小休止 05
「ようこそ、ルーヴァンス商会へ。お待ちしておりました、お客様」
カウンターの前にやってきた二人に、昨日と同じ店員が頭を下げる。
「昨日の件は?」
「はい、こちらが鹿革の代金になります。それから職人の斡旋ですが、この紹介状を持って職人街に行けば、トーキンという革細工師に会えます」
「了解した」
「それから、もう一つこちらから用件があるのですが……」
袋に入った代金と紹介状の封筒を手に取ったユーアに、店員が少し萎縮した様子で口を開く。
「このヤレン支部の支店長が、お二方にぜひお会いしたいと申しておりまして」
「わかった。案内してくれ」
ユーアが即答すれば、一瞬硬直した店員は弾かれたように立ち上がり、「少々お待ちください」と小走りでカウンターを離れていく。
「してんちょうって何だ?」
「この商会のこの街でのトップの人間」
「ユーアの知り合いか?」
「いや、全く」
「……? ならなんで会う?」
「さあな。おおかた、厄介事でも頼みたいんじゃないのか?」
「???」
人体として危うい角度にまで曲がったワズの首を戻させつつ、カウンターを出てこちらへ駆けてくる店員に目をやった。
***
上客との取引に使われるのだろう応接間で待っていれば、扉が廊下側から叩かれた。
「どうぞ」
返事から一息おいて、扉がゆっくりと開く。部屋へと足を踏み入れた女は、その落ち着いた色でありながら品のあるドレスをつまみ上げ、乏しい表情のままその場で深く一礼をした。
「お初にお目にかかります、ルーヴァンス商会ヤレン支店長を務めるオフェリアと申します。こちらは私の弟であり、副支店長を務めるギル。お会いできて光栄でございます、『星』のお客様」
「堅苦しい挨拶は要らない。それよりも、私たちを呼んだ本題に入れ。どうせ厄介事だろう?」
向かいのソファーに腰掛けた二人にそう問いかければ、副支店長の方が口を開く。
「……その通りでございます。ですが、我々の意向とあなた様方の目的は一致しているはず。悪い話ではないかと愚考いたします」
「なるほど。こちらの目的を探るために調査をしていた訳だ」
「気を悪くなされたのであれば申し訳ございません。特別なお客様には最上級の敬意を払うよう言いつかっております。お客様が何を求めていらっしゃるのか、その調査を事前に済ませておくのも適切なご対応のためには必要と存じます」
「いい、気にしていない。それで――」
そこで彼女は言葉を途切れさせる。突然の沈黙に、疑問と緊張半々の表情を浮かべる二人をよそに、少女は小さく息を吐いた。
「……その堅苦しい話し方を止めることはできるか? 人として当たり前の礼儀さえあるのなら私は気にしない。もっと肩の力を抜いていい」
「しかし……」
「お前たちの考えも分かるが……さっきからずっと、私の連れが会話を理解できていない」
二つの視線が同時にユーアの隣へと向く。
「…………………………………………?」
そこでは闇色の瞳を丸くした青年が、小さく首を傾げたまま固まっている。向けられた視線にも気づかずに中空を見つめている様子は、少なくとも話を理解出来ているようには見えないことだろう。
少し考える素振りを見せたオフェリアが、不意に肩の力を抜く。
「……では、この話し方でいかせてもらう。問題はない?」
「ああ」
「姉上」
確認するような弟の声に、女は一つ頷きを返す。
「理解できない会話を続けることに敬意があるとは思えない。弟も緩く」
「分かりました。では……続けましょうか」
「関所の封鎖の原因は北の魔物の活発化……その情報は分かりやすく整えられたものであり、実際にはもう少し複雑かつ深刻です」
奥の部屋から持ってきた筒状の紙をテーブルに広げつつ、ギルが続ける。
「関所を中心とした地図です。そちらがヤレン、つまり西側。そしてこちらが北側。森を切り拓いて街道が整備されています」
「関所の向こうには大きな街はない?」
西側に描かれた大きな街とは対照的に、ほぼ森と道しか描かれていない北側を見てワズが首を傾げた。それに頷くのはオフェリアだ。
「北部の街は基本的に迷宮を中心に発展する。この辺りには迷宮がないし、冒険者は関所を越えるとき審査しないから、用があるならヤレンに来て済ませる……迷宮、知ってる?」
「魔族の作った地下遺跡ってユーアに聞いた」
「そう。北の歴史は迷宮と深く結びついている。迷宮から得られる利益は、その危険性を差し引いても余りある。だから北では、魔族を魔神と呼んで信仰している」
「そろそろ本題に戻ろう。封鎖の本当の原因とは何だ?」
地図に視線を落としていた少女の問いかけに、オフェリアはソファーから身を乗り出して地図のある一点を指さす。
「ここ……北の街道沿いの森の奥で、先日新たな迷宮が発見された」
「新しい迷宮が発見されるというのは、実に数十年ぶりのことです。姉上が言ったように、北では魔神信仰が文化に根づくほど迷宮の重要性は高い。そのため、冒険者本部はすぐに規模と危険度の調査のために冒険者を派遣し――そして彼らは10日経った今でも戻ってきていません」
「だからこその封鎖、というわけか」
「ユーア?」
「要するに、近くで危険なものが発見されたから関所を封鎖したということだ」
「分かりやすい」
「た、確かに分かりやすくはありますね」
枝葉を削ぎ落としすぎてもはやただの枯れ枝になったような説明をする少女と、それにこくこくと頷く青年。副支店長である男は苦笑いを浮かべ、支店長である女はゆったりと湯気の立つカップを口に運ぶ。
「ふぅ……ひとまず状況説明はこんなところ。結局のところ、このまま関所が封鎖されたままではこちらとしては商売あがったり。だから、早急にどうにかしなければならない……そこで、あなたたちに頼みたいことがある」
カップを置いたオフェリアは、背筋を伸ばして向かいの二人をまっすぐに見る。
「契約に従って、ルーヴァンス商会ヤレン支店長オフェリアが依頼いたします。内容は、調査を目的として迷宮へ潜入する冒険者の護衛です」
大商会の、交易の要所にある支店の長として遜色のない重い声。だが、相対する二人もその程度で怯むような性格はしていない。口元に手を当てて少し考え込んだ魔女は顔を上げる。
「聞きたいことがある」
「どうぞ」
「なぜ一商人、それも三年前の件でこの街において格が落ちているはずのルーヴァンス商会が、ここまで詳細な情報を握っている?」
「……弟、見せて」
「いいんですか?」
「疑われる方が悪影響」
促されたギルは、「父上から譲り受けたものです」と懐から懐中時計を取り出す。蓋を開いた彼が何か操作をすれば、美しい彫金がなされた文字盤がぱかりと外れた。裏に描かれている紋章を、向かいの二人に見えるように掲げる。
「これは他言無用としていただきたい情報なので、どうかよろしくお願いします。僕と姉上の家名はヘルヴィーン――ここヤレンの関所の管理を、西部の魔女様より任されている貴族の直系です」
「関所の管理はそのうち兄上たちの誰かが継ぐし、家にいると何もさせてもらえない。でも、ここなら兄上たちも表立って干渉してこない。商会長様には感謝」
「一商会の支店長と関所の管理者一族が親密であれば、癒着を疑われますからね。それから、商会では冒険者のヤレン本部と業務提携を結んでいます。こちらは商会長様の後押しと姉上の商人としての手腕ですね」
懐中時計を元に戻しつつ付け加える弟の言葉に頷き、オフェリアは眠たげにも見える無表情で続ける。
「そういうことなので、情報の信憑性については信用してほしい。ついでに、冒険者本部にも既に話はつけてある」
「随分と準備がいいな」
「元々、冒険者本部からの依頼は僕たちに出されたんです。ただ、さすがにそこまでの無茶は父上に許されません。だから代わりの人材をこちらでも探すと伝えてあったんですよ」
「オフェリアとギルは強い?」
「ヘルヴィーン家は武勲で……ええと、敵をたくさん倒したことの褒美として貴族になった家ですからね。父上や兄上たちには及びませんが、それなりに強いつもりです」
「でも、それなりはそれなり。私たちが欲しいのは確実。だから――この商会において特別な客のひとり、『星』の証印を持つあなたたちに依頼をしている」
その大海にも似た深い青の瞳が、目の前の少女と青年を見つめる。観察するような、あるいは値踏みするような沈黙ののち、女は静かに口を開く。
「答えて――引き受けるのか、引き受けないのか。こちらには、私の権限でできる全てをもってあなたたちを支援する準備ができている。あとは……あなたたちの返答次第」
テーブルを挟んだそこで、二つの視線が一瞬だけ交わる。向き直った少女の返答を聞いて、姉弟は笑みを浮かべた。
「ギル、オフェリアとあにうえたちは仲が悪い?」
「あー……いえ、仲が悪いわけではないです。ただその……兄上たちは姉上がかわいくてしょうがないんですよ」
「?」
「構われ過ぎると人はキレる。ほどほどを覚えたほうがいい」
「??」




