西の魔術士たち 10
穏やかな昼下がりの空の下、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。
シゥルドと護衛を交代したワズは、訓練場へとやってきていた。
というのも、剣術らしい剣術をほとんど知らないままに剣を振り回しているワズを見かね、スタインツに教わるようシゥルドが話をつけてくれたからだ。ワズとしても知らないことを知るのはおもしろいため、護衛の仕事が午前で終わるときにはスタインツの許を訪ねて来るのがここのところの習慣になっていた。
きょろきょろと片腕を怪我した男の姿を探すワズを、訓練場にいる兵士たちが遠巻きにしている。妙によそよそしい兵士たちに彼が首を傾げたところで、その中から見知った顔が出てきた。
「……何故貴様がここにいる?」
片眉を上げ、第二部隊の隊長である男が問いかける。
「スタインツを探しに来た」
「第三部隊ならば急遽任務が入り不在だ。代わりに第二部隊がここを使っている」
「そうなのか……」
よくよく見れば、確かに兵士の中にはワズが吹き飛ばした相手も混ざっているようだ。スタインツが居ないのであれば仕方がない。肩を落として踵を返そうとしたところで、「待て」と平坦な声が彼を呼び止めた。
「貴様がここに来たのは、あの男に剣術を教わるためか?」
「そうだ」
「ならば今日は私が教えてやる」
聞き耳を立てていた他の兵士たちがざわつく。それを視線一つで制し、首を傾げるワズに向かってグリダは続ける。
「一刻も早く剣術を習得するのは、魔女様の護衛にあたっている貴様にとって急務だ。時間を無駄にする気がないのなら、さっさと来い」
「――時間だな」
懐から取り出した小さな丸いものを確認し、男は軽く頷いて地面を見下ろす。
「私はこれから会議に行く。この後もまだ貴様が鍛錬を続けたいというのなら、好きにするがいい」
それだけを言い残し、訓練用の剣を片付けた男はさっさと訓練場を去っていった。ぽかんとしたまま見送るワズに、近くで訓練していた兵士が恐る恐る近づいてくる。その中にはシゥルドを怒鳴りつけた男や、ワズと試合をした男たちもいる。
「……お、おい……大丈夫か?」
「? 何がだ?」
「何がって……隊長にだいぶしごかれてただろ。大丈夫か? 怪我は? 治療行くか?」
土だらけで地面に横たわったままのワズに、わらわらと集まってくる兵士たちが心配そうな目を向ける。
「うちの隊長が暴れてすまん……」
「あの人、ああ見えてめちゃくちゃ脳筋だからな……」
「俺たちも訓練すると二、三回は隊長にボコボコにされるしな……」
顔を見合わせて肩を落とす男たちに首を傾げつつ、上半身を起こす。そのまま立ち上がったワズに、おお、と小さなどよめきが走った。
「……こいつ今日何回隊長にぶっ飛ばされてた?」
「俺数えてたよ。二十四回だ」
「嘘だろおい。今までの最高記録十一回だったろ」
「やっぱり魔女様の護衛ってのはこれくらい頑丈じゃないと駄目なのか……」
「これ努力でどうにかなるのか?」
あれこれと好き勝手に言い合いながら、兵士たちはぞろぞろとどこかへと歩いていく。ついて来るように手で合図され、ワズもそれに続いた。
***
「隊長の師匠は、先代の魔女様の護衛役だったんだ」
辿り着いたのは訓練場のすぐ隣にある、第三部隊の兵舎だった。椅子に腰を下ろして、最初に声をかけてきた男がそう口にする。
「せんだい」
思い思いに休憩している面々の中に混じって座るワズは、聞き慣れない単語を繰り返す。合点がいっていない青年の表情に別の男が口を挟む。
「魔女の家系の方は、魔女として表に立つ時以外にはその名前も存在すらも明かされることはないが、先代魔女がアルマ様の叔母にあたる方だったことは知られている。お前もアルマ様の護衛なんだから、西部の魔女の歴史についてちゃんと知っておけ」
「歴史はおもしろいから好きだぞ」
「ならちゃんと聞くんだな。西部の魔女は、初代魔女のルベーニア様の子孫が代々務めていらっしゃる。ルベーニア様は魔女が魔術で人を傷つけることを禁じられた。その代わりに居るのが護衛。魔女様の剣となり盾となる存在だ」
「人間は剣と盾になれるのか?」
「馬鹿、比喩表現だっての」
何事かを考え込むワズに呆れた視線を向けつつ、男はため息をつく。
「ずっと昔は魔女様が同盟国を一年おきに回っていて、滞在している国の最も優れた兵士が持ち回りで護衛役をしていたこともあった。だが、そいつらが魔女様に馬鹿をやらかしたことで、魔女様は独自の護衛をつけるようになったんだ」
「馬鹿をやらかすって何だ?」
純粋な問いに、男たちは顔を見合わせ微妙な顔になる。しばらく沈黙が流れた後、一人が顔を顰めつつ口を開いた。
「……魔女様を手に入れようとしたんだよ。もっとも、それにはそれぞれの国の思惑も絡んでいたらしいが。どうしようもない馬鹿共だ。中立を保つ魔女様がそんなことに応じるはずもないってのに」
「それで生まれたのが魔女様の護衛という立場だ。……まあ、ある意味ではよそ者のお前がその立場につくのも納得ができるんだよ。少なくともキーバル出身の、しかも下級とはいえ貴族の出の俺たちじゃ誤解されかねない」
「貴族なら知ってる。クロフと同じだ」
「いやどこの誰だよ……うちの第二部隊は基本的に貴族出身者の集まりだ。でも別に、俺たちはコネでここに留まってるわけじゃない。そんなことを隊長は絶対に認めない」
「俺たちは隊長を尊敬してる。あの人になら着いていけると思ってる。自分の考えをしっかり持っていて、納得できなければそれを決して曲げないところも信頼できる……第三とは大違いだ」
「?」
小さく付け加えられた言葉の意味をワズが聞き返す前に、大きく頷いた他の男が続きを引き継ぐ。
「もちろん、隊長を務めてるだけあって腕も確かだ。剣の教え方は正直に言って荒っぽすぎるが、アドバイスは的確だしな。それに軍に入ったばかりの貴族のボンボンにゃ、あれぐらいしごかれる方が丁度よかったよ」
「肉体的にも精神的にも折り砕かれるからな……」
「あの頃はまさか、ここまで隊長を信頼するような日がくるとは思ってなかったな……端的に言ってクソ野郎だと思ってた」
な、と互いに同意する男たちは、そのままグリダの話で盛り上がっている。しばらくその話に耳を傾けていたワズは、同じように聞き役になっている隣の男を見た。
「魔女を守るのは魔女の護衛だけの仕事ってことか?」
「そうだ。何か気になることでもあったか?」
「何でスタインツたちがアルマの護衛をしてた? スタインツはキーバルの兵士だ」
ワズの質問に、男は表情を固くした。
「……さあな、第三部隊にそれを命じたのはあの男だ」
「あの男?」
「シゥルド――魔女様の護衛という立場でありながら、他国に行く時でさえ他の奴に任せるような無責任野郎の名前だよ」
ひどく顔を顰め、吐き捨てるように男は答えた。




