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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
63/111

小休止 06

「あの商会はどこでもその地の状況をよく把握している」

「状況?」


 人混みの中でその小柄な背を追いながら、ワズは言葉を反芻する。


「要するに、商会に行けば何かしらの形で話が進む。私たちが何をすればいいのかが分かる。もしくは、何かをするための大義名分と後ろ盾が得られる。今回はその両方だが」

たいぎめいぶん(・・・・・・・)うしろだて(・・・・・)は必要なものか?」

「大衆に大きな効果を発揮するものだからな。自分がやっていることが悪いことではないと、見ず知らずの人間相手に余所者が信じさせるのは案外難しいものだ。……まあ、人の中で生きていればそのうち分かるようになるさ」


 言葉を締め括ったユーアが立ち止まる。同じように立ち止まった彼は目の前の建物を見上げた。


「冒険者本部か?」

「ああ。あの姉弟の話では、あまり悠長に構えていられる状況でもないらしい。ここからは別行動だ。私は冒険者本部と話をつける。ワズ、お前はこの紹介状と代金を持って職人街に向かえ」

「……わかった」

「……用が済んだら宿の隣にあった料理店に行け。私もできるだけ早く向かう。それでいいか?」

「わかった!」


 目を輝かせたワズは、差し出された封書と袋を受け取って意気揚々と離れていった。人混みから一つ飛び出た黒い頭は、しばらく歩いたところで引き返してくる。


「ユーア、しょくにんがいってどこだ?」

「……知らないなら歩き出す前に聞け」



***



 『職人街』の看板を見つけた青年は足を止めた。

 看板の向こうには、先程まで通ってきた道よりもさらに窮屈そうな街並みがある。ヤレンにしては比較的まばらな人の流れの中で、きょろきょろと辺りを見渡してワズは首を傾げる。


「持って行けば会える?」


 商会で聞いた言葉を反芻しつつ、懐から封筒を取り出す。その瞬間、ちょうど隣を通り過ぎようとしていた髭面の男が勢いよく振り向いた。


「お! そいつぁルーヴァンスの紹介状じゃねぇか!」

「ルーヴァンスだって!?」

「ルーヴァンスの紹介状だ!」

「ルーヴァンス!?」


 男の言葉を聞いた周囲の人々が声を上げ、それを聞いた人々がさらに集まってくる。見る見るうちに、ワズの周囲には老若男女入り乱れた人だかりができた。


「封筒開けるモン持ってきたぜ!」

「おう、よくやった! 黒い兄ちゃん、こっちに封筒よこしな!」

「なんじゃなんじゃ、客か? 誰のじゃ!?」

「今開ける……お、トーキンだ!」

「トーキンの客だ!!」

「トーキン! どこ行きやがった!」

「あんたら、トーキンを探しな!」

「なんだ!? トーキンを探せばいいのか!?」

「トーキン! トーキン!!」


 ワズが一言も説明しないままに勝手に話が進んでいく。トーキンの名前を大声で呼びながら集まっていた人々は散っていくが、何事かと事情を知らない人々が建物から出てきたことで、却って騒ぎは大きくなっていく。


「……たくさんいる……」


 どんどんと賑やかになっていく職人街で立ち尽くし、ワズはぽかんとその様子を眺めていた。




 しばらく待っていれば、連れてこられた部屋の外が賑やかになる。勢いよく扉が開き、群衆に担がれるようにして男が入ってきた。


「えっ、ちょ……なん、デカっ、いや黒……何……怖……」

「トーキンか?」

「そうだ! トーキンだ!」

「トーキン、客だ!」


 向かいの椅子へと下ろされた男は、目を白黒とさせながら封を切った紹介状を渡されて目を通す。その間に、トーキンを運んできた職人たちは互いに言葉を交わしつつ、一仕事を終えたような満足気な顔で去っていった。


「……あー、ええと……つまり君が、ルーヴァンス商会の人が言っていたお客さんなんだね?」


 紹介状から顔を上げた男が確認するように問いかける。


「トーキンが革の加工をしてくれるって聞いた」

「依頼を受けたからね、そのつもりだよ。そうだな……どんなものが欲しいという希望はあるのかな?」

「希望……」


 ワズは眉を下げて悩む。首を傾げる青年の姿に、「少し待っていてくれ」と一度部屋から出て行ったトーキンは、ほどなくしていくつかのものを持ってきた。


「これは?」

「僕が作ったものだ。見本になるかと思ってね。手に持って見てみてくれていいよ」

「丸いやつ」

「それは袋だよ。上の紐を引っ張ると閉じるようになってるんだ」

「ひらひらの塊」

「花だよ。切れ端を組み合わせて作ってみたものだ」

「四角いやつ」

「貴重品を入れておくための箱だね。……確か旅人なんだっけ。旅をしているなら不要だったかな」


 よいしょ、と身を乗り出した男が鹿革の張られた箱に手を伸ばす。なんとはなしに眺めていたワズは、その腕の袖口から覗くものに目を留めた。


「それは?」

「ん? ああ、これ? これは――」



***



「指名依頼ぃ?」


 聞いた言葉を繰り返して、冒険者本部のカウンターに依頼の完了報告に来ていた男は眉をひそめた。


「コレットちゃん、冗談なら俺よりもレイネに言ってくれんかね。あいつ、いまだに笑うべき冗談と殴るべき嘘の区別が付いてねぇんだから」

「冗談じゃありません」

「だって指名依頼って……あれだろ? 俺、受けるのに条件出してたろ?」

「その条件が満たされたから依頼してるんですよ」


 ため息混じりに事務員の女が答える。その言葉の意味を噛み砕いて、ありえないことが起きていることを理解した冒険者は頭を抱えた。


「……まぁじでぇ? あのお姫サマ、ついに気でもやったんか?」

「ちょっと、向こうの支店長様をそう呼ぶのはよしてくださいって何度も言ってるじゃないですか! あの方々に睨まれたらこちらも動きづらいんですからね! それに、依頼を引き受けたのは別の方ですよ」

「ごめんて……ん? 別の?」


 引っかかる単語に顔を上げれば、カウンターの向こうから頷きが返ってくる。


「支店長様たちの推薦です。先程訪ねて来られたので、とりあえす一番近い講義室にご案内しましたよ。冒険者の発言は冒険者本部の意向とは一切関係ないので、何かあれば当の冒険者本人に言ってくださいと伝えてあります」

「はーもうこれだから冒険者本部ってのはよぉ……こんなにあくせく働いてる冒険者を大切にしようって気持ちはねぇんかよぉ……」

「あ、はいはい。もう対応終わってますから、次の方いいですよー」

「昔はあんなに純粋だったコレットちゃんが……おじさんは悲しいよ……」


 よよよ、と袖で目尻を拭ってみせるが、最近は新しい後輩の指導もするようになったという若い事務員は、我関せずと次に待っていた冒険者たちへの対応を続けている。まだ新人と呼べる冒険者の一人が申し訳なさそうに頭を下げるのに、ひらひらと手を振って気にしていないと示した。


「あ、そうだ。コレットちゃん、訓練場空いてる?」


 対応を終えた事務員に問えば、胡乱げな目を向けられる。


「……前に支店長様たちにボコボコにされたのに、やっぱりやるんですか?」

「自分の命預ける相手だからな。ま、死なない程度にやるよ。俺がな」

「当然です、リードウッドさんは全然強くないんですから。無駄に怪我をして医務室のお世話にならないよう、気をつけてください」

「知ってる? おじさんって生き物は砂糖菓子くらい繊細なんだ」

「そろそろ二級くらいには上がって欲しいんですけどね。二級のペアなら任せられる依頼が増えますから」

「あんまり酷使しないで欲しい……平穏に楽して生きていきたい……」

「残念ながら有能なのは確かなので。残念ながら」

「二回言う必要あった?」

「お客様をお待たせしてるんですから、さっさと行ってくださいねー」

「んぇーい……」


 追い払うように手を振られ、リードウッドは渋々とカウンターを離れる。廊下を少し歩けば、言われた部屋はすぐのところにある。新人冒険者の研修や、複数人での任務の作戦会議に使われる講義室の一つ。男は慣れた様子で扉に手をかけて開いた。


「……………………」


 そこに座っている小柄な人物を視認した瞬間、彼の動きが止まる。同じように停止しかけた思考で素早く判断をした男は、『少し待っていてほしい』と無言で合図をして一度扉を閉じる。歩いてきた廊下を振り返った彼は、片手を口元に当てて声を張った。


「コレットちゃーん、訓練場使うのやっぱなしで頼むわー!」


 何事かの抗議をしている事務員の声をひとまず無視し、扉へと向き直る。ドアノブを握って一度深呼吸をし、意識して肩の力を抜いたリードウッドは今度こそ部屋へと足を踏み入れた。


「…………さて、と。話を始める前に一つ聞きたいんだが」


 後ろ手に鍵をかけ、椅子に腰を下ろしながら親指で背後の扉を示す。


「何かこう……盗み聞き防止的なのってできたりするんかね、お嬢ちゃん?」

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