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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
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古傷 10

 それは180年ほど前の話だという。


 徐々に平穏が戻りつつあるその頃、民の間では様々な噂が飛び交っていた。魔術大国由来という曰く付きの骨董品が高値で取引されたり魔術士を騙る詐欺が横行したりしたのも、ある意味では平和の証だろう。戦争が終わったことで魔術という言葉に対する重みが軽減されたのだ。


 そんな流言飛語の中に、「魔術士は鮮やかな色の髪や目を持っている」というものがあった。分かりやすい異物扱いだ。魔物と魔族の違いすら理解していないような民の中で面白おかしく広がった、ただの噂の一つ。新たな噂に塗りつぶされ、歴史の片隅に消えていった小さな冗談だ。


 時を同じくして、ウトラはまさに復興の最中だった。ウトラは魔術戦争で多くの国と争いを繰り広げた。いくら大国とはいっても、度重なる戦は国を疲弊させるものだ。それでも、戦好きだった先王から王位を継いだ新しい王はわずか10年で国を立て直した。それこそがアッケルド王。かの王は厳しい人間だったゆえに、民からの支持は低かった。だがその大胆かつ苛烈な政策によって、結果的に国は有り得ない速度で元に近い姿を取り戻したのだ。


 しかし、その裏側で国王はひそかにとある計画を実行していた。特定の基準で選んだ民を秘密裏に城へと集める――それは色狩りと呼ばれたという。




「色狩り?」

「当時に関する資料はクーデターの折にほとんど失われましたが、残っていたごく一部がこの文書です。これによれば、色狩りとは魔術士を捕らえることを目的とした計画だったようです」

「魔術士を? まさか……」

「……はい、お察しの通りです。噂でしかないものをなぜアッケルド王が真に受けたのかは、今では分かりません。城に集められた民がどのような扱いを受けたのかも定かではありませんが……この計画が闇に葬られたことを考えるに、碌なものではないでしょうね」


 思わずロードンが視線をその隣に向ければ、魔女は不愉快そうに眉をひそめた。


「馬鹿馬鹿しい。魔術士の容姿に法則などあるはずがない。だが、不運な偶然というのはどこにもあるものでな。集められた民の中に、魔力を持つ親子が偶然混じっていたんだ。魔術を忘れた魔術士の末裔だったゆえに、戦う術も逃げる術も持ち合わせていなかった。結果母親は命を落としたが、子供は王の側近だった男が逃がした。その逃げた先がゼレムナだ。後の話は知っているだろう?」

「……王がこの国に攻め入ろうとしたのは、その子供を捕らえるためだったのか。そして今回の件はその続きだった、と」


 ようやく話の繋がりが理解できた。彼の言葉に首肯した魔女は腕を組んで、だが、と口を開く。


「そもそも一体誰があの王の魂を100年以上も保存していて、なぜ今蘇らせたのかは分からない。魔物に精神操作の魔道具を持たせて送り込んだのも同じ者だと考えていいだろうな。まず魔術士ではないだろうし、魔族で国に興味を持つ者はほとんどいない」

「……相手もその目的も分からないとなると中々に難しいですね」


 執務室は沈黙に包まれる。しばらく深く考え込んでいたロードンはふと、魔女が何もない窓の外をじっと見ているのに気がついた。どうしたのかと問う前に、彼女はその手を窓の方に差し伸べて口を開く。


「揺れるぞ」

「え?」


 その瞬間、轟音と共に部屋へ大きな衝撃が走った。悲鳴と共に大きく態勢を崩したネデリスが、どこからともなく現れた長椅子に倒れ込む。座っているロードンさえも椅子ごと倒れそうになって机にしがみついた。揺れが収まった部屋の惨状にため息を零しながら、魔女はおもむろに窓を開ける。




「ユーア」




 瞬きの間に、そこには一人の青年が立っていた。無表情であれば冷たく見えるだろう顔立ちは、にこにこと無邪気な笑顔で見る影もない。どこか掴みどころのない雰囲気を纏った黒髪の青年は、嬉しそうに目の前の小柄な体を抱き上げた。


「戻ってきたぞ」

「そのままの勢いで突っ込んでくる奴があるか……危うく城ごと潰れていたぞ」

「ユーアはやっぱり小さい。見つけるのが大変だった」

「話を聞け」


 臆する様子もなくじゃれつく様子は、まるでよく懐いている大きな犬のようにも見える。不機嫌そうにされるがままになっている魔女が、不意にロードンに目をやる。


「ワズ、そこの男に預かってきた手紙を渡せ」

「ん、わかった」


 頷いた青年は机の前までやってくると、懐から取り出した紙束を差し出す。封筒にすら入っていないそれを流されるまま受け取ったロードンは、差出人の名前を見て目を見開いた。


「ケイン……!?」 

「元々は近況でも教えてやろうとお前に約束を取り付けたんだがな。あんなことがあっては、私のような存在が口頭で説明しても信憑性がないだろう?」


 青年の腕の中で、魔女は当然のようにそう口にした。改めて手紙に目を落とし、その筆跡が紛うことなくかつて臣下だった男のものだと判断する。生きていた。思わず安堵のため息が零れた。


「……一体、どう礼を言えばよいか」

「気にする必要はない。ただ、ある女から頼まれたからな」

「それは――」

「ユーア、これがこの国の王なのか?」

「それがどうした?」


 唐突に口を開いた青年は、懐から――明らかに懐に入る長さではないのだが――長剣を取り出して机の上に置いた。


「これを返しておいてほしい」

「……これは確かに我が国の兵士のための剣だが、武器の紛失という報告は上がってきておらぬ」

「報告はできないと思うぞ」

「どういう……」

「? 言葉の通りだ」


 不思議そうに首を傾げる青年にロードンは困惑する。こんなにも会話が噛み合わないことがあるだろうか。視線で助けを求めれば、抱えられたままの少女は肩を竦めた。


「ワズ、その剣はいつ誰から借りた?」

「アッケルドと話すときだ。名前は聞いてないから分からないぞ」

「……確か、あの王を止めようとして殺された兵士がいたという話だったな。その人間か?」

「そうだ」

「なるほど――だ、そうだ」

「あ、ああ。こちらで遺品として送り届けるよう手配しておこう」


 長剣を手に取れば、青年が満足げに頷いた。どうやらこれでいいらしい。知らぬ間に額に滲む汗を拭っていると、思い出したように魔女が声を上げる。


「遺品といえば、ウトラにまだ連絡を取っていないのか? ゼレムナで国王が殺されたとなれば最悪戦争になる。誤解が起きる前に事情を説明すべきはずだが」

「それが……何故か既に向こうは事情を把握しているようで、先に謝罪文が送られてきた。苛王の残滓に乗っ取られた現国王を解放し、被害も最小限に抑えてくれた、と。……正直、向こうが何を考えているのかまるで分からぬ。今王権を握っているのは王姉らしいが、弟が死んだというのにそこまで割り切るものだろうか?」

「へぇ」


 妙に気のない相槌を不思議に思えば、魔女は白い目でネデリスを見ていた。話に口を挟まず耳を傾けていた女は、なぜか焦ったように両手を振る。


「え、あ、いやそのですね、」

「私の目的はもう済んだ。後はお前たちでうまく片付けろ。まずは、ウトラと国交を正式に結ぶところからだろう」


 では、とだけ言い残して魔女と青年はその場から消える。ロードンが怪訝な目を向ければ、しばらく引き攣った笑みを浮かべていた彼女はやがて肩を落として大きなため息をついた。


「……一応訂正しておきますけれど、さすがに私も家族が死んで何も思わないことはありません。ですが、王とは民のためにあるもの。自分の矜恃のために歴史を捻じ曲げ、挙句の果てに力に呑まれた馬鹿者を擁護しようと考えるほど愚かではないつもりです」


 文官だったはずの女は、いつの間にか意思の強い目をしていた。背筋を伸ばして優雅に一礼をする。


「改めて自己紹介をしましょう。私は――私の名前はフィーネリア・イフ・レイヴァルト・ネデリス・ウトラ。一時的なものではありますが、先日からウトラの王権を預かることになった者です。……文官になるの、ちょっとした憧れだったんですよ。悪意はないのでどうか怒らないでください」

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