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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
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鱗の石 02

 夜の闇を消し去る明るさと喧騒が街を包み込んでいた。建物から建物へと渡されたロープにかけられたランプの下、様々な人々が楽しげに通りを歩いていく。道の左右に並んだ屋台の一つで店番をしている商人の男は、ちょうど横から来た15歳ほどの少女に目を留めた。


「そこのお嬢さん! よけりゃ一つ買ってかないかい?」


 だが、なぜか寄ってきたのはその隣のやたらと背の高い青年の方だった。心の中で舌打ちがこぼれるが、人の流れを外れていく連れを追いかけて少女も付いてきたので、まあいいかと思い直した。


「お二人さん旅の人だね。どこから来たんだい?」

「海の底だ」

「へぇ、面白いこと言う兄ちゃんだねぇ!」

「虚言癖があるんだ。気にするな」


 少し遅れてやってきた少女は青年を肘で強めに小突いた後、耳を引っ張ってその耳元で何か囁いた。地味なローブを纏った彼女は、頭から深くフードを被って顔を隠している。貴族のお忍びだろうか。だが、どこか世間慣れしていない青年は到底護衛には思えない。ならば兄妹あたりだろうか。男は邪推する。


「随分と賑やかだが、これは祭りか?」


 店主の探るような視線を気にすることもなく、少女は屋台の商品を興味深そうに眺め始めた。


「あ、ああ。毎年やってるんだが今年は特に規模が大きいんだ。主催をしてる連中の話じゃ、貴族のお偉いさんが援助してくれたらしい。一介の商人としちゃありがたいよ」

「中々にいい時期に来れたようだ。この街に寄ってよかった」

「そう言って貰えて嬉しいよ。楽しんでくれ、お二人さん」

「ありがとう。あなたもな」


 ちょうど商品を選び終えた少女が代金を払って手を振る。値切ることもなく額面通りに払われたそれに、商人は少しばかり心を踊らせる。途中から一言も話さなくなった青年が去っていく少女に続いて、二人組の背が雑踏に紛れて見えなくなる。痛み始めた腰を摩って息を吐いた男は、椅子代わりの木箱に腰を下ろして休憩をとり始めた。



***



 寝台と小さな机が二組だけ置かれた質素な部屋。灯りになるものはないが、外の灯りと明るい月の光で部屋の中は十分に照らされている。


「宿としては悪くない部類だな」


 部屋を見渡してそう呟いた少女は、不意に後ろから差し込まれた両手によってふわりと浮き上がった。当たり前のように彼女を抱え上げた青年は首を傾げる。


「ユーア、また小さくなったか?」

「なってない」

「もっと大きくなれ。ユーアはおれより小さ過ぎる」

「お前と比べられても困るんだが」


 ユーアと呼ばれた少女は彼の額を見上げて眉を顰める。先程扉の枠に強かにぶつけた額を青年が気にする素振りはない。ダメージを受けているのはむしろ、少し建付けが悪くなったドアの方かもしれない。

 当たり前のように少女を抱えたまま寝台に座った青年は、勝手にそのフードを外すと髪紐を解いて大きな手で梳き始める。猫の子のように膝の上に抱え込まれたユーアは、諦めと悟りの表情を浮かべた。ここで抵抗すると長引くことを、短い付き合いながらも彼女はよく知っていた。


 闇色の髪と目をもつこの青年を、少女はワズと呼んでいる。澄ましていれば鋭く見えるだろう顔つきは、中身が呑気なためかまるで覇気を感じられない。長所といえばやたらと頑丈なところくらいだろうか。とある件から妙に懐かれており、またとある事情から野放しにはできないために、仕方なくこの大きな犬に似た生き物を連れてユーアは旅をしているのだ。


「それ何だ?」


 少女の白い掌に転がるものを見て青年が問う。


「耳飾り。さっき買っただろう」

「変な感じがするぞ」

「精神を不安定にさせる暗示がかかっている魔道具だからな」


 魔道具――今では希少となった、魔術士という存在が作り出した道具のことだ。魔術を組み込まれたそれらは普通ではありえない効果をもつ。

 青い石と複雑な形をした金属が組み合わさった耳環が、窓から差し込む月光で妖しく光る。癖のついた少女の髪を指先で遊びながら、青年は首を傾げた。


「暗示って何だ?」

「人によくない影響を与えるもの」

「ユーアはそういうのが好きなのか?」

「放っておく理由がないだけだ」


 心外だとばかりに顔を顰めた少女は、それを懐に仕舞う。


「これは作られたばかりのものだ。作った人間がこの街にいると見ていい。私はそれを調べたい。ワズ、明日は別行動だ。その辺で遊んでいろ」

「おれも行く。ユーアは小さいから危ない」

「危ないことをする気はない」

「本当か?」

「しない」

「絶対か?」

「しないしない」


 しばらく押し問答を繰り返したのち、ようやく青年は渋々と頷いた。



***



「お姉ちゃん」



 サリアの耳がその声を拾った瞬間、手の中の赤い石に罅が入った。いつの間にやら、隣でそれを見ていた妹が顔を青ざめさせる。


「あ……ご、ごめんなさい!」

「気にしないで、シェリン。これは練習用だから大丈夫。何かあったの?」


 割れた宝石を作業机の上に置いて、サリアは妹のシェリンに向き直る。


 サリアは宝飾職人だ。まだ少女と呼ぶべき年齢の彼女だが、その技術は売り物になる品を作り出せるほどにはなっている。家の奥にあるこの作業部屋には貴重な素材もある上に、行われるほとんどが繊細な作業だ。そのため、妹は滅多に作業部屋に近寄ろうとしない。作業中の自分に声をかけてくるくらいなのだから、何か重要なことに違いない。


 八歳年の離れた妹はしばらく躊躇っていたが、サリアが待っているのを見て意を決したように顔を上げる。


「今日ってお祭りなんでしょ? だからその、お姉ちゃんと一緒に行きたいなって思って。でもお仕事中なら」

「いいよ。行こうか」


 即答して出掛ける準備を始めた彼女に、幼くも賢い妹はその目を丸くする。


「……いいの?」

「いいのいいの。ほら、行こう?」


 手を差し出せば、妹は嬉しそうにはにかんでその手を重ねる。部屋を出ていくサリアは一瞬だけ振り返り、亡き父が使っていた道具たちに目をやる。その目に浮かんだ感情を知る者は、彼女を除いては誰もいなかった。

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