小休止 02
街は賑わっていた。広い道の両側には色とりどりの布が敷かれ、様々なものが売られているようだ。
「人がたくさんいる」
門を潜り抜けたワズは、きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回して呟く。
雑踏の中から賑やかな呼び込みの声が頻繁に聞こえてくる。思わず浮き足立った彼の服の裾が、ぐいと後ろへ引っ張られた。
「交易都市ヤレン――西部同盟に属してはいるが、実質的には独立国に近い。西部と北部の文化が混ざり合う特殊な街だ。あまり勝手に動くな。また迷子になられてはかなわない」
門での手続きを終えたユーアが、馬の手綱を引きながら隣に並ぶ。
「まずは宿に行くぞ、ワズ。馬の預かりもしている宿が向こうにあるらしい。三階建てで赤い屋根が目印だそうだ」
そう言いながら周囲を見回した少女は、無言でつま先立ちをする。しかし、周囲よりも頭一つ分小さい彼女にはそれでも人混みの向こうは見えない。
「ユーア」
「なん……」
満面の笑みで両手を広げる青年に、ユーアがひどく渋い顔をする。しばらく葛藤していた彼女は、やがて大きな溜息をついて肩を竦めた。
「二人、とりあえずは1週間、あと馬も預けたい」
背の高い青年に抱えられてやってきた小柄な少女を見て、しばらく硬直していた宿の受付は我に返る。
「……あ、は、はい。お部屋の方は別々にいたしますか?」
「同じでいい。高くなるだろう?」
「そうですね。ではこちらにサインを」
「わかった。おい、降ろせ」
少女の一言で、青年の気分が急降下する。路地に落ちている何かの布切れのように萎びた青年が、縋るような目をこちらへと向けてきた。
「……え、ええと……その、サインをするのはお連れ様でも大丈夫ですが」
「お前サインできるのか?」
「やる。ここに名前を書けばいい?」
一気に気分が急上昇したらしい青年がペンをとり、所作に似合わない丁寧な文字でサインをする。宿帳の書くべき欄を一通り埋めた受付は、カウンターの裏から札を取り出して少女に渡す――前に手を伸ばしてきた青年へと、視線で少女に了解をとってから渡す。
「こちらを世話係に渡してもらえれば、馬を預けられます。部屋の鍵はチェックインのときに渡しますから、こちらに声をかけてくださいね」
「わかった」
頷いた青年は踵を返し、少女の頭が枠に当たらないようにしっかりとしゃがんで扉をくぐり抜けていった。
***
馬を預けた二人は、再び街に出ていた。
「ユーア、これからどこに行く?」
一悶着を経てようやくワズの腕から下ろされたユーアは、絶対につま先立ちをしないように周囲を見回しつつ口を開く。
「まずは北の関所の通行申請をしに行く」
「せきしょのつうこうしんせい?」
「ああ。北の国々と西部同盟は、互いに不干渉が暗黙の了解になっている。自分たちの厄介事は自分たちで片付ける、という双方の考えで、ここの関所では煩雑な手続きがとられているんだ」
「難しいのか?」
「罪を犯したような記録がある人間はな。私たちには関係ない。以前と変わっていなければ、申請して一週間から二週間程度で通ることができるはずだ――」
「――と、思っていたんだがな」
ため息をつくユーアの前で、関所の衛兵である男は困ったように頭を搔く。
「すまんなぁ、嬢ちゃん。ほんの数日前から関所を封鎖するように上からお達しがあったんだ……どうにかしてやりたいんだが、俺たちにはどうにもできねぇんだよ」
「あなたたちはただ仕事をしているだけだろう。それに、予定がうまく行かないことには慣れている」
「……はぁ、嬢ちゃんぐらいだよ、そんなことを言ってくれるのは」
ぼやく衛兵の視線の先では、商人らしき人々が別の衛兵を囲み、半ば怒鳴るように何かをまくし立てている。
「気持ちは分かるんだがなぁ……」
「原因は魔物か? それとも政治的なものか?」
「魔物らしいんだが、具体的な情報は全然入って来ないんだ。……こりゃ俺の経験則なんだが、ここまで何も情報がない時は大体封鎖が長引く。短く見積もっても、ひと月は待たされるだろうなぁ」
「ふむ……少し考えてみよう」
「皆気が立ってる。嬢ちゃんみたいな身なりのいい子は絡まれてもおかしくない。護衛の兄さんから離れんよう気をつけるんだぞ」
「ああ、ありがとう」
ひらひらと手を振って関所から離れた二人は、来た道を戻る。先程の会話を整理しつつ考えを巡らせていたユーアは、不意の浮遊感で我に返った。
「……ワズ、一体何を」
「ユーア、飛んで越えるのは駄目なのか?」
突然抱え上げてきた青年が、諌めようとする彼女の耳元で囁く。振り返って立ち止まり、北と西を隔てる城壁を見上げる青年は、それがこっそりと交わされるべき会話だと自分で判断できたらしい。意図を理解したユーアは、さりげなく周囲に視線を走らせつつ口を開く。
「……穏便な方法で越えられるのなら、穏便な方法を使うのが一番だ。ひとまずは、情報収集をしつつ他のやるべき事を済ませるぞ」
「何をする?」
「金策」
***
関所から少し離れたところにある建物に連れて来られたワズは、辺りを見回す。
大きな建物だ。天井の縦横に渡された丸太からは照明がぶら下がっていて、その下で働く人々と訪れた客を照らしている。部屋の一角にはソファーが置かれているが、そこで待っているのはほんの数組で、その誰もが急いではいないように見える。関所や街全体の賑やかさや忙しさとは別世界のように、落ち着いた空気が流れている空間だった。
「ようこそ、ルーヴァンス商会へ。本日はどのようなご用でしょうか?」
「毛皮の買い取りを頼む。それと、これを加工してくれる職人に心当たりがあれば紹介してほしい」
にっこりと笑みを浮かべたカウンターの店員の前に、ワズに背負わせていた袋から荷物を出しつつユーアが答える。これ、と示されたもの――ワズが解体を失敗した分の毛皮を手に取って、店員は丁寧に検分する。
「これは……随分とやらかしましたね」
「ああ、どうせ売り物にはならないだろう。何か個人的に使う小物に加工できないかと考えている」
「……何か特別なもので?」
「こいつの初めての解体だった」
振り返らないまま指差されたワズは、先日の失敗を思い出してしょんぼりとしていた肩をさらに丸める。小さく苦笑した店員は、もう一度無事な毛皮と失敗した毛皮を確認してから一つ頷いた。
「買い取りは問題ありません。それから、革職人の斡旋も。では、証印をお預かりいたします」
「しょういん?」
「この商会での取引に必要なものだ」
「ええ、会員証のようなもので、お客様ごとに異なる意匠でお作りしています。お預かりした証印をこちらの名簿と照会するため、どのような取引でも必ず一日お待ちいただくことになりますが、商会の信頼のためには必要なことですのでご了承ください」
「……??」
親切に説明されたことは分かるものの、理解しきれずにワズは首を傾げる。何から質問すればいいかと考えていたところで、荷物を漁っていたユーアが顔を上げた。その手には、短い革紐がついた金貨ほどの大きさの金属が握られている。
「よし見つけた。これを」
「はい、確か……に……」
丁寧に受け取った店員が、その表面を見て硬直する。
「……何か?」
「い、いえ! では、また明日……お越しください」
慌てたように頭を下げて見送る店員から離れて、二人は商会を出た。
「……狸め」
既に日が落ち、街灯の光に照らされた大通りを歩きながら少女がぽつりと呟く。昼間よりも人が多くなった道では色々な声が聞こえるが、ワズがその声を聞き逃すことはない。
「ユーア?」
「何でもない。明日は少し忙しくなりそうだ。今日は早めに休むぞ」
首を振ってそう答え、少女は少し歩を早めた。




