西の魔術士たち 13
「お待たせしました」
振り返ったワズの前には、繊細な衣装に身を包んだアルマが立っている。頭から足まで何度も視線を行き来させ、ワズはまじまじと観察する。
「いつもと違う」
「魔女としての正装ですよ。今日は公式の場所ですから」
「頭も違う」
「髪も化粧も整えてもらいましたからね。屋敷から駆けつけてくれた侍女たちの自信作です」
触ると崩れますから、と伸ばされたワズの手をやんわりと退けつつ、アルマは人払いのされた城の廊下を見回して眉をひそめる。
「シウはまだ来ていないようですね。頼んでいた用事は今朝までに終わるはずのものなんですが……ワズさんは彼の行方について何か知りませんか?」
「知ってる」
「え?」
「でも言わない」
「えぇ……?」
肩を落として脱力したアルマが困惑混じりに彼を見上げる。
「一応聞きますけど、どうしてですか?」
「アルマには言わないって約束した」
「……それは知ってると答えた時点で駄目なのでは?」
「そうなのか?」
「そうですね?」
首を傾げて問いかける青年に、アルマも首を傾げつつ答える。きょとんとした表情でしばらく考えを巡らせていたワズは、やがて眉を下げた。
「どうすればいい?」
「わ、私に聞くんですか……? 別に答えたことが知られているわけではないんですから、嘘をつけばいいんじゃないですかね」
「本当だ。アルマは賢い」
「……そ……尊敬の眼差しが痛い……」
目を泳がせたアルマは仕切り直すように咳払いをし、パンと両手を合わせて笑みを浮かべる。
「と、とにかく、そろそろ行きましょうか! 既にキーバル側も準備は終えているでしょうし、城下にも予定の時間は知らせているので、あまり遅れると民を不安にさせてしまいます」
「城の外にいるのに城の中のことが分かる?」
「国全体に見えるような魔術を使うんですよ。幻影ですけど」
「楽しみだ」
「あ、あまり期待されると重圧が……」
いつも通りにとりとめのない言葉を交わしつつ、二人は廊下を進んでいった。
***
広間に入ったワズが最初に思ったのは、「これからここで訓練でも始まるのだろうか」だった。
中央にある台座へと向かう両側には、キーバルの兵士たちが何列にもなって並んでいる。その中に第三部隊の面々を見つけたが、他の兵士たちと同じ姿勢で前だけを見ている姿はまるで置物のようだ。
いつもよりもゆったりと歩いていたアルマが台座の前で立ち止まり、ワズもその斜め後ろで足を止める。静寂の中、彼女が小さく息を吸うのが聞こえた。
「西部は今、大きな脅威に晒されています」
声自体は決して大きくはない。むしろ、いつもワズやシゥルドと交わす声よりもずっと落ち着いている。しかし、染み渡るような響きをもって、魔女の声は広間にいる人々へと届けられる。
「西の海より訪れ、この地に災厄をもたらす存在……私たちは親から子へ、そしてさらに子へとその脅威を永く語り継いできました。後世この地に住まう人々が、二度と理不尽に全てを喪うことがないように。そんな願いを、受け継いできました――しかし、」
朗々と紡がれていた声が、そこで僅かに揺らぎを見せた。一瞬だけ黙り込んだ魔女は、留めた空気を静かに吐き出すように続ける。
「300年以上も立った今、その願いは儚くも消え去りました」
思わず、といった様子で広間の奥に並んでいるキーバルの要人たちが溜息を洩らした。それに同調するようにそっと目を閉じ、再び開いた魔女は、先程までよりも強い眼差しで広間を見渡す。
「この数ヶ月、同盟は準備を重ねてきました。確実にこの脅威を排除するために。奪われた多くのものに報いるために。このまま侵略者たちを野放しにし、西部に暮らす民を危険に晒し続ける気など一切ありません。必ずその所業の報いを受けさせることを、そして西部に平穏をもたらすことを、魔女の名にかけてここに誓いましょう」
先程よりも熱の入った口調で魔女は言い放つ。一瞬の沈黙ののち、広間は割れんばかりの拍手の音でいっぱいになった。鋭い表情を浮かべていた彼女も、幾分か表情を緩めて微笑む。 す、と片手を上げれば波が引くように拍手が収まった。一歩前へと踏み出した魔女は、その手を台座の上にある魔道具に目をやる。
「この西部に、同盟に、祝福と勝利を」
ランタンの形をしているそれは、蔓のような形の針金にかけられて台座に置かれている。手を伸ばした彼女は――魔道具に触れるか触れないかというところでぴたりと止まった。
「――何のつもりでしょうか、セフィス王子」
先程までとは違う、感情らしい感情を排した声が広間に響く。何が起きているのか分からない人々の視線が、要人たちの中央に集まる。そこに立っている男は、びくりと肩を震わせて顔を上げた。
「な……何の話だろうか?」
「この魔道具は偽物です。本物をどこに隠したのですか?」
魔女の言葉を聞いて、広間にどよめきが広がる。喧騒の中、王子は動揺を隠せないままに口を開いた。
「ど……どうして僕にそんなことを、」
「この魔道具はキーバルで保管されていた物です。今のキーバルのトップであるあなたに責任を問うのは当然ではありませんか?」
「それは……」
忙しなく目を泳がせ俯いた男は、ぐっと奥歯を噛み締めて魔女を睨みつけた。
「こ、この女は魔術が使えないのを誤魔化そうとしているだけだ! 魔術の使えない魔女なんて、」
「随分と台詞じみた言葉ですね。私が魔術に失敗していたら、そんな風に糾弾しようとしていたのでしょうか?」
「なっ……お、お前は、」
「セフィス王子」
キン、と空気が冷え込み、何かを言おうとしていた王子は表情を凍りつかせる。戸惑っていた兵士たちもさっと息をひそめ、この場の支配者である一人の女へ釘付けになる。人間の心臓の音さえ聞こえそうな静寂の中、冷や汗を額に滲ませた王子の前までやって来ると彼女はその足を止めた。
「私があなたから聞きたいのはただ一つです」
冷ややかな表情を浮かべた魔女は、その新緑の瞳で王子を静かに見つめる。
「あなたはこの私の――西部の魔女の敵ですか?」
ひゅ、と喉奥を鳴らして王子は気圧されたように一歩後ずさった。呆然と魔女を見つめていた男の、その顔が怒りに染まる。
「……っ、へ、兵士たちに命じる! この女を殺せ!」
唾を飛ばして喚く王子の姿に兵士たちは顔を見合わせ狼狽え、要人たちは胡乱げな眼差しを向ける。
そんな中、アルマとその周囲にだけ警戒を払っていたワズは、混乱の中で彼女を狙う殺意を察知して床を蹴る。
一歩目で台座を跳び越え、二歩目でさらに加速しつつ鞘ごと剣を抜いた彼は、くるりと振り向くようにしてアルマを背後から狙った一撃を受け止めた。即座に押し返して相手の態勢を崩そうとしたところで、剣にかかる重さが消える。まるで剣そのものが消え失せたと錯覚するほどの技量で攻撃を受け流し、相手が距離をとった。
他への警戒を保ちつつ剣を構え直したワズは、困惑の表情で相手を見つめた。
「あの距離から防いだか。流石の身体能力だな」
「……スタインツ」
第三部隊の隊長である男は、吊っていたはずの腕で剣を握って苦笑した。




