西の魔術士たち 02
力任せに振り下ろされた剣を受け流す。切り上げるように己の剣を振るえば、血走った目をした男は叫び声と共に倒れ込んだ。その胸に剣を突き立てて、引き抜く。血を吐いて動かなくなった男から視線を外し、彼は周囲を警戒しつつ荒い呼吸を落ち着かせることに集中する。
こうして戦い始めて、どれだけが経っただろうか。剣を握る腕にうまく力が入らなくなってきているのを感じて、男は舌打ちを零した。盗賊程度に遅れをとる気はない。だが、あまりにも多すぎるのだ。周りで戦っている仲間の動きも精彩を欠きつつある。背後に庇う馬車に意識を向け、その中にいる人物のことを思い浮かべて気を引き締めた。
この辺りに盗賊が出るのは、元々ある程度知られていることだった。だが、その対象となるのは不幸な商人がほとんどだ。護衛のいる馬車をわざわざ襲おうとするなど聞いたことがないし、何度もこうしてこの道を通ったことのある自分たちにとっても初めてのことだ。
何か、よくないことが起きている。戦場に立ちながら思わず考え込んでしまったのは、その男にとって間違いなく悪手だった。
「っ、おい、避けろ!」
相手取っていた敵を切り捨てた仲間が叫ぶ。考えるよりも先に横へと飛び退くが、焼けるような痛みを感じて呻き声を洩らす。横を見れば、己の肩に刺さった矢とその向こうで新たな矢を番える男が見えた。
「っ、畜生!」
駆け出す仲間を視線で追った彼は、手前の木の影に別の盗賊がいるのに気づいた。弓持ちは囮だ。
「待て! それは――」
慌てて仲間を引き止めようとしたその瞬間。
横合いから凄まじい勢いで飛んできた大きな何かが、木の影にいた盗賊に派手に突っ込んだ。
「……は?」
土煙を上げながら転がっていくそれは人間だ。人形のように無造作に転がっていくのを見れば、明らかに自分の意思で飛んできたわけではないことが分かる。
仲間が弓持ちの首を落としたのを見届けてから、男は振り向いて言葉を失った。
一瞬、彼の目にはそこで暴れているものが巨大な獣に見えた。それは見知らぬ黒髪の青年だ。だが、彼が鞘に収まったままの長剣で薙ぎ払えば冗談のように盗賊たちの体が宙を舞う。向こうへと傾きつつあった戦況は、今や完全にこちらへと戻ってきていた。
「――どうやら間に合ったようだな」
心臓が跳ねる。いつの間にか、声の主は彼のすぐ隣に居た。地味なローブに身を包んだその人物は、声色や体格から見るに15、6ほどの少女のようだ。思わず剣を握る手を意識する彼に、少女は何も持っていない両手を上げてみせた。
「……何者だ?」
「私たちは通りすがりの旅人だ。馬車が襲われているようだったから助けに来た。もし見知らぬ小娘に任せることに抵抗がないなら、傷の応急処置くらいは出来るがどうする?」
状況が掴めず困惑の表情を浮かべた仲間たちが、戦線を離脱して彼のいる方へと集まってくるのが見える。今更のように痛み出す肩に顔を顰めた男は、地面に腰を下ろして頷いた。
「ぜひ処置を頼む。できれば、他の仲間の分も」
***
「――改めてありがとう。助かったよ」
そう言って、片腕を布で吊った男は頭を下げた。
「大したことはない。この辺りでこうして馬車を助けるのは三回目だ」
「あまり危険なことは……いや、助けられた手前そんなことを言う資格はないか」
出発のために準備をしている部下たちを眺めつつ、まとめ役である男は苦笑した。恐慌状態になっていた馬たちの世話や盗賊の拘束は、片腕を負傷している男にはできない仕事だ。
改めて向き直れば、なぜか青年は少女を抱えあげようとしている。随分と仲のいい兄妹だ。見ていると、だんだん兄と妹というより姉と弟のようにも思えてくる。確かに青年は護衛隊の誰よりも背が高く、少女は一般的な程度に背が低いのだが、不思議なものだ。
「ユーアとワズ、だったか。君たちもキーバルに向かうのか?」
「そうだが、それがどうした?」
「我々の主人が恩人に礼をしたいそうでね。私たちの目的地もキーバルなのだが、君たちがよければこの馬車に乗って共に向かうのはどうだろう?」
「乗っていいのか?」
割り込むように青年が声を上げ、男は微笑んで頷く。
「ああ、君たちのことは客人として扱うようにと言われているからな」
「ユーア、乗りたい」
「……街までだぞ」
好奇心に目を輝かせた青年に少女が折れる。嬉々として馬車に向かう青年を呼び止め、男は折れていない方の手を差し出した。
「悪いが、剣は預からせてほしい。いくら恩人とはいえ主人の前に武器を持つ者を通すことはできないからね。もしも道中で危険に遭遇したらすぐに返すよ」
「いいぞ。ほら」
腰から鞘ごと抜いた直剣を無造作なまでにあっさりと手渡され、戸惑いつつも受け取る。
「……協力に感謝する。それで、君のほうは――」
「――必要ありません」
その声は馬車の中からでありながら、不自然なほどにはっきりと聞こえた。少女に視線を向けていた男は、驚きと共に振り向く。
「そちらの方はそのまま通して構いません」
「ですが、」
「通しなさい。これは命令です」
「……畏まりました」
有無を言わさぬ女の声に、男は表情を固くして一歩引く。目線で入るように促されて青年は馬車の扉を開けた。
「……、」
そこに座っていた淡い金髪の女を見て、少女がにわかに雰囲気を尖らせる。女が纏っている服は確かに上質なものではあるが、成人したかどうかという年にしては落ち着き過ぎだ。少なくともただの貴族の子女であれば、見知らぬ平民を馬車に乗せることも護衛が反論を封殺されることもないだろう。
少女は無言で女の向かい側に座った。その隣に青年が並んで座れば、外でそれを確認した男によって扉が閉められた。ややあって、前に引っ張られるような感覚と共に馬車が動き出す。
「――旅の魔術士の方とお見受けいたします」
呟きのようなその言葉は、回り始めた車輪の音に掻き消されることなくはっきりと聞こえた。漆黒と白銀、二つの視線に晒されながら女は続ける。
「初めまして。私はアルマ。西部同盟の23代目の魔女です」
***
馬の蹄が地面を叩く小気味よい音が聞こえる。小窓を開けて外を見れば、眩いばかりに輝く草原が広がっていた。
流れていく景色に上機嫌なワズは、軽く脇腹を小突かれて振り向く。そこには不機嫌そうに眉間に皺を寄せた少女が座っている。だがその表情はフードに隠されていて分からない上、仮に見えていたとしてもワズという生き物に正しく伝わったかは怪しい。
もう一度小突かれて、ワズは首を傾げる。一体何のことかまるで分かっていない彼にため息をついた少女は、その視線を正面に座る女へと向けた。二人のやり取りを眺めていたアルマは、苦笑しつつ頷いて口を開いた。
「西部同盟とキーバルについては、あなた方はどれほどご存知でしょうか」
「本で読んだぞ。でも情報は歪むから、知っていることでも聞けと教わった」
「……よい師をお持ちなのですね。ではご説明しましょう。元々、ここ大陸西部は元々小国同士の小競り合いが絶えない、平和とは程遠い地だったそうです。しかし、200年前に終わった魔術戦争はウトラやシュドレーといった大国も参戦した大規模なものでした。この地の諍いもただの小競り合いでは収まらず、災禍の中で多くの血が流され、いくつもの国が滅びました」
魔女は慣れた様子で説明を続ける。
「戦争が終わったことで大国は西部から手を引きましたが、50年近く戦乱に包まれていたこの地は未だ、混乱と争いに支配されていました。その中で声を上げたのが、初代魔女であるルベーニア様です。彼女はキーバルを中心として西部の国々を纏め上げ、平和のための同盟を結成しました。それが西部同盟であり、ルベーニア様が拠点にしていた縁よりキーバルが名目上の盟主国となりました」
「どうめいは平和にどう役立つ?」
「分かりやすいところでは、同盟国間では基本的に武力衝突が禁止されている点でしょうか。他にも、定期的に国の代表の集まりを開催しています。国にはそれぞれ得手不得手があります。互いにそれを補い合うことで、私たちは大国と渡り合ってきました」
「……?」
「……ええと、戦わないこととそれ以外で互いに協力することを約束したものが同盟、ということになります。少なくとも、戦いがあるよりは戦いがない方が平和と言えるでしょう?」
「確かに」
素直に頷くワズに微笑んだ魔女は、ちらりともう一人の客人に目をやる。まるで興味がなさそうな少女を気にする素振りを見せつつ、アルマは口を開いた。
「改めて、私と護衛の彼らを守っていただきありがとうございました。あなたたちを見込んで頼みがあります」




