10話:初めての野生の人間
あれから1週間
私はひと時も休まずに移動し続けた
朝も昼も夜も関係なくひたすらに足を動かし続けた
途中で面倒臭くなって走ったりもしたので普通の人間換算なら既に1月半分は移動していた
それなのにも関わらず人間の街が一向に見えてこない
最初はこんな近くに人間の街があって何故まだ滅びていないのか疑問だったが、思っていた以上にずっと遠くにあった。この距離なら理由でも無ければわざわざ行きたくないとなっても仕方ないのかもしれない
(なんか金属っぽい物の破片とか落ちてたから人間の生存権に入ったと思ったのに)
実際には見ていないのでわからないが、たぶん吸血鬼討伐隊とかそういうアレの武具の一部が落ちていただけなんだろうなと今更ながらに思う
(いい加減誰かと話さないと話し方忘れそう)
しかしながら悪い事ばかりでも無い。なんと人間が何度も通ったことにより踏み固められてできたであろうケモノ道を発見したのだ
ケモノ道というには少し雑草が生えているがそれでも何度も人間が通った跡に他ならない。まだ距離はあるかもしれないが、今居る場所は少なくとも人間の活動範囲の一部である可能性が大きく上昇している
あとはどうやって街の中に入るかだ
まず森側は来るとしたら化け物くらいしかいないだろうからかなり強固な防壁を展開していると思われる。というかむしろしていなかったらその街の為政者は馬鹿だ
普通に入る場合は定番の通行許可証とか身分証とか金銭とかが必要なのだろうがそのことごとくを私は持っていない
不法侵入も考えたがたぶんやらない方が良い
そうなると誰かを助けて恩を売ってから中に一緒に連れて行ってもらうのが一番なんだろうが・・・こんな所に人間なんて居るんだろうか
街に入る手段についてああでもないこうでもないと頭を捻っていると、森の音に混じって金属と堅いモノがぶつかるような明らかに自然ではない音が微かに聞こえてきていることに気が付いた
(これは・・・騎士とか?それとも冒険者?なんにしても人間だと助かる)
音の種類は頻発して聞こえる何かを正面から受けるような重い音と、たまに聞こえる軽い音の二つ、音の数だけ聞けば人数は2人だが吸血鬼や化け物が居る森を二人で歩く人間が居たらそれは英雄か馬鹿だ
「あっち・・・あ、いやこっちか・・・・・うん、たぶんこっち」
音の出所が分かった私は左に逸れて森の中を小走りで移動し始めた
音が近くなってからは草むらに身を屈めながら移動する。ソロリソロリと近付いて茂みの隙間から覗き込んだ
「おい新人!俺が時間を稼ぐ!その隙にそいつを連れて逃げろ!」
「けどおっさん達は!」
「おっさんじゃねえお兄さんと呼べ!」
「今年で30、戦闘もあっちの方もまだまだ現役よ!」
バチバチと体毛を帯電させながら襲い掛かる狼達を相手にカイトシールドとロングソードを持ったガタイの良いおっさんと背中に弓を背負ってサブ武器らしきロングソードで戦う盾を持ったおっさんよりは細身ながら長身のおっさんが、新人と呼ばれた人間の男を庇いながら戦っている
肝心の新人は何やら重症そうな人間の女を抱えている
よく見ると人間の女の服は右肩部分が胸から腕にかけて燃えて消失したような跡がありそこから見える皮膚は肌色ではなく黒くまるで炭のような見た目だった
(あちゃ~、奇襲でも受けたのかな?てかあのバチバチする狼達って普通はあんな風になるくらいの威力なんだ。吸血鬼で良かったあ・・・)
現状では剣盾おっさんと弓おっさんが狼達を相手に新人を庇いながら戦っているが、戦闘に関して初心者の私が見ても明らかに劣勢だとわかる。せめて新人だけでもなんて気張ってはいるがたぶん死ぬ
なんなら新人がこの場から離れてからの方が、これで何も気にせず戦えるぜとか言って時間を稼ぐためだけに死にそうな気配すらある
だがあの狼達は単純に私が逃げるのが下手なだけかもしれないが、頑張って走っても振り切れないくらいには速かった。たぶん人一人背負った状態じゃ1日時間を稼いだって足りないんじゃなかろうか?
【Gaaa!】
「グッ!・・・クソッたれが!」
そうこうしている内に剣盾おっさんが更に追いつめられる。狼の攻撃を盾で防いだは良いが、盾から伝わった電気で盾を持つ方の手が限界を迎えてしまったらしい。剣盾おっさんの手からは籠手の隙間から煙が出ている
「何が属性耐性だクソじじい!紛いモン掴ませやがって!!」
「ハハッ、魔力を充填しなきゃただの盾だって聞いてなかったのか?」
「そうだなクソが!」
冗談めかしく文句を言いながら戦っているが、アレはどう見ても冗談すら言っていられない状態だ。それでも軽口が止まないのはピンチに陥ってパニックになっている新人を少しでも正気にさせてやるためなのかもしれない、随分と気の良いおっさん達だ
(うーん・・・これくらいで助けに入れば大丈夫かな?吸血鬼だって殺されないかな?)
(いやまあ最悪殺し返すけど、無暗に悪評広めて討伐対象になりたくないしなあ)
上手い助け方が思いつかず仕方ないので適当な足元の石を拾い、人間に見えるであろう力で投石した
「ぁっ」
見事石は狼に命中。しかし手加減しすぎたあまりただの嫌がらせ程度でしかない威力となり下がった
(ま、まあ注意は反らせたし?)
茂みから立ちあがると狼と人間すべての視線が私に集中した
「なっ!?」
「なんでここに居やがる!」
「はっ?あ、おい逃げろあぶねえぞ!」
おっさん達は私に驚いていたが、新人は私に逃げるよう叫んできた。これは助けた後の対応次第だとそのまま戦闘になりそうだ
「わ・・・」
私が相手だ。意気揚々と叫ぼうとして言葉に詰まった
(人間が居るところで緊張する!なんだっけ!?なんて言えば良いんだっけ!?)
瞬きもできないような一瞬の中でパニックを起こし冷静さを取り戻した私は再び意気揚々とビシッと指差し叫んだ
「私がお相手してあげましょう。お犬さん方!」
元々口数が多い訳でも無かった私は誰とも話さなかった期間の間に誰かと話す方法を忘れてしまう。だがそこで咄嗟に出た策はロールプレイだった
役になり切って叫べば人間の視線も意外と怖くない
(お犬さんってなんだろう?)
ただし頭の中身はパアである
だが馬鹿なことで時間を使い過ぎたらしい、狼の内の一匹が私のすぐ眼前まで迫っていた
「あ」
反射で思いっ切り殴り殺そうとした瞬間
【降り頻る氷槍】
突如空中から現れて3本の氷の槍によって目の前の狼は胴体を貫かれ地面に貼り付けにされる。狼によって遮られていた視界が通った先に居たはずの狼達も同じように無数の氷の槍によって貫かれ地面に張り付けられている
「な、なんだこれ・・・」
「ははっ、助かったぜ霜の女王シェードさん」
「はぁ・・・そのダッサイ二つ名やめてくれないかしら?ライトニングウルフにも負けるおっさん」
「こりゃ手厳しい」
「お、おい、おっさんこれって魔法なのか!?」
「ああ、A級冒険者、霜の女王シェードさんの広範囲魔法だ。あとおっさんじゃねえ」
(一気に登場しないで欲しい。えっと、剣盾おっさんと弓おっさんに新人と重症の新人、そして下?あ、霜か・・・の女王でシェード)
私を抜きにして話が展開されるせいで何をすればいいのかわからず、取り敢えずこの場に居る人間の特徴を覚えて立っていると
「それで・・・そこに居るのは、何かしら?」
身の丈ほどある杖の先端を私に向けておっさん達に問う霜の女王シェード
「わたしの目にはどう見ても吸血鬼にしか見えないのだけれど」
「俺たちもそうだ。だが、吸血鬼・・・にしちゃあ少し不自然でな」
「いくら森の中とは言え太陽の光がある。にも関わらず灰にならないどころか苦しんですらいない」
杖の先端から氷の槍を作り出しいつでも射出できるようにしているが、あれは目に見える脅しというだけでたぶん本命は別の魔法だろう
「な、なあ・・・あの子、オレたちを助けようとしてくれたんだろ?吸血鬼・・・なのか?」
「・・・さあな。それをこれから確かめるところだ」
狼達との戦闘で疲労もダメージもあるだろうに剣を構え弓に矢を装填している。それだけ吸血鬼は危険な存在なのだろう
(これ手上げた方が良いよね?)
アニメや漫画で見たように手をゆっくりと上げようとするが
ヒュンッ
微かに手を動かした瞬間、私の髪を氷の槍が掠めていった
(・・・好戦的すぎない?まあ思ったよりも遅かったしあれなら避けられるから良いか)
「動かないで貰えるかしら?」
再び杖の先に氷の槍を作るがその穂先は明らかに私の方を向いていた
「・・・良いわよ?何が聞きたいのかしら?」
「・・・・・・その前に、もっとこちらへ来てもらえるかしら?ゆっくりと、ね」
私は指示通りゆっくりと歩いて茂みを抜け木陰から出て日光が良く当たる位置まで進む
「そう。そこで止まって」
同じように指示に従い立ち止まる。因みにフードは始めから脱いでいたので私に当たる日差しを遮るものは一切ない
そのまま10秒ほど、何も指示されず誰も何も言わずに静寂が訪れた
「・・・いつまで日光浴をしていれば良いのかしら。霜の女王シェード様?」
「焼けないのね・・・」
「当たり前じゃない。私は吸血鬼なんかじゃないもの」
私自身、自分が吸血鬼だと確信しているがそれでも堂々と言い放った
「それじゃあその赤い瞳と真っ白の髪の毛はどう説明するつもりかしら?」
いくつかの予定していたパターンの一つに過ぎない質問が来た
「あら、簡単よ。私はとある実験施設から逃げ出しただけの被験体」
「吸血鬼の力を宿してコントロールできる生物兵器を作ろうっていう碌でなし達から逃げてきただけの失敗作。それが私よ」
「なんですって?」
実際はそんな施設は知らない。そもそもそんな酔狂なことをする人間が居るのかもわからない。だがまあどうせそういう類の碌でなしは何処の世界でも一人はいることだろう
ただ、あの変態おじさん吸血鬼の台詞的になんかの実験で私が生まれたことは間違いない。失敗作ではなく大成功とか言っていたが
「おいおいおい、それじゃなんだ・・・お嬢ちゃんはその施設から逃げてきたとでも?」
弓おっさんが質問してきた
「ええ。そう言っているのだけれど・・・もしかして弓おっさんにはわからなかったかしら?」
「弓おっさ・・・まあ良い。それじゃあその上等そうな服は何処で手に入れたんだ?」
「まさかその施設とやらがくれたわけでもないだろ」
「この服?ああ、落ちていたから貰っただけよ」
「追いはぎかよ」
「まあ失礼ね、誰の物でもないのなら私の物にしたって良いじゃない」
「それに弓おっさんは私に森の中を裸で歩けというの?」
「それは、まあ・・・そうだが・・・・・」
「あ、もしかして裸が良かったかしら?ごめんなさい。流石に羞恥心くらいはあるの」
「おっさん、こんな子の・・・」
「ちげーよっ!!!」
少しだけ場の雰囲気が明るくなった気はするが、まだまだ私は怪しまれているらしい。氷の槍が余計なこと言わないで質問にだけ答えなさいと言わんばかりに回っている
「シェードさん。んな非道な実験をする話、俺は聞いたことねえんだが・・・」
「西の方の国で一国だけ、そういうこともやりそうな国がなかったかしら」
「なるほど」
剣盾おっさんと霜の女王シェードが何やらヒソヒソと話し合っている。私の話を真実かどうかだろうか?まあ普通に聞こえているが
(やっぱり碌でもないのが居たよ)
「・・・良いわ、あなたをひとまず保護してあげる」
「良いのか?」
「こんな所で行方が分からなくなる方が厄介よ。それに、もしも吸血鬼だったとしてもわたしのパーティならエラが居るもの」
「獄焔の魔女エラか!確かにあのヒトなら」
「毎回思うことだけど、あなたたちのそのダッサイ二つ名やめてもらえないかしら」
「ありがとうございます。霜の女王シェード様」
「あなたも、保護して欲しいならその変な二つ名を付けて呼ばないでちょうだい」
「はい、シェード様」
「様もいらない」
「はい、シェードさん」
こうしてなんとか街に入れて貰える算段が付いたのだった
にしても、怖くて変な口調で乗り切ってしまったけど今後どうすれば良いのだろう




