西の魔術士たち 04
ぼんやりとした白い空から光が降り注いでいる。
王都というのは、国の中心にある街だという。ワズが今まで訪れたことのある王都はゼレムナのものだけだ。キーバルの王都はゼレムナよりも小さいが賑やかで、人々の動きは活発に見える。それがいつものキーバルなのか、それとも戦争が近いからなのかはワズには分からなかった。
白い雲に覆われた空の下で、ワズは大きな体を小さく丸めて座っていた。その近くにローブの少女の姿はない。早朝に宿を出たユーアがどこに向かったのか、彼には分からない。なぜなら、昨夜からワズはユーアと言葉を交わしていないからだ。
何故か今は、ユーアと顔を合わせたくなかった。
そう思う己が嫌で、しかしどうしてそんなことを思うのか、どうすればそう思わなくなるのか彼には分からない。そうして答えの糸口が見つからない疑問を抱えたまま、部屋に戻ることも街へ出ることもせず、宿の入口の石段にぼんやりと座っているのがワズだった。
――いっそ、ワズが元の姿に戻って、ツツとやらの軍を消し飛ばしてしまえば解決するだろうか。
ふと、そんな考えが転がり込んでくる。ツツさえ居なくなれば、戦争は起こらないはずだ。つまり、ワズが残るか残らないかで悩む必要もない。
「あの、」
いや、確かツツは島国だと聞いた。島というのは、海から顔を出した小さな土地のことらしい。それならば、島ごと消し飛ばしてしまったほうが間違いないかもしれない。
「……あの、ワズさん?」
相手が人間であることがすっぽりと頭から抜け落ちたワズは、勢いよく立ち上がり――そこでツツが海のどの辺りにあるのかを知らないことに気づいて、再び肩を落とした。
「……?」
何か聞こえた気がして前を見れば、そこには二人の人間がいた。
「び、びっくりした……いきなり立たないでくださいよ……」
その片方、仰け反って固まっている女をまじまじと見つめて、ワズは首を傾げる。
「アルマ? 何でここにいる?」
「お忍びの視察だよ。よくやるんだ」
答えたのは、アルマの隣でその背を危なげなく支えている男だ。その淡い金髪は、変装用の帽子から零れ落ちたアルマの髪よりも少し濃い色をしている。着崩した服装や軽薄な表情は見る者に不真面目そうな印象を与えるものの、ある程度武を解する者ならば立ち振る舞いには隙がないことが分かるだろう(もちろんワズには分からなかったが)。
「そして俺はその護衛をしてるシゥルド。あんたのことは話に聞いてる。あいつらを助けてくれてありがとな」
差し出された手を見て、少し考えた後に握り返す。シゥルドはニヤリと笑って親しげにワズの背を叩き、自然に近づいたその耳元で囁いた。
「とりあえずここは目立つ。近くに俺の馴染みの店があるから、積もる話はそっちでどうだ?」
***
妙に愛想よく注文を聞いて去っていった店員の女を見送りながら、席に着いたアルマが眉をひそめて周囲を見回した。
「あの、どうしてここの店、どの机も壁で仕切られているんですか? すごく狭いですけど……」
その言葉の通り、案内された席は大きな机と二脚の長椅子が、小さな部屋にぴったり収まるように設置されている。奥に座らされたアルマは、隣に座るシゥルドに肩が触れないよう詰めながら疑問をこぼす。
「そりゃ、いかがわしいことする店だからな」
「そうなんですね。いかが……は?」
「ちなみに二階は宿になってて、でかい寝台もある。ちょうど人二人が寝転がれるくらいのな」
信じられないという顔で隣の男を凝視した彼女は、はくはくと口を開閉することしかできない。それをニヤニヤと眺めていた男が付け加えた。ややあって硬直から戻ってきたアルマは、顔を真っ赤にしてぶるぶると震えながら立ち上がろうとする。
「な……な……何考え、むぐ!」
「ほらお行儀よくしてな。安心しろ、昼間は普通のうまい飯屋だよ」
「ぐ……ぅぅ……」
凄まじく納得のいかなそうな顔で呻き、アルマはがっくりと肩を落とした。大人しくなった彼女の口から手を離したシゥルドは、向かいに座るワズの方を見る。
「てなわけだ。ま、俺の奢りだから我慢してくれよ。この辺りじゃ、ここくらいしか周りを気にせずに話せる場所がないもんでな」
「よく分からない。なんでアルマは怒ってる?」
「……へぇ、話に聞いてはいたけど本当に世間知らずなんだな。あんたが気にならないなら気にしないでいいよ」
「分かった」
ワズは素直に頷く。珍しい模様の猫を見るような視線を向けつつシゥルドは煙草を咥え、すぐにそれをアルマに引き抜かれた。
「――そういえば、今日はユーアさんはご一緒ではないんですね」
しばらくして料理が並んだ。一口大に切られた根菜のスープを口に運びながら、アルマが思い出したようにそう零した。こんがりと焼けた肉に齧り付こうとしていたワズは、ぴたりとその動きを止める。静かにフォークを下ろし、飼い主とはぐれて土砂降りの中を探し歩く犬のように項垂れた彼を見て、シゥルドが首を傾げた。
「おいおい、どうしたんだよ。喧嘩でもしたか?」
「……喧嘩は、してない」
「じゃあ何をそんなに落ち込んでる?」
さらに追及する男と黙ったままの青年を交互に見て、アルマが心配げな表情になる。それを片手で制しつつ静かに返事を待つシゥルドを見て、ワズは口を開いた。
***
一部を除いて事情を説明し終わる頃には、二人の反応は分かれていた。
「……私があなたたちに声をかけたばかりに、そんなことになってしまったなんて……すみません」
アルマはひどく申し訳なさそうな顔で頭を下げる。その隣で、シゥルドは少し呆れたように腕を組んで軽く唸った。
「んー……まあ、俺は彼女が正しいと思うよ。国の厄介事はその国の人間が解決するべきだ。後腐れがないからな。そこにちゃんと介入したいなら、介入するだけの分かりやすい理由がある人間になるのが妥当だろ。つまり国民だな」
「……人間が死ぬのが嫌なのは理由にならないのか?」
「ならないとは言わないが弱い。だいたい、それなら必ずしも俺たちに力を貸す必要はないだろ。場合によっては争いを防ぐために敵対する可能性だって考えられる。いつこっちの敵になるか分からない人間を信用するのは難しいよ。しつこく軍に勧誘されたり出国を制限されたりするならまだいい方だ。最悪、『他の人間の手に渡るくらいなら殺してしまえ』になってもおかしくはないな」
「私の恩人にそんなことさせませんよ」
「最悪って言っただろ。俺だってそんなことさせてたまるか。……まあ結局、あんたか旅か西部かを選ばなきゃならないのは変わらない。だが――」
そこで表情を消し、シゥルドは机越しに青年をじっと見つめる。不思議そうに見つめ返すワズをしばらく無言で観察していた男は、ふっと息を吐くと机に頬杖をついて愉快そうに深緑の双眸を細めた。
「……うん、一つ提案がある」
「提案?」
「あんたさ、うちの魔女様の護衛を試しでやってみないか?」
「っ、は、はぁ!? 本気で言ってるんですか!」
口に含んでいたものを危うく吹き出しそうになったアルマが、何とか飲み込んでから叫ぶ。
「本気本気。護衛くらいならできそうだし、あいつらも自分たちを助けた恩人なら何も言えないだろ」
「だ、だからそういうことではなくて!」
「形式的には俺の客ってことにすればいい。身分もまあ適当にごまかして……うん、いけるいける」
「そ……そういうことでもなくて……!」
ぐい、とその耳を引っ張り、アルマは周囲を気にしながら声を潜めた。
「彼はユーアさんの連れなんです。国と距離を置いている、魔術士であるユーアさんの。そんな彼を国に引き込むようなことをしたら……」
「そのユーアさんとやら、聞いた限りじゃ随分と話が通じる人間だと思ったけどな。うちの魔女様が魔術士の間に無駄に争いを起こさないように、いろいろと常識を教えてくれたんだろ? まあ、まさか徹底的に説き伏せられた次の日にのこのこ会いに来るほど、うちの魔女様が打たれ強いじゃじゃ馬だとは知らなかったみたいだが」
「う、ぐ……し、仕方ないじゃないですか。国に依らない魔術士の考えを聞ける機会なんて、二度とあるか分からないんですから……」
口の中でもごもごと言い訳を続けるアルマを「はいはい」と軽く宥め、シゥルドは首を傾げたままの青年に視線を戻す。
「んで、どうする? 俺は城の連中にあまりよく思われてないから、知り合いとして来るなら多少不愉快な思いをすることもあるかもしれない。でも魔女様の傍にしばらく居れば、あんたの判断材料になる情報は手に入るだろう」
ワズは向かいの二人を順に見つめ、最後に目の前のこんがりと焼けた肉に視線を落としてしばらく考えを巡らせ――やがて首を縦に振った。
「やる。……おれも、ここのことを知りたい」




