西の魔術士たち 06
しばらくして、ワズとシゥルドは応接間というには殺風景すぎる兵舎の一部屋へと通された。向かいには二人を出迎えた若い兵士ともう一人、見覚えのある男が座っている。
「驚いたよ……まさかシゥルドが君を連れて来るとはな」
隊長格の制服に片腕だけを通した壮年の男は、そうしみじみと呟く。第三部隊隊長のスタインツと名乗った彼は、胸の前で吊っている片腕を軽く叩いた。
「私がこれだけで済んだのも君のお陰だ。改めて礼を言わせてくれ。魔女様の新しい護衛を雇うという話は昨日のうちに聞いていたが、君だというのなら納得だ。だが……その、君は旅人だろう? 護衛になるのなら簡単にこの国を離れることはできない。それでいいのか?」
「よくない。だからまだ決めてない」
首を振ったワズに、スタインツは怪訝な表情でシゥルドを見る。
「どういうことだ?」
「こいつはこの地に残るか迷っているらしい。それで、だったら試しにやってみないかってことで来てる」
「ここのことをもっと知りたい。だから城に来た。知ってから決めたい」
「……なるほど。魔女様の護衛を試しで、か。第二のあいつらが聞いたら失神してしまいそうな話だ」
「冗談じゃないから笑えないんだがな。ま、魔女様も納得してる話だ。他の奴らに伝えるついでに、適当に広めておいてくれると助かるよ」
苦笑しつつ頷いたスタインツは、ふと何かを思い出したように声を上げた。
「ああそうだ。君から預かった剣をまだ返していなかったんだ」
「剣?」
「馬車に乗るときに預かっただろう。丁度いい、今取ってこよう。少し……」
「あ、ワズさんの剣なら俺が取ってくるっすよ!」
立ち上がろうとしたスタインツを押し留めて、ずっと黙っていた兵士が椅子を立つ。そのまま返事も聞かずに勢いよく部屋を飛び出していき、呆れと微笑ましさが混じった表情のシゥルドとスタインツ、そして何も事情を知らないワズが残された。
「……あいつ、何でずっとおれを見てた?」
開け放たれたままの扉を見つめて首を傾げる。あの若い兵士は会話の最中もずっと目を輝かせ、ワズの一挙一動に釘付けになっていたのだ。いくらワズでも、目の前で凝視されていればさすがに少しは気にする。隣でそれを見ていたシゥルドは笑いを堪えながら口を開いた。
「あいつはあんたに憧れてるんだとさ」
「あこがれ?」
「彼は今回の護衛任務には来ていなかったんだが、たった一人で盗賊を蹴散らした青年の話を聞いてすっかり、な。一応、君の強さは参考にできるものではないとは伝えたんだが……あまり気にしないでやってくれ。若い時分にはよくあることだ」
「気にしなくていいなら気にしない」
「それでいいよ。ああそうそう、任務と言えば――」
シゥルドか何かを口にしかけたその時。
荒々しく扉を叩く音が、第三部隊の兵舎に響いた。
***
扉を開けたスタインツは、その表情を僅かに固くした。
「何か用か、グリダ」
「ただの盗賊に遅れをとる貴様ら愚か者共に用などない」
平坦な声で否定を返した男は、スタインツが羽織っている上着とほぼ同じものをきっちりと着こなして兵舎の前に立っていた。白が混じった髪は神経質そうに撫で付けられており、おおらかな印象のスタインツとは対照的に近寄り難く堅苦しい雰囲気を纏っている。
「黒髪の男がここに居るはずだ。その者を出せ」
「おれか?」
眉を顰めて答えようとしていたスタインツが、ひょっこりと後ろから顔を出したワズに目を剥く。グリダはスタインツを押し退けるようにして兵舎に足を踏み入れると、青年を無遠慮に眺めながらゆっくりとその周りを歩き回る。まるで骨董品の真贋を見極めようとするかのようにしばらくそうしていた男は、小さく息を吐いてどこか間の抜けた表情のワズを見上げた。
「貴様が魔女様の護衛を拝命したという者か?」
「アルマのことか?」
「貴様! 魔女様を呼び捨てにするとは何事だ!」
ワズの問いかけに声を上げたのは片眉を上げたグリダではなく、その後ろに立っている男だ。少し考えて、それが先程廊下で会った変な兵士だと思い出す。
「アルマはアルマだぞ」
「せめてアルマ様って言っときな。こいつらとはそうしないと話が進まないんだよ」
面倒そうに頭を掻きながらやってきたシゥルドがそう口を挟み、後ろの兵士は額に青筋を浮かべる。しかし、兵士が再び怒鳴り声を上げる前にグリダが口を開く。
「シゥルド、貴様は何をもってこの者が魔女様の護衛に足ると判断したのだ?」
「魔女様と第三を盗賊の襲撃から救ったこと。それと、魔女様自身がこいつを評価して信頼してる。それで十分だろ」
「つまり、貴様は直接この者の実力を見たわけではないのだな」
「だったら何だよ? 第三の実力ならあんたも知ってるだろ」
「では――その盗賊共とこの者が結託している可能性は?」
不機嫌そうだったシゥルドの表情に、初めてそれ以外の色が浮かぶ。ちらりと、一瞬だけ向けられた視線に籠った感情はワズには読み取れない。
「……本気でそんなことが有りうると? 計画としてあまりにも不確定要素が多すぎるだろ」
「だが完全に否定できるわけでもなかろう。実際、こうしてこの者は魔女様の護衛になっている」
淡々と続けるグリダの後ろで、なぜか後ろの兵士が得意げな顔をしているのが見えた。黙り込んだシゥルドから状況が掴めていないワズへと、その感情の籠っていない視線が移動する。
「私が興味を持っているのはただ一つ。貴様に魔女様の護衛をするだけの実力があるのか、だ」
「おれがちゃんとアルマを守れるかってことか?」
「……そうだ。そして今日は都合がいい。訓練場の使用権が我々第二部隊にあり、ちょうど私の部下たちが集まっている」
「何をするんだ?」
「一昨日の盗賊の襲撃の再現だ。私の部下たちを無力化すれば貴様の実力を認めよう」
その言葉に表情を変えたのはスタインツだ。
「いい加減にしろ、グリダ。卑怯な手を使って彼をこき下ろすのが楽しいのか?」
「卑怯? この者が三十人以上いた盗賊共を一人で蹴散らしたと報告したのは貴様だ、スタインツ。それほどの力があるのなら、たかだか五人程度を無力化する程度どうということはなかろう。違うか?」
最後の言葉はワズへと向けられていた。少し考えて、彼は口を開く。
「むりょくか、はどうすればいい?」
「相手が直ちに戦闘を続行できない状態にすればいい。しかし、殺害と必要以上の怪我を負わせる行為は禁止する」
「必要以上の怪我?」
「武装解除のためにわざわざ手首を切り落とす必要はない。武器を叩き落とせば事足りる。そういうことだ。戦争が近い以上、無意味な損害を出してはならん」
「わかった」
あっさり頷いた青年に、スタインツがぎょっとする。どうにかして止めようと口を開いた彼を制止したのは、ずっと黙っていたシゥルドだ。
「あいつの好きにさせてみてくれ、スタインツ」
「だが……」
「あいつの実力は俺も一度見ておきたい。第二が自分からやられ役になってくれるのなら、それこそ損失なんてないようなもんだろ。いざという時には、俺がなんとかするからさ」
こっそりと耳元で囁く男が、二十五という若さに反してひどく優秀であることはスタインツもよく知っている。走ってきた彼の部下が青年に剣を渡す。険しい顔でそれを見つめて葛藤していたスタインツは、やがて大きく息を吐いた。
「……くれぐれも頼むぞ。彼は魔女様だけでなく私たちの恩人でもあるんだ」
「もちろん。まあ、俺は心配する必要はないと思うけどな」
「それは、」
「ただの勘」
がっくりと肩を落としたスタインツの背中を笑いながら軽く叩いて、シゥルドは訓練場へと連れられていく青年を追いかけていった。




