西の魔術士たち 03
「ツツという国をご存知でしょうか? 西の海にある島国で、この大陸とは異なる独自の文化を持つ閉鎖的な国です。しかししばらく前――西部同盟で最も西にあり、大きな港を持つタグゥレという国が、海を渡ってきたツツの軍によって陥落しました」
「かんらく?」
「はい。私たちがそのことを知ったのは、既にタグゥレが攻め落とされた後のことでした。それから今まで、ツツは不気味なほどに沈黙を保っています。ですが同盟に属する国が害された以上、彼らは私たちの敵であり交渉の余地はありません。近々同盟国同士で協力して軍を編成し、掃討戦を仕掛けることになっています」
両手を膝の上で握り、アルマは沈んだ表情で目を伏せる。
「……群と群のぶつかり合いである以上、多かれ少なかれ犠牲が出ることになるでしょう。あるいは、彼らを全て滅ぼしても新たな軍勢が本島からやってくることもありえます。ですが――魔術であれば、それを防ぐことができるかもしれない」
伏せていた顔を上げる。向かいに座る二人をその新緑の目で真っ直ぐに見つめて、魔女は頭を下げた。
「お願いします、私にあなたたちの知る術式を教えてください。国を守り、民を導くことができるだけの力が私たちには必要なんです」
***
馬車が揺れと共に止まる。
外でしばらくやり取りがあった後、馬車は先程よりもゆったりと動き始めた。車輪や蹄の音は幾分か大人しくなり、代わりに人々の話し声が聞こえてくる。窓から外を見れば、行き交う人々とキーバルの街並みが見えた。
「――流れの魔術士に声を掛けるのはこれが初めてか?」
沈黙の中で小さく息を吐いたユーアは、馬車に入って初めて口を開いた。
「は、はい。出会うのもこれが初めてですが……」
躊躇いがちに顔を上げたアルマは戸惑いを隠さずに答える。その答えを聞き、少女はもう一度ため息をついた。
「……まず大前提としてだが、流れの魔術士同士に仲間意識なんてものはない。むしろ正体を看過される可能性がある分、ただの人間よりも警戒の度合いは高い。一方で、相手を魔術士だと密告すれば当然自分にも密告される危険がある。ある程度関わる人間でもなければ、魔術を使うところなど見せないからな。だから信頼はなくとも――あくまで利害関係としてではあるが――互いに信用はしている。……で、そんな魔術士に、魔女という公的な身分をもつお前が声をかけたらどうなると思う?」
言葉を失って顔を青ざめさせる魔女に、ユーアは首を振る。
「私がお前を害するつもりなら名乗った時点で殺していた。わざわざ丁寧に教えてやっている意味を理解しろ。無駄な衝突はどちらにとっても利のないことだ」
「……すみません」
「謝罪はいい。そして魔術士同士の交流がないということは、魔術の知識や術式の構成についても情報を交換しないということだ。昔の魔術士は自分で術式を組んでいたらしいが、今の魔術士にとっては自分の知るものが全て。それを教えて欲しいというのは……控えめに言っても喧嘩を売っているようなものだろうな」
「そ、そんなつもりでは……!」
「お前自身がどうかではない。周りからそう見えてしまえばそれが事実になる。政に関わる以上、知らないわけではないだろう」
アルマは口を開くが、そこからは何も出てこない。唇を噛んで俯く魔女に肩をすくめ、少女は背中側の壁をコツコツと叩いた。
「私たちはここで降りる。止めてくれ」
馬車がゆったりと速度を緩め始める。前から押されるような感覚と共に止まった。扉を開いた少女は、ワズの腕を掴んで外へと足を踏み出す。
「話は終わりだ。街の中まで連れてきてくれたことには感謝しよう。おかげで半日早く着くことが、」
「ま、待って……待ってください!」
馬車から飛び出してきた魔女が声を張り上げ、周囲の兵士たちや通行人から驚きを含んだ視線が集まる。近くの路地へと入ろうとしていたユーアは気だるげに振り向いた。
迷うように口を開いて閉じてを繰り返した末、女はただその場で深く頭を下げることを選んだ。
「……お願いします」
振り絞るような懇願。しかし、少女は冷めた目でアルマを一瞥して背を向けた。
「生憎と、私は優しい人間ではない」
***
困惑した兵士に囲まれ項垂れる女の姿は、路地の角を曲がると同時に見えなくなる。前を向いたワズは、迷いのない足取りで腕を引くユーアの背をじっと見つめて口を開いた。
「……ユーア、」
「お前が何を言いたいのかくらい分かる」
さらに続けようとしていた彼の言葉を遮るように、少女は振り返らぬまま答える。
「だが、私は私の考えを曲げるつもりはない。魔術士は国とは関わらないものだ」
「でもゼレムナでは、」
「あれは結果的にゼレムナやウトラを助けることになっただけで、180年前の後始末をしただけだ。もしもアッケルドではなく本来のウトラ王が自分の意思でゼレムナへ戦争を仕掛けたのなら、私は巻き込まれる前にさっさとゼレムナを発っていた」
再び角を曲がれば、道の向こうに路地の終わりが見えた。ユーアは足を止め、近くに転がっていた木箱に腰を下ろすとパチンと指を鳴らす。途端に、大通りの全ての音が遠のく。防音の結界が正常に発動したことを確認してから、少女は改めて口を開いた。
「今、公式に魔女が居るのは西部同盟の他には東にある二つの国だけ。率直に言ってどの魔女も大した力はない。だが、ここでアルマがツツの軍を一掃するような力を手に入れた場合、大陸は一気に緊張状態になり、人々は魔術を人を殺す力だと認識して恐れるようになるだろう。アルマに他国を害する気がなくともな。下手をすれば戦争の再来だ」
厳しい口調にしょんぼりと肩を落とすワズを見て、少女は小さくため息をつき幾分か声の調子を落ち着かせる。
「……ずっと昔、戦争で疲弊した国々に魔女が現れた頃、彼女たちは政治と距離を置いていた。戦争を経験した彼女たちは、自分たちがどうしようもなく異物だと知っていたからだ。それが近づいたのは人々が魔女を受け入れたからであり、そんな国に魔女が愛着を持ったからでもある。安易な考えでその均衡を揺らがせることを、私は許容できない」
「…………戦争は、どれくらい人間が死ぬ?」
「お前が気にしているのはそこか。……西部同盟がツツを排除するために仕掛けるのなら、当然ツツも殺す気で来る。激しい戦いになるだろうな。元々、あの国はこの大陸の人間を自分たちと同じ生き物だと思っていない」
ワズは眉を寄せて目を伏せた。知らないことはまだ沢山あるが、ユーアが言っていることが間違いではないことくらいは彼にも分かる。だが、その言葉をそのまま飲み下すことがどうしても難しい。
黙り込んだ彼をよそに、しばらく口元に手を当てて何かを考え込んでいたユーアがふと口を開いた。
「どうしても西部のことが気になるというのなら――お前はここに残るか?」
「……え」
ぽろりと零れ落ちた自身の声は、いつもとは全く違う響きをもって聞こえた。考えていた全てが頭から抜け落ちる。理解ができない。否、理解したくない。その思いがワズの思考を強制的に停止させる。目を見開いて固まる彼に構うことなく、ユーアは淡々と続ける。
「西部を気に入ったというのなら、それも一つの選択だろう。人の体にも随分慣れたようだし、決して難しい話ではない。お前は勤勉だからな。ここに属することを決めたお前が何をしようが、余程の騒ぎにならなければ気にしないし手出しもしない。私は私のために旅を続けるだけだ」
そこまで言ったところで、少女はふと肩を竦める。
「……まあ、そもそも私とお前は他人だ。私の言葉を聞くか聞かないかもお前次第だろう。考えてみるといい。戦争が始まるまでには、そう時間がないだろうからな」
あまりにもいつも通りの口調で、そう締めくくった。




