西の魔術士たち 16
第一部隊に囲まれた男は、小さく苦笑してあっさりと剣を収めた。
「参ったな」
スタインツが両手を上げてそのまま拘束される。大人しく捕えられる第三部隊の面々に対して、傭兵たちは混乱しつつも応戦しようとする。しかしある者は武器を叩き落とされ、またある者は意識を刈り取られて速やかに拘束されていく。
一気に収束を迎えた広間の様子を眺めて、シゥルドは皮肉げに鼻を鳴らした。
「これだけ引っ掻き回してようやくのお出ましか。都合のいいもんだな」
「シゥルド」
「撤回する気はないよ。俺が第一に考えるのは魔女様の安全だ。……今回はかなり肝が冷えた。これが重要なものじゃなかったなら、命令なんて無視して護衛をしてたよ」
大きくため息をつきつつ、彼は腰に括りつけていたものをアルマへと手渡す。それを見て、ワズは目を丸くした。
「魔道具だ」
「そ。間違いなく本物だよ。王子の部屋にあった」
「シゥルドはこれを探してた?」
「王子が怪しい動きをしてるのは分かってたからな。ただ、魔道具の真贋を判断できるのは魔術士の素質がある人間だけだ。難癖だと思われないためには、魔女様がこの場ではっきりと偽物だと断言して、その上で本物が出てくるっていう流れがどうしても必要だった。でも、こうしてきっちりと対応できたのはあんたのお陰だ。助かったよ。俺が魔女様の敵なのか、なんて聞かれた時には何事かと思ったけどな」
思い出して愉快そうに笑うシゥルドに、ワズは首を傾げる。
「セフィスは信頼できる人間以外には話すなって言った。シゥルドは信頼できる人間だから話していい」
「その辺はあいつとの価値観の違いだろ。まあ、いくら何でも本人に直接聞くような奴がいるとは思わなかったんだろうが。さすがにあいつのことも少し哀れには……うん、全然思わないな」
「二人とも、そろそろ行きますよ。あと、その辺りの話はきっちりと説明してもらいますからね、シウ」
「はいよ、後でな」
歩き出す二人にワズもついていく。その先では、兵士に拘束されて王の前に膝をつかされている王子が居た。
***
無言で己を見下ろす王の前で、王子は俯く。しかし側に居た兵士によって強引に顔を上げさせられ、再び目を合わせることとなった。
「ち、父上……」
「……随分と好き勝手にやったようだな、セフィス」
溜息と共に吐き出された言葉には、隠しきれないほどの失望が滲んでいる。ぐっと怯んだセフィスは、睨みつけるように見上げて口を開いた。
「……キーバルは西部同盟の盟主国だ。なのに、どうしてその上に魔女が居なければならない。どうして皆、魔女に媚びへつらう。魔女が一体何をしたんだ? ただ同盟国にうるさく口出しをしているだけじゃないか。本当に魔女だっていうのなら、今すぐ目障りな侵略者共やいけ好かないウトラの連中を魔術で皆殺しに、」
「もうよい」
強い口調で遮られ、王子は言葉を止める。目を閉じて再び大きな溜息をついた父は、静かに瞼を開いて彼を見つめた。
「12年前の件があってから、お前の教育は私が信頼のおける臣下に任せていた。そして私としてもできるだけお前との時間をとることで、あの男に植え付けられた思想を取り除こうと尽力していた。そうしていけばいずれは王にふさわしい人間になれるものと、そう信じていた。だというのに……何一つ、お前に届いてはいなかったのだな」
一呼吸をおいて、王は厳然とした口調で続けた。
「そもそも我々同盟国と魔女様に上下関係など存在せぬ。しかし、我々が最も重要視するのは自国がよりよくなることだ。それゆえに、時に同盟には軋轢が生まれることがある。我々が同盟を維持するためには、国の中ではなく外からの視点が必要なのだ。……それを理解していれば、間違っても『媚びへつらう』などという言葉がお前の口から出ることはなかっただろう。……牢に入れておけ」
「……っち、父上!」
「追って沙汰を下すが……これだけの騒ぎを起こしておいて、これからもキーバルの王族として生きていけるなどとは思わないことだ」
はっきりと断言され、セフィスは呆然と父の顔を見上げる。王に軽く目配せをされた兵士は、無造作に拘束した王子を立たせて広間の外へと向かっていく。
連行されていく息子を複雑な表情で見送った王は、その背が見えなくなる前に踵を返す。そのまま少し離れたところで待っていた魔女の前までやってくると、兵士の手を借りてその場に跪き、深く頭を垂れた。
「ここまで静観していたことをお詫び申し上げる。あれの素質を見極めるために、あなた様を利用するようなことをしてしまった」
「……いいでしょう。しかし、此度の件で兵や民の信頼は随分と失われました。このまま続けば戦への不安にも繋がります。早急に手を打ちなさい」
「承知いたした。寛大な采配に感謝を申し上げる」
再び頭を下げたキーバル国王は、ふと顔を上げた。
「ところでだが……同盟軍の編成に、今から新たに我が国の兵を加えることは可能であろうか? 大臣が作った派兵の草案がある。先程の戦いの損耗具合を見て多少の調整は必要だろうが、あなたに許可を頂けるのなら明日には必ず間に合わせよう」
よく磨かれた古い剣のような、強い信念の宿った眼差しが魔女へと向けられる。しばらくその目を見ていた魔女は新緑の瞳を閉じ、呆れたように肩を竦めて口を開いた。
「駐留している各国の指揮官たちの報告によれば、まだ編成は決まりきっていないとのことです。というのも彼らはいまだ人員に不足を感じているそうでして。しかし既に派兵を表明した国の兵は出揃っていますし、どうすればよいというのでしょうね」
いつもの彼女とは似ても似つかない、投げやりで棒読みな言葉。その意味を理解した王は大きく目を見開き、先程よりも深く頭を下げた。
「……本当に、感謝申し上げる。あなたがたには、何度感謝をしようとも足りる気がせぬ」
「私は何もしていません。彼らが決断したことです。盟主国として、同盟の一国として、その信頼に正しく報いなさい」
二人の護衛を引き連れて、魔女は広間を出ていく。その足音が聞こえなくなってしばらく経ち、兵士が遠慮がちに声をかけるまでずっと、王は頭を下げていた。
***
きょろきょろと辺りを見回して、ワズは首を傾げた。
「何で外に来た?」
「魔道具を使うために必要だからです。広間だったら天窓がありましたけど、あそこが再び使えるようになるには丸一日はかかるでしょうからね。先程、大臣にこちらの準備を頼んでおいたんですよ」
そう答えるアルマの視線の先には、腰ほどの高さの小ぶりな机が置いてある。広い屋上にぽつんと置かれた机の上では、シゥルドの手によって運ばれた針金の台とそれにかけられた魔道具が揺れている。位置の調整が終わって振り返った男は、渋い顔で主を見つめた。
「……魔女様、本当に今すぐやるつもりか? あれだけの騒ぎがあったんだ。少し休んだらどうだ?」
「これ以上予定よりも遅れて民を不安にさせるのはよくないですし、そこまで疲れてませんから大丈夫ですよ。ワズさんも、少し下がっていてくださいね」
戻ってきたシゥルドと交代するように前へと歩み出たアルマは、魔道具を手に取る。
ランタンによく似た形をしているそれには、しかし火をつけるための部分が存在しない。代わりに中に入っているのは、子供の握り拳ほどの透明な水晶玉だ。水晶玉の中を覗き込むことのできるほどの高さまで魔道具を持ち上げた魔女は、気を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をして、詠唱のために軽く息を吸った。
その瞬間だった。
「――ぇ、」
「アルマ!」
がくん、とその体から力が抜ける。そのまま硬い床に崩れ落ちそうになったアルマを、ギリギリのところでシゥルドが受け止めた。ぐったりとした体を抱え上げたシゥルドは、飛び退くようにワズのところまで戻ってくると正面へ警戒の視線を向けた。
そこでは、魔女の手を離れた魔道具が床に落ちることなく、空中でゆっくりと回っていた。
チリン、と幽かな音が響く。
シゥルドが小さく息を呑み、さらに視線を鋭くする。張り詰めた沈黙の中、ランタンについている小さな鐘が再び澄んだ音を響かせ、水晶玉の中に光が灯る。
チリン、チリンと音を鳴らすごとに強くなっていく光はやがて柱のように収束していく。顔を上げたワズは、空へと放たれた光が国を包み込むようにその形を変えるのを見た。




