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黒竜の魔女  作者: 千鳥切
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空の夢 08

2025/10/26追記:前半部分がまるまる抜けていましたので追加しました。

「——お前が私の弱点を知っているように、私もお前の弱点を知っている」


 繋がった腕の調子を軽く確かめ、少女はゆっくりと身を起こす。


「人間が成長するということを、お前は本質的な意味では理解していない。お前にとって、私は今でもあの人の腕の中にいた赤子に過ぎないのだろう。だからこうして、下手な芝居に騙される」


 平坦な声で語りながら、足元に転がっていた槍を拾い上げた。


「だが侮られることは別にいい。侮れば侮るほど、私はお前をより確実に殺せる」

「……一つ、教えろ」


 ——自我が濁り始めているのを感じる。じわじわと無垢に侵食されていく脇腹を押さえ、片膝をついたヒューロオッドは口を開いた。


「どうしてすぐに逆行が起きなかった。ありゃ、てめぇが制御できるモンじゃなかったはずだ」

「私の腕を斬ったのはお前の魔術ではなく、ミティールスだ。私の身体を維持しているこれは魔術ではないが、わずかな時間は発動を遅らせることができるらしい」

「はっ……イカレ女が」


 己の腕を落とした凶器を当然のように傍らに置く少女に、男は顔を顰めて吐き捨てる。

 槍を手の中で弄んでいた彼女は、そこでようやくヒューロオッドに目を向けた。その首がこくりと傾く。



「私が一体、誰を師として学んだと思っている?」



 その言葉だけで、彼らにとっては充分だった。


「あー……そうだわな。そりゃ、イカレ女の弟子はイカレ女に決まってる」


 俯いた男は、肩を震わせる。唯一見える口元が笑みを描いているのを見て、少女は不快そうに目を細めた。


「……お前が何をしたいのか。何を目的としているのか。私には何一つとして理解できない。理解する価値もない。だが私を妨げる障害は、排除するだけだ」


 一歩。

 その足が前へと踏み出し、そして歩き始める。

 こつり、こつり、こつり。

 早くなることも遅くなることもない、ただ近づいてくるその足音に、ただぼんやりと耳を傾ける。


「……俺が何をしたいか、だって?」


 少女の言葉を口の中で反芻し、男はくく、と喉を震わせる。 



「そんなモン——俺が一番知りてぇよ」



 やがて、足音が止まる。

 顔を上げれば、色のない瞳が彼を見下ろしていた。


「——ユーア!」


 どこか離れたところで誰かの名を呼ぶ声がしたが、既に彼の意識にはそれに注意を払う余裕がない。

 白銀の刃が振り下ろされる直前、その顔に浮かんだのは笑みだった。





「やれ、()()()()()()()





 首に触れた冷たい感覚と共に、彼の意識は消えた。



***



 首のない身体がぐらりと傾く。

 床に倒れ込んだ身体は端から砂のように崩れ、先に落ちていた頭と同じく空気に溶け消えていく。


 やがてそこに残ったのは、ごくわずかな塵だけだった。


 無表情に足元を眺めていた少女が、静かに顔を上げた。

 温度のない白銀の視線と、青年の漆黒の視線が交差する。


 魔族の首を落とした槍を片手に持ったままの少女と、広間の壁に穴を空けて飛び込んできたままの青年。



 まるで時が静止したかのような、一瞬。



 先に動いたのは、少女の方だった。


「……」


 その手の中にあった槍がふ、と消える。

 彼に背を向けた少女は、とっくの昔に扉が吹き飛んだ出口へと歩いていく。


「……ぁ、…………」


 思わず止めようとして、伸ばした手が途中で止まる。



 ——あの魔族を殺した彼女に今、この場で、何を言えばいいというのだろう。

 ——『彼女』が死を選ぶことさえ止められなかった自分が、彼女を止められるのか。

 ——彼女の目的さえも、考えていることも、何一つとして分からないのに?



 遠のいていくその背中を追いかけるという、たったそれだけのことができない。


 やがてその背中は、落ちた夜の帳の中に消えていく。

 その姿をただ見ていただけだった己を認識し、ワズはひとりその場で俯く。


 いつもこうだ。

 彼女が居なければ、自分はただ存在しているだけの力だ。

 何をすればいいのか、何を信じればいいのかも、何も分からないまま、彷徨うこともできずにその場に立ち止まっている。


 独りは、寂しい。

 独りは、怖い。


 ほんの少し前までは当たり前だったはずなのに、それがひどく嫌で、無駄だと知りながら彼は目を閉じる。




「——全く……随分と派手にやったもんじゃのう」




 風の音でも聞き間違えたのかと思った。

 けれど、目を開いた彼はそれが幻聴ではないことを知る。


 扉のなくなった出入口に立っていたのは、一人の老人。

 広間の惨状を呆れた目で見回しつつ、豊かな白髭を揺らして歩いてくる。


「……デーグ?」


 目の前までやってきたその名を呼べば、髭の老人はゼレムナの古物屋で出会ったときと変わらぬ様子で頷く。


「おう、久しぶりじゃの。元気……とは言えん有様じゃがな」

「どうして、ここに」

「何、そろそろかと思ってのう。ほれ、着いてこい。散々あやつに振り回されたお前さんにゃ、聞きたいことが山ほどあるじゃろう」

「…………うん」


 踵を返して歩いていく老人を追いかけて、ワズも歩き出す。


 出入口にさしかかったところで、青年はそっと広間を振り返った。

 がらんとした広間を眺め、ここで起こったことにしばし思いを巡らす。


「……………………」


 やがて振り返った彼は、少し先に行ってしまった老人を小走りで追いかける。



 そうして誰もいなくなった古城には、静寂が残った。


次の話で第一部はおわりです。年内に上がるか分かりませんが少なくとも年度中には上げたいと思ってます。

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