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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
61/104

小休止 04

 衛兵と別れて関所を離れた二人は路地裏を歩いていた。商会への近道である路地に人気は無い。きょろきょろと周囲を見回しながら少女に続いていたワズは、先程の会話を思い出した。


「ユーア、ゆちゃくって何だ?」

「……」

「ユーア?」


 不意にぴたりと足を止めた少女に従って、ワズも立ち止まる。


「どうやら……目をつけられたようだな」


 ため息混じりに振り返ったユーアの視線の先、来た道にはいつの間にか数人の男たちが立っていた。


「関所の辺りからずっと尾けられていた。……ワズ、お前は耳は悪くないが感覚が大雑把すぎる。もう少し細かいものにも気を配るよう意識しろ」

「頑張る」

「ああ、それで――」


「おいおい、いつまでこそこそ話してるつもりだ? お嬢ちゃんよぉ」


 にやにやと下卑た笑みを浮かべるのは、一番手前に立っている男だ。男の腰の剣に一瞬だけ視線を向け、ワズを押しのけるようにして前に出たユーアは口を開く。


「冒険者が私たちに何の用だ?」


 平坦で冷ややかな少女の声を、警戒による虚勢とみなした冒険者の男が口角を上げる。


「お嬢ちゃん……随分と衛兵に気に入られてるみてぇじゃねえか。教えてくれよ、どうやって取り入ったんだ?」

「何が言いたいのか理解できないが。あの衛兵は――」

「しらばっくれんじゃねぇ! ……なぁ、ちょっと教えてくれるだけでいいんだよ。あの関所を越える方法をな」


 人を脅すことに慣れた抑揚の付け方。だがそれに一切動じることのないユーアは、相手の頭の悪さに思わずため息をついた。


「……魔物の件が解決するまであそこが開く訳がないだろう。事が収まるまで大人しく待っていればいい」

「俺たちを舐めてんのか? 命が惜しいなら大人しく教えた方がいいぜ」

「無いものを聞かれても答えようがないな」

「……話を聞くのに腕と足は要らねぇな」


 端的に答えれば、勘違いをした冒険者たちが武器を取る。争いの気配を察知して前に出ようとするワズを、遮るように横に伸ばした少女の腕が止めた。


「ユーア」

「大人しくしていろ」

「でも」

「素手じゃ相手が死ぬ。剣じゃ横の建物が壊れる。お前はこの状況に向いていない」

「……」


 ぴしゃりと戦力外通告を受けたワズはしょんぼりと身を引いた。

 青年を制して前へと一歩踏み出した少女に、冒険者たちの視線が集まる。


「あん? 何だぁ? 今更教え」



「沈め」



 一瞬の静寂。直後、狭い路地裏に重い音がいくつも響いた。

 意識を失って地面に倒れ伏す冒険者たちを見下ろして、魔女は肩をすくめる。


「……さてどうするか」

「何がだ?」

「冒険者、という立場がどうもな。いくら考える頭のない阿呆共だとしても、冒険者である以上こいつらは名簿に登録されているはずだ。それが危害を加えられ行方不明にでもなれば、警戒される可能性が高い。こちらか危害を加えられたと突き出すにしても、私たちが二人とも無傷では説得力がないな」

「記憶を消すだけじゃ駄目か?」

「まあ……その辺りが無難だな」


 屈んだユーアが、その片手を近くに倒れている男の頭に翳した。再び凝集した白銀の魔力が、一瞬で円形の紋様を作り上げる。まるで精緻に組み合わさった歯車のような、ある種芸術品のようなそれが輝き――



「ありゃ……遅かったか」



 振り向いた二人の後ろ、大通りから路地裏に数歩踏み込んだその場所に、いつの間にか一人の男が立っている。

 目には覇気がなく、二、三日手入れを怠ったような無精髭はどことなくだらしなさを感じさせる。だがロングコートの下の要所を守る軽鎧と、よく手入れがなされた背中の斧槍が、男の身分を如実に示していた。


「……増援か」


 面倒臭そうに立ち上がったユーアは、先程作り上げた術式を維持したまま反対の手をロングコートの男に向ける。間にはワズが挟まっているが、どうせ効果はないため問題はない。相手を気絶させる衝撃波がその手から発せられる――直前で男はさっと両手を上げた。


「おっと待て待て。確かに俺も冒険者だが、こっちはそこに伸びてる馬鹿どもを取り締まりに来たモンだ」


 片手を上げ、もう片方の手で倒れ伏す男たちを指さしながら男は続ける。


「そいつらは西と北の間の密輸に関わっててな。長いこと手配がついてたのさ。やたらと北に戻りたがってたのも、荷を運ばないとまた仕事を受けられるか怪しいからだろ。ま、そいつらが焦ったおかげでこうして捕まえられるから俺らとしちゃ良かったがよ」

「衛兵じゃないのにとりしまる?」

「お前たちは知らないかもしれないが、冒険者ってのは国なんかの干渉を受けない特殊な立場でな。殺人でもしなけりゃ、衛兵でも安易には取り締まれねぇのさ。だがその代わり、冒険者にゃ冒険者なりの規則とそれに基づく自治体制がある。特権を傘に着てやらかす奴らは、冒険者なりの方法で対価を払うことになる……だからいい加減、そのおっかねぇ手をこっちに向けるのはやめてくれや、お嬢ちゃん」


 その言葉で、静かに男を観察していたユーアは目を細める。


「なるほど……確かに、私の警戒を掻い潜るに足る実力はあるらしい」

「そりゃまぐれだろ。そいつらの記憶は半日くらいなら消し飛ばしてくれて構わんが、できれば俺の記憶は消さんでくれると嬉しいね。じゃなけりゃ誤魔化せねぇだろ? いくら犯罪者とはいえ、冒険者が危害を加えられたとありゃ本部が動かないとは保証できん」


 深く被ったフードの下で、ユーアは沈黙する。しばらく考えを巡らせていた彼女は、ややあって男に向けていた手を下ろした。


「交渉成立だな。……って、おい。俺は記憶操作なんて芸当は出来んぜ」


 話は終わったとばかりに横を通り抜けていく少女の背に、困惑混じりの男の声がかかった。路地から出る直前で振り返ったユーアは、ついてくるようワズに合図をしつつ口を開く。


「もう終わった」


 そう言い残して、二人はさっさと路地を去っていく。

 残された男は倒れ伏す密輸者たちを見下ろし、そこに確かに魔術の痕跡があるのを確認して無言で肩をすくめた。

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