似ていたが、なんとなくワズは沈黙を保って料理を食べ進めた。

 ため息をついて、少女は嫌そうに魔族へと目をやる。


「……関所の件だが、お前の仕業か?」

「あ? あぁ、迷宮がどうのってか。いいや、()()()()()()()()()()()()()

「…………?……??」


 妙に引っかかる物言いにワズの手が止まる。不自然な言葉の意味を一つ一つ噛み砕いて理解しようとした彼は、さらに迷い込んだ思考の迷路の中で首を傾げた。彼の様子に気づいたヒューロオッドが怪訝そうに眉をひそめる。


「あぁ? なんだ、お前この女から何も聞いてねーのか?」

「ワズ、今は気にしなくていい。……確かに、お前の手口にしては地味だと思った。お前がそう言うのなら違うんだろう」

「随分と簡単に信用するじゃねーか」

「どちらにせよ、私の目的は変わらない。関所は越えるしお前はいずれ殺す」

「ま、それもそうか」


 脅迫じみた言葉を当然のように受け入れつつ、魔族の男が椅子を立つ。


「ヒューロオッド、帰る?」

「おー、もう用事は済ませたからな」

「馬車にでも轢かれて死ね」

「うるせーばーか」


 軽口を叩きながら料理の代金をテーブルに置き、ヒューロオッドは店を出ていく。出入口の扉が閉じてもしばらくそちらを睨んでいたユーアは、再びフードを被りつつ隣のワズをじっと見上げる。


「ユーア?」

「……間違ってもお前はああなるなよ」

「わかった……?」



***



 赤く染まった空の下、軽い足取りで男が歩いていた。

 夕陽の色に染め上げられた白髪に、左右で異なる青と金の瞳。ただでさえ目立つ容姿は、街中よりも宮殿が似合うような洒落た服装もあいまって明らかに異質だ。しかし、街の人々の目が男に向くことは決してない。


 ひょい、と水溜まりを飛び越えるような調子で、彼は屋根と屋根の間を飛び越える。足を止めて振り返ったその顔には、心底愉しげな笑みが浮かんでいる。


「竜……それも黒い竜、か。おもしれー奴だな。何よりあの顔で、しかもあの女と並んでるってのが最高に面白い」


 誰に言うでもなく呟いて喉を鳴らしたヒューロオッドは、ふと先程の会話を思い返し、固く閉ざされた関所とその向こうへと目を向ける。


「んー……新しく発見された迷宮、か。チビ共があの辺りで遊んでたなら、さすがにあの三つ編みが見逃すとは思えねーんだが……魔術士か? だがなー……」


 迷宮を作ることができるほどの魔術士は、確かに今の時代にも居る。だがそのいずれもがそもそも迷宮などに興味を持たず、何かの気まぐれで作ったとしても、冒険者が入り込むような温い管理などしない。もちろん、故意に冒険者を誘い込むようなこともしない――彼からしてみれば実につまらない連中ばかりだ。


 暫し考えを巡らせていた魔族は、やがて興味なさげに前を向いて歩き出す。


「まあいい。どうせ何か起こる前にあいつが終わらせるなら見に行く価値もねーだろ。まったく、相も変わらず面白みのねーつまんねー女だ。あのイカレ女に似るよりは数倍マシだろうが……」


 ぼやきながら歩くその姿はやがて、音もなく空気に溶け消えた。

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